|
V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
名古屋駅前の路線価がこの時代に上昇している。それまで名古屋で1位だった栄の路線価が下がったためほぼ同額になった。名古屋駅は他の都市に比べ駅前の機能を書いていた。夢寐乾燥した印象があったが、ツインタワーができてから欠点だった外食機能が充実し、OLが仕事帰りに遊ぶ街に変身。今後大規模開発が進み、空港を直結することから、国際都市になるだろう。
名古屋に安さを売り物にするタクシー会社が参入して1年。既存業者の壁も厚く苦戦しているとも聞く。タクシーはサービス業だが、接客業の要素が強い。接客業の基本は相手を知ること。お客様の状況に合わせ最適なサービスを供給することが何よりで、必ずしも車を下りてドアを開ける必要はないのではないか。中には一度乗った客を忘れない運転手がいるというが、そういう技術が一番ありがたい。
某都銀の支店長経験者が、関連会社に出向した。それを機に、彼は職安に行き「出向先よりも美味しい仕事はないか」検索した。ところが検索条件を「出向先での年収の半分」にしても一件もヒットしなかったという。「ゼネラリストは、どうにも20万円台の仕事しかない」とこぼす。得意の調整能力は所属する組織が変われば意味を成さない。他山の石。今から腕に磨きをかけねばならない。
コンビニの成人向けマンガ雑誌コーナーを観て驚いた。『本当にあった!人妻の浮気の話』『本当にいた!優しいお姉さんの話』『本当にあった!有名人のHな話』…。人それぞれの好みに合わせターゲットを細分化した一発必中ものの企画。部数を稼ぐためにフルライン・オムニバスが当たり前の雑誌の世界で、ビデオ並みの展開。H本の世界もどんどんカスタマイズ方向に流れている。
マラソンランナーから聞いた話。最近の大会では1位は40代、2位が30代、3位は50代。20代は全然上位に入らない。そして途中棄権するのは20代の女性が一番多い。中には十時間以上かけて完走する人もいるそうだが、42キロは歩いても16時間前後。最初から歩く人もいるという。余り考えずに飛びついて辛抱が効かない若者の傾向がこんなところにも出ていると知り、唖然とした。
わらび餅が美味しい季節になった。黄な粉をまぶすのが好きだがそれに黒蜜までかけるべきかどうかは人によって違うようだ。それが本格的な食べ方だと思うが、私の場合わらび餅に関しては、餅にしろ黄な粉にしろ超本物が欲しいわけではない。子供のころに食べたあの味、が欲しいのである。昔はそうだったから形など不揃いの方がより嬉しい。どこかにそんなわらび餅はないものか。
職業柄、最近プロのスポーツ選手とご一緒することが多い。一緒にいて感じるのは本当に堂々として、開けっぴろげだということ。ある分野に秀でた自信がそうさせるのか、コセコセしたところがなく、他人の評価を気にする素振りもない。かつて禅寺の和尚に教えられた「気は使うけど神経は使わない」の境地。スポーツ選手に限らず、経営者でも学者でも一流の人からはすべからくそのようである。
研修の講師を務めていて、激怒してしまう時がある。それは決ってCS調査で厳しい評価を受けた企業が、その評価結果を軽く受け流すときである。良くなって欲しいとの思いを込めて苦情を語るお客様が、どうにも可哀相になってしまうのだ。苦情や他社の好事例は真正面から受け止める。そうでなければ企業はお客のニーズや己の力量を見失い、孫子の言う「百戦百敗」になるだけだ。
渋谷でおきた少女たち監禁事件。このとき、昨日の社長の会社に多くのマスコミから取材の申込があったという。同社は事件とは何も関係がないが「小学校6年の少女が何を考えているのか」をマスコミがわからなくて、同社なら一番よく知っているのではないかと問い合わせがあったのだ。ある市場について一番知っている会社として内外から認知される。これぞニッチトップの証明だろう。
昨日の社長はジュニア向けアパレルの第一人者で「逆風を順風に変えよ」と力説する。そのエネルギーの源を尋ねると「ジュニアたちは親との会話がなく孤独に苛まれている。私だけはジュニアたちと一緒に居る味方でありたい」との想いからだと言う。そして「私の会社が儲けたところでジュニアたちは誰一人として喜ばない。儲けのためにやっているのではない」。信念に生きる人は本当に逞しい。
次々とヒット商品を生み続ける社長に、その秘訣を聞いた。�ー卞發任麓�分から企画担当者の席を尋ね、どんな状態か見て回る。��感性を磨いて企画の良い・悪いをその場でジャッジする。そのため常にタウンウオッチングをする。��その時間確保のためにゴルフ等の社交は一切しない。「ゴルフが上手くなっても商売はうまくいかない。逆に企画力があればすべてが上手くいくから」。名言である。
部下を育てるには、理想の部下像を明確にしなければならない。そこで「こんなことを言う部下を育てたい」という、部下の言葉を考える。例えば「その案件は私に任せてください」。こうした発言をする部下を育てるには、何よりも上司が「君はどう思うか?」と問いかけることだ。逆に「君は黙っとれ」をこり返せば決してこんな部下は育たないだろう。言葉を目標にすればやるべきことが見えてくる。
「2−6−2の最後の2の社員をどうしたらよいか?」の質問を受けた。そうした社員には以下の4点について質問し、回答を求めると良い。�,覆璽繊璽爛瓮ぅ箸狼�方を相手にしないと思うか �■鞠�後の貴方の姿 ���△剖疉佞�ために今すぐ始めること �そ蠡阿垢襯繊璽爐砲匹�貢献したいのか。「何をさせるか」ではなく「何をするべきか」に自分で気付いてもらう。心に働きかけるのである。
優秀営業マンになる本を見ると必ず「ハガキを書け」とある。ハガキには書く内容は「挨拶・お礼・お願い」。お礼を書くことは「振り返り」、お願いを書くことは次回の「イメージトレーニング」である。振り返りもイメトレも、誰もがその大切さを理解しながらないがしろになっていること。今日出会ったS社は全員が仕入先にもハガキを出すルールになっているが、同社の業績が良いのも当然だろう。
自宅で甲虫を飼っている。サナギ→成虫に孵化する過程で触りすぎたのか、飛べず歩けずの状態になってしまった。気の毒なので「逃がしてやろう…」とつぶやくと、カミサンに「こういう状態だからこそ、手元において育てないと!」と反論された。「逃がす」という名目で、手の掛かる存在を遠ざけようとした私。人間同士でも無意識のうちにこうした態度をとりがちな自分に気づき、反省。
TVの特集で子供に夏休みの目標を聞いた。多くの子が「宿題を早くやること」「珠算で一級になりたい」などと答えていた。それを聞きながら近視眼的な目標に振り回されている気がした。人は遠くを見据えるとき、輝いた良い目をする。子供が遠くを見ていないのは、そういう目を持たない大人の影響だろう。夏休みは目標などなくていい。ただ、自由と退屈の意味を知れば良いのではないか。
某社の守衛室に立ち寄る。許可証をもらうため名前を書こうとしたら、私の上の欄に「氏名:OB、要件:床屋」と書いてあり愕然とした。引退した先輩が、ビルの中に設けられた社員の福利厚生用の床屋を利用しに訪れているのだ。わざわざ来るということはそれだけ市場価格より安いはず。そのコストは現役の社員が負担。退職金を貰った人がどこまで現役に甘えていいものか、考え込んでしまった。
ライトの数やスイッチの位置ひとつに、使い手の立場に立って独特の設計が施されたマンション。そうした細かい部分への配慮の積み重ねが差別化要因となり、高くても売れるブランドになった。経営者は「細部にこだわらないブランドはあり得ない」と語る。ブランドがなかなかできないのはどこかで顧客志向を忘れ、詳細にこだわりきれないからだ(お客からみたら普通で手抜きで感動がない)。
名古屋場所に「朝青龍はモンゴルに帰れ!」という横断幕。厳しく躾る先生がPTAから「前の学校に帰れ!」と言われるのと同じ。人生を賭けて戦う人の頑張りを、異邦人というだけで否定する無神経な日本人。私も子供の頃、転校した学校で同級生に「○○県に帰れ!」と苛められた。元々その地に居なかったハンデは大きい。克服するには意地でも強くなって認めさせるしかない。
大阪のとあるレストラン。タイガースの人形を店頭に置いて「3連勝した日→1割引 4連勝→2割引 5連勝以上→3割引 優勝した日→タダ」の看板。これだけタイガースが強いと毎日何割引かで潰れてしまわないか?と思うような大サービスだ。しかし、こんなキャンペーンも、強すぎて勝って当たり前となるとちっとも有難くない。景気高揚にはもう少しハラハラ・ドキドキ感が欲しい。
経営者とスナックで話しているとスケベな話題が一杯出る。そうした話を受け止めてばか笑いするママ。恥ずかしい・非常識と思い悩むことでも、受け入れてくれる人がいれば、人は救われる。近ごろは、逃げ場を失った人が窮鼠猫を噛むかのごとく復讐するような凶悪事件が多い。スナックに限らず、お寺でも保健室でも人はちょっとした非難所があれば救われるはずだ。
A社の社長とスナックで飲む。その店のホステスは、10年前はA社の社員だった。「他のお客様からA社の話をいろいろ聞きます。でも悪口は聞いたことが有りません。A社のこともA社長のことも皆誉めてくれます。『目の付け所がいい』とか『鋭い』とか。だから私は胸を張って、『昔、A社に居ました』って言うんですよ」。元社員がいつまでも自慢してくれる会社。経営者の理想であろう。
中学1年生の犯罪。おもちゃを買う感覚で幼児に声を掛け、暫く遊んだ後、言うことを聞かなくなったら無慈悲に捨てた。そんな感覚なのだろうか。だとしたら、大人が子供に余りにも安易にモノを買い与えていることが引き金になっている。友を作ることは、本当は大変なことであり、それ故に大切にすべきものだ。何でも消費感覚で手に入ると思ったら大間違い。そのことを親は教えねばならない。
昨日の辣腕社長は社長業の極意を「人に仕事をさせること」と語る。役員や社長はピンハネ業。いかに気持ち良く楽しく働いてもらうかを考え、その上前を跳ねるからピンハネなのだ。「私はマネジメントしかできない。今後はブランドのない会社で自分の実力を試してみたい」。今後の去就は未定だが、自分をピンハネ業だと割り切っている人はどんな会社へ行っても腕の良い優勝請負人になるだろう。
かつての診断先で、辣腕と謳われた社長が引退の挨拶に来られた。「サラリーマンとして最高峰の社長がやれて私は幸せだった」と述懐された後、「でも所詮はサラリーマン、オーナーとは違う」とこぼす。「トップ在任中は、やりたいことが半分しかできなかった。引退のないオーナーはいつまでもできる」がその理由。しかし私から見れば限られた期間に思いの「半分も」やり遂げた、これぞ辣腕である。
さる経営者が毎月『致知』という雑誌を私に送って下さる。この本は経営者のみを対象としており、経営・福祉・健康の情報が豊富だ。経営に関しては、細かい経営の技術よりも経営者としての成功哲学を説いたものばかりである。コンサルタントは問題解決を依頼され、それを実現する技術者である。その一方で、経営者のよき話し相手でもある。技術だけでなく「考え方」にも精通したい。
7/3に記した識者の質問以来、首が回らなくなって、人に助けられた当時のことを振り返った。そのとき読んだ本に「男子として生まれた以上、自分の研鑚がどれだけの人のお役に立つか挑戦するべきでないか」とあり、それに共感し、どん底の自分にもできることを見つけた。そしてそれを無償ですることで人に喜んでいただいた。今思えば、その人生の中で何よりも大きな自信になった。
27歳の女友達に尊敬する人は誰かと聞かれた。名前を3人あげるとすれば「父・水谷研治・一倉定」。尊敬する人は、辛いことや尋常でないことが発生した場合、「父ならどうするだろう…」「水谷先生なら…」「一倉先生なら…」を考えて、それを自分の行動基準にしてこそ意味がある。仮にその人と離れていても、行動基準を引き継いでいれば、その人といつも一緒にいることができる。
講演会の後で、さる識者から質問された。「人心を掴むことを話せるようになるには、どん底まで落ちた修羅場経験がきっとあるはずだがどんな体験をされたのか」。唐突な質問に戸惑ったが、かつて大きな借金を抱え首が回らなくなる寸前までいったこと、その時助けてくれた人が恩返ししないうちに急逝し、無念だったことなどを正直に話した。教養のある人は、聞くことが違うと感心した。
某社の常務が北欧を視察してきて、その報告を聞いた。デンマークでは最高68%もの所得税+25%の消費税を取られる。が、それで教育や福祉が賄われるため学資や老後の貯金が必要なく、手取りすべてが可処分所得となる。根底にあるのは女性が男性同様に働く社会。日本は経済の生産性向上が今の社会システムの根底にあるが、根底が変わればシステムはこんなにも変わるのだ。
某社の新事業開発の手伝いをしている。同社の強みと、私がかつてお手伝いをした異業種の2社を各々マッチングさせる…すると凄い事業が展開できるのではないと気が付いた。コンサルタントになりたての頃、いつかこんな形で人の役に立ちたいな、と願ったことはあった。が、ネタ不足の時期にはどうにも無理だった。人脈をビジネスに活かそうとすれば、10年の蓄積は必要だろう。
|