加藤のメモ的日記
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第二次補正予算案が20日、衆院を通過した。予算規模は約2兆円。二重ローン対策や原発事故の損害補償などに使われるが、もちろん、これで足りるわけではない。菅直人首相(64)はこの日の衆院予算委員会で津波被災住宅の高台移転跡地を国が買い上げる意向を示し、さらには震災の液状化についても「個人の家の対応については、新たな制度も含めて検討が必要だ。法的な仕組みも含めてしっかり対応できるよう指示している」と述べ、国の直接支援に積極的姿勢を見せている。
また、がれき処理についても市町村に費用の一部負担を求める政府の特例法案を見直し、国の全額負担となる方向だ。さらに原発事故の損害賠償の範囲については、政府の「原子力損害補償紛争審議会」が19日の会合で、風評被害や直接被害を受けた企業との取引で生じた「間接被害」も賠償対象とする方針を打ち出している。
こうなると政府が支出する賠償額、つまりは国民の負担が無限大に広がりかねない。「復興財源をできるだけ明確にするのが重要な柱だ。それを定めないと野党と協議しがたいし、2011年度第3次補正予算案の編成を実務的に進めることが難しくなる。野田財務相(54)は19日の閣議の会見でこう述べ、今月末にまとめる予定の震災復興基本方針に財源調達のための臨時増税の税目や税率を具体的に明記する意向を示している。復興関連の歳出入を透明化して、国民負担に理解を得たい考えでもあろう。
復興支援のための増税ならば国民はノーとは言えないが、財源論と合わせ、復興事業の中身についても突っ込んだ議論を求めたい。とりわけ津波被災地住宅の高台移転や跡地のい買い取り支援、二重ローン対策には慎重な議論が必要だ。本来、災害による個人資産の損失は自己責任で賄うべきだ。国民は誰もがリスクを負って暮らしている。だからこその私有財産ではないのか。
被災地住民には気の毒だが、少なくともこれまではそうだったはず。そのリスクを今回に限り政府が肩代わりするとなれば、明らかに公正さを欠く。もっといえば、国家と国民との関係、体制の選択が問われよう。
『日刊スポーツ』
| 2011年07月30日(土) |
中国高速鉄道列車事故 |
中国浙江省で23日に起きた高速鉄道の列車事故で、当局が犠牲者を過小評価している疑惑が浮上している。中国国営・新華社通信は26日未明、死者を40人から39人に訂正した。当初は43人との発表もあっただけに、さらに下方修正された形だ。その陰で、現場近くに掘った穴に埋めた車両には「遺体が多数残されていた」や「生存者まで生き埋めにされたのでは」などの声が広がっている。一方で中国当局は、先頭車両の掘り起こし作業も始めた。
少なすぎる死者に疑問の声 新華社は死者数について「40人目に数えられていたのは25日の交通事故の死者で、鉄道事故とは無関係だったことが地元当局の調べで判明した」と報じ、負傷者は約200人としている。ところが、中国鉄道省のあまりに乱暴な事故処理に対し「ありのままを発表するには犠牲者数が多すぎて、国家の威信に傷がつく。そこで遺体を列車ごと埋設することで、事実を隠蔽したのでは」と中国事情に詳しい専門家はみている。事故当時、追突側の列車だけでも約500人の乗客がいたことから、単純に負傷者の数を差し引いても、死者数が少なすぎるというのだ。
「生きたまま…」の噂も 現場では、事故翌日の24日朝に高架橋に残された追突側の車両を地面に落とし、先頭車両の最前部を油圧ショベルで破壊した。巨大な穴を掘り、木っ端みじんになった先頭車両を埋めた。
鉄道省側はこの措置について「現場が泥にまみれ、救出作業に支障をきたしたため車両を埋めた」と説明した。釈然としない話に中国のインターネット上には「追突した先頭車両は事故当時のデータが残っていたはず。当局による証拠隠滅に違いない」などとの意見とともに「復旧を急いで、救出作業は二の次なのは明らか」との書き込みも。
当局が発表した「事故後20時間ぶりに女児を救出」という発表にしても「事故車両を解体している時にたまたま見つかっただけ。”救出”なんてちゃんちゃらおかしい」などと批判的な見方が多い。動画サイト・ユーチューブには、事故処理の様子を撮影した多数の動画が投稿され、掲示板には「重機で転がした車両の窓から遺体のようなものが転がり落ちている」といった指摘もある。
事故で家族を失った遺族の中には「重機の作業により遺体の頭部がひどく負傷していた」と証言するものも出た。当局が復旧を急ぐあまり、人名や犠牲者への配慮をほとんどしなかったことへの怒りをあらわにした。一方中国当局は26日、先頭車両の残骸を掘り出し、地上に残っていた5両とともに搬出作業を行なった。先頭車両を埋めたことが「証拠隠滅」と批判されたのを受け、原因調査を慎重に進める方針に転じた可能性がある。専門家らも同日、現場を視察し、原因究明に向けた作業を本格化させた。
隠蔽の裏に鉄道利権―予算の3割が汚職の金 あまりにむちゃな証拠隠滅を図ったのは、国家的プロジェクトの鉄道事業継続しかない。あわよくば自国製の列車を輸出しようともくろんでいた中国にとって、今回の事故は大ダメージだが、鉄道事業はやめない。中国事情に詳しい評論家の石平氏は、中国政府の対応に「鉄道の技術や安全管理に問題があったことにせず、天災である落雷のせいにした。責任逃れして、事故を早く過去のものにしたいのです」と語った。その最大の理由は鉄道利権だ。
「利権を握るのは鉄道省です。政府から莫大な資金を得て、さらに建設者から賄賂を受け取るんです。一般的に公共事業の予算の3割が汚職の金に消えていく。利権を手放さないのが中国の常識です」(石平氏)
事業継続のために、証拠隠蔽。中国はこれも「常識」なのか。この鉄道を造った技術者は「絶対に乗りたくない」と話しているという。
『九州スポーツ』
| 2011年07月29日(金) |
人類の祖先はプレアデス星団に住んでいる |
えどわるど・ビリー・マイヤーという人物が宇宙人より授けられた数々の重要な情報を『宇宙人がくれた21世紀の聖書』から引用、紹介していきたい。彼は1938年生まれのスイス人で、4歳の時UFOを目撃し、次いで宇宙人とてレオぱしーで交信、そしてUFOに搭乗した。以来、100回を超えるコンタクトを繰り返し、ノートにして7000ページに及ぶ記録を残している。
そこでビリー・マイヤー氏は宇宙人に選ばれて、さまざまなことを学んできたわけだが、ダル宇宙のアコン太陽系から来たアスケットというヒューマノイド型(我々と同じ姿、形をした人間=宇宙人)の女性から、地球人の発祥はこの地球ではないことを聞く。
「私たちは絶えざる研究によって地球を発見しましたが、さらには地球人類の発祥の地を見つけました。地球人類は地球に発祥したものではありません。地球人類の祖先は宇宙のはるか彼方、あなた方が環状星雲と呼んでいるところから、この地球にやってきたのです。この星雲が地球人類の故郷なのですが、その祖先の本来の子孫はもはやその星雲の太陽系には住んでいません。彼らは、あなた方が七つ星(スバル)またはプレアデス星団と呼んでいる天体に住んでいます。彼らこそあなた方の本来の祖先の遠い子孫にあたるのです」
そして、次の教育者であるプレアデスから来たセムヤーゼからこんなことを知ることになる「人間よ、神は決して”創造”(宇宙の万物を造り出す存在)の地位を占めることもできないし、また人間の運命を決定することもできないということを知ってください。神は単なる支配者であり、一個の人間であって自分の同胞を権力や暴力で支配しています」
「彼(地球人)はさらに進んでこう主張しています。すなわち、普通の人間であるイマヌエルと呼ばれる人物を故意にイエス・キリストと呼び、イマヌエルが神の息子であり、”創造”自身であると信じているのです「人間は私たちの祖先から生まれたのです。後者(セムヤーゼ達の祖先)は当時地球の生物、あなた方がイブと呼んでいた生物と交わったのです」
ここで、「神」とはただの人間であって、宇宙の万物を造り出す「創造」とは異なること、つまり、地球人がかってに宇宙人のことを「神」と呼んだのであり、宇宙人にとっても地球人にとっても共通の、本来の「神(創造主)は別に存在し、それは「創造」であることが強く語られている。また、セムヤーゼは、現在の聖書は事実をねじ曲げられたもので、その原本にあたる本当の聖書が存在することも語る。
「『タルムード・イヌマエル』は彼(イヌマエル=イエス)の生存中に書かれた本であり、真理と霊的知識に関する唯一の偽造されていない教義が述べられています。この本は真理と霊の本です。類似の本でこれに匹敵する本は存在しません。……『タルムード』が存在するだけで、多くの人間に新約聖書の誤りを証明することが充分にできると思うからです。
「イヌマエルの母、マリアは霊力や『聖書』によって懐妊したのではありません。彼女は天の住人ガブリエルとの性交によってイヌマエルを懐妊したのです。正確に言いますと、この行為は当時ヤハウェ(つまり神々)という称号で呼ばれていた天の住人の命令によるものでした。ヤハウェは若干の地球の民族を支配していました」
このように、マイヤーの宇宙人とのコンタクトの記録は、欧米世界(キリスト教徒)を揺るがす衝撃的かつ危険なものであったので、恐らく、現在でも受け入れられるような代物ではないだろう。ところで、タルムードとは、普通には「ユダヤ教の聖典」と理解されているものであるが、マイヤーは過去旅行により、その所在をイマヌエルから直接聞くこととなった。
そして、1963年にそれは発見され、現在では途中まで古代アラメア語からスイス系ドイツ語に翻訳されている。しかし、その後半部は翻訳者が宗教的迫害にあった上、原書巻が焼き捨てられてしまったので、マイヤーが口頭でセムヤーゼから聞いた記録でのみ知られることになる。
『タルムード・イマヌエル』の後半には、イエスに復活後、いや、半死状態であったイエスを三日三晩の手当てにより健康を回復させたあとの、彼の世界各地の遍歴について書き留められていた。それによるとイマヌエルはインドへ旅して、今日のカシミール、インドのスリナガルに長い間定住した。彼はそこを基点に各地へと旅をして、さらに彼の新しい教えを説いて回った。そして、イマヌエルは110〜115歳ほどの年齢で全くの自然死をとげ、スリナガルに埋葬されたとのことである。
『人類の祖先は宇宙人である』
| 2011年07月27日(水) |
人類の祖先は宇宙人である (44) |
進化論なんて真っ赤なウソ―この真相を隠してきた集団の目的は何か 1977年6月20日、イギリスのアングリアTVが『第三の選択』という番組を放送した。それは、米ソ共同の極秘宇宙計画を、科学ドキュメンタリー番組の取材の中で暴露するというものであり、具体的には”ごく近い将来、地球は環境破壊のため居住不能になることが科学的に証明された。そこで人類の種を絶やさないために、選りすぐった1万人の人間をひそかに火星へ移送しようとする計画が立てられ、さらに、火星はすでに米ソの科学者によって、人間が住める環境に改造されている”というものであった。番組内で、ケンブリッジ大学の地球物理学者カール・がーシュタイン博士は次のように語った。
「地球観測年にあたる1957年、米アラバマ州ハンツビルで、国際科学者会議が開かれた。その席上、我々人類が石油その他の化石燃料を大量に消費することによって、大気中に放出される炭酸ガスの量が幾何級数的に増えていることが問題になった。このまま放置すれば、”温室効果”によって地球が温暖化し、地球上は猛烈な異常気象に襲われる。その結果、南北両極の氷が溶け始めて海の水位が上がり、世界の主要都市のほとんどは水没してしまう。また、温室効果がさらに進行すると、地球全体が金星のように熱せられて、人々はあらゆる生物とともに灼熱地獄にあえぎながら死んでいかなくてはならなくなるだろうと警告が発せられた」
しかもそれは、1960年代から始まり次第に加速されて、今世紀末には取り返しのつかない事態に至るだろうとも触れていた。そしてガーシュイン博士は、この地球温暖化から人類を救う道として、会議ででは三つの選択案が討議されたと語った。「第一の選択案は、大気中に核爆弾を打ちこんで、炭酸ガスの熱い層に穴をあけ、風通しをよくしようというものだった。しかし、これには難題が控えていた。放射能汚染の問題もさることながら、核爆弾によって地球をとりまくオゾン層にまで穴をあけることになる。
もし、オゾン層が破壊されると、それが防いでいた太陽からの有害な紫外線が直接地上に降り注ぎ、地上の生物はみな皮膚ガンに冒されて死滅するに違いない」そこで第一の案は却下された。「第二の選択案は、地下に都市を造って移住しようというものだった。だが海面の水位が上がるにつれて、洪水は地下へも流れ込むだろうし、だいいち、地球が熱くなれば地下にまでその熱が及ぶのは時間の問題だ」この第二の案も却下された。残された選択は一つしかなかった。
「最後に残った第三の選択案は、絶望的といえるものだった。このままでは、どうあっても人類滅亡は免れない。となれば、種族保存のため、せめてわずかな人間でもいいから、別の惑星へ逃がしておきたい。そのためには、大掛かりな宇宙計画が必要であり、米ソ二大国の緊密かつ極秘の協力が絶対に不可欠だ、というものだった」
そして、この国際会議の席上、人間を移送する惑星には、火星が最適であろうと提案された。さらに、宇宙航空専門家のチャールズ・ウェルボーン氏が、火星へ人間を移送するための具体的な計画を、次のようにパネラーに示唆したというのである。
「火星へ大量の物質や人間を送り込むには、引力の小さな月面に前進基地を設けるのが最上の方法であろう。月面に基地を設けるメリットは、月そのものが恒久的な衛星であり、地球に非常に近接しているということだ。また、月面基地は惑星間飛行への中継基地としても使えるし、地球を監視する軍事基地としても使える」テレビ番組『第三の選択』の政策をめぐって、何人もの関係者が不振の死を遂げ、あるいはいまだに行方不明のままとなっている。その中で命がけで一本の特殊なビデオテープとそれを見るための装置を番組スタッフに提供してくれた者たちがいた。
その謎のテープを再生してみると、そこには米ソが共同で極秘裏に打ち上げた火星探査船から送信してきた火星表面の画像が現れたのである。画面いっぱいに広がる赤茶けた砂漠のような大地と、青い空が映り、探査機が大きく旋回して着陸しようと下降していく様子がはっきりと捉えられている。やがて、英語とロシア語が火星から地上管制センターに送れられてきた。ソ連のどこかの宇宙センターとヒューストンが同時中継で探査機の着陸をコントロールしあっているらしい。
画像には米ソ両国語次々に火星上のデータが記されていく。「南西の風、風速、毎秒21キロメートル」「風圧、707ミリバール」「気温、摂氏4度……」そして、探査機が火星表面に軟着陸すると、両国の管制官が興奮して叫ぶ声が入ってくる。「やったぞ!ついに我々は火星に到達したんだ」「ここには空気もある。我々は住むところができた。火星に人間が住めるんだ!」「今日は1962年5月22日。我々の隠れた歴史に残る記念すべき日になるぞ!」
信じられないことに、この日付は、バイキング1号が火星に軟着陸した1976年7月20日より14年も早い。皿のその直後に、管制官が突然大きな叫び声をあげた。「おい!あれはなんだ。何かが動いているぞ!」「生物だ!火星に生物がいるんだ!」そして画面には、火星の地面がムクムクと盛り上がり、かなりの大きさの動物が移動していくらしい様子がはっきりと映し出されていく…。
ここでこのテープは終わっていて、番組のキャスターは視聴者に向かってこう結ぶ。「我々スタッフは取材の結果、米ソ両国の間に秘密の宇宙計画が進行していることを確信しました。そしてそれこそは、がーシュタイン博士の話していた”第三の選択案”に違いないと考えるのです。今夜、この番組を見た人々の中から、この隠された事実の真相について話してくれる勇気のある人々が出てくることを期待しています。
以上が事実を報告したものとすれば、いったいケネディー大統領が始めた『アポロ計画』とはなんであったのか。米ソの宇宙開発競争は、まったくの茶番劇であったのか。もちろん、極秘の宇宙開発をカモフラージュするためという意味はあったかもしれないがこのような話もある。
テレビ番組『第三の選択』に、グローディン宇宙飛行士という人物が登場していたが、彼は、月着陸から帰還後、精神不安定になり、酒を浴びるほど飲んで廃人同様になっていた。その彼は、番組スタッフにこう語ったのである。「俺たちは月面で間違ったところに降りちまったんだ。俺たちが着陸したとき、もうすでにそこには、俺たちの乗っていった宇宙船よりもはるかに立派な機械と人間が動き回っていたんだ。俺たちは単なる一般大衆向けのデモンストレーション用に使われたお人形にすぎなかったのさ。連中は、俺たちには何一つ知らさず、ずっと以前からあそこ(月)へ行って何かをやっていたに違いないんだ」彼はこれをししゃべったがゆえに、その後、殺されたものと言われている。
『人類の祖先は宇宙人である』
| 2011年07月25日(月) |
福岡で死者207万人 |
我々はむしろ奇跡に感謝すべきだ。福島第一原発の事故は破滅的だ”ったが、真の破局の一歩手前で止まったとも言える。原発が本当に”大爆発を起こしたらどうなるか。その答えはここにある。
10�勸米發任倭棺嗣韻�急性死 急性障害による死者が生じる範囲は玄海原発を中心として、佐賀県はもちろん、福岡県、長崎県にまで及ぶ。玄海原発から10�勸米發猟�(玄海町、呼子町、鎮西町)では全人口が急性死することが予想される。九州電力・玄海原子力発電所の2号機、3号機の再稼働をめぐり、地元・佐賀だけでなく日本中が揺れている。
同原発の2号機、3号機は、海江田経産相が地元の説得工作に奔走し、いったんは再稼働が決まったかに見えた。ところがその後、菅直人首相が「安全性をチェックするストレステストを行なう」と表明し、再稼働計画は頓挫した。しかも、九州電力とその子会社が、地元のケーブルテレビの番組に対して”やらせメール”を大量送信して、世論操作を図っていたことが発覚し、ますます混乱が広がっている。
死者総数700万人超
それだけではない。より被害を深刻化させるのは、大量の放射性物質がまき散らされることによる晩発性のガンによる死者だ。シュミレーションでは、大気が安定した状態、風が75度の方向に吹いたとき、被害は最大になるとしている。75度の風とはいわゆる西風で、3号機の爆発によって出た放射性物質が風に運ばれて、福岡、大阪、名古屋、そして東京まで流れていく。
東京、愛知では約25万人、大阪では48万人、広島で41万人、福岡では200万人を超えるがん死者が出る。被害者は全国で700万人を超える。当然、汚染地域には人は住むことはできない。例えば、チェルノブィリ事故を参考に、旧ソ連政府が避難区域に設定した1�屬△燭�148万㏃(ベクレル)のセシウム137汚染地域は、半径178�劼砲盖擇咫⊆�児島県と宮崎県の南部を除く、九州の大半が居住不可能になる。
さらに、旧ソ連より厳しい、ベラルーシの基準(1�屬△燭�55万㏃=現在の福島県内の避難区域と同じ)を採用すると、その半径は約347�辧�山口県、広島県、島根県、愛媛県、高知県のほとんどが居住不可能地帯に相当するのだ。チェルノブィリも、200〜300�厠イ譴疹貊蠅杷嗣�な放射能汚染があり、住民が強制移動させられた場所がある。妥当な予測といえる。一方で後藤さんは、「少しでも危険性を知ってもらえたら」としてこう話す。
「たとえ事故が起きなかったとしても、原発は30〜40年で次々と廃炉になっていきます。その処理をどうするのでしょう。作った世代の人たちは年齢的に関係ないと思っているかもしれませんが、結局、問題を背負っていくのは次の世代、私たちなんです」目先の景気や、電力会社やそれに群がる一部の”受益者”達のため、国民全体の命と未来をリスクに晒し、これほど危険な原発を再稼働する必要がどこにあるだろうか。
『週刊現代』
| 2011年07月21日(木) |
候補地が見つからない |
FUKUSIMA以降、原発は世界中で「疫病神」扱いされるようになった。一方、「クリーンかダーディーか」という論議では、争点とし使用済み核燃料の問題が常につきまとう。日本の場合、核燃料は原子炉で2年半〜3年間燃やされ、完全に燃焼したと思われるものは定期検査の際に取りだされて原子炉建屋内などにある貧弱なテンポラリーのプールで冷却される。その後10〜15年経ったらキャスク(使用済み核燃料の輸送容器)に入れて中間貯蔵施設に運び、青森県六ケ所村の再処理工場でプルトニウムと燃え残りのウランを科学的に分離して分離して回収する。
それを加工してMOX燃料を作り、再び通常の原発(軽水炉)で利用する。このプロセスがプルサーマルによる「核燃料サイクル」だ。再処理後に残る高レベルの放射性廃棄物は、ガラスで固めて地下深くの永久貯蔵施設に埋める予定となっている。
ところが、まだ国内には中間貯蔵施設も永久貯蔵施設もない。青森県むつ市で建設中の中間貯蔵施設は工事が遅れに遅れているうえ、容量が800トンと全く足りない。おまけに東日本大震災後に工事が止まっており、二期工事の400トンもスタートできるかわからない。
一方、永久貯蔵施設は候補地すら見つかっていない。来年10月稼働予定の再処理工場も、完成が遅れ続けている。このため日本の使用済み核燃料は、英仏で再処理された一部を除き、各原発に保管されたままになっている。いわば、マンション(原発)で暮らす住人(原子炉)にはトイレ(貯蔵施設と再処理工場)がなく、汚物(使用済み核燃料)が室内に溜まり続けている、という状態なのである。このような状況が続く限り、原子力はダーティーエネルギーといわざるを得ないだろう。
高レベル放射性廃棄物の海外・海洋投棄は、有害廃棄物の国境を越える移動と処分を規制したバーゼル条約及び放射性廃棄物の海洋投棄を制限したロンドン条約により禁じられている。となると、使用済み核燃料の貯蔵地候補は二つしかないと私は考えている。一つは福島第一原発だ。高濃度の放射能に汚染されてしまった福島第一原発から5キロ圏内については永久放棄せざるを得ないだろう。その中には7・8号基の建設予定地が空いているので、そこに永久貯蔵施設をつくのだ。もう一つはロシアである。日露平和条約を結び、シベリアのツンドラ地帯を貸してもらうのである。
そして今後20年ぐらいでい既存の原発に寿命が来た時には、日本は「脱原発」国家に向かうしかないだろう。新規の原子炉はもう造れない、と見たほうがよい。だが、20年間あれば節電国家に生まれ変わることができるし、代替エネルギーへの移行も現実的な選択肢となる。こうした日本の未来を左右する極めて重大な問題について、原子力利権や電力利権にとらわれることなく国民の前で堂々と論じる政治家とメディアの登場が待たれている。
『週刊ポスト』
| 2011年07月20日(水) |
今年の自殺者は4万人超 |
自殺者急増の原因をめぐって議論が巻き起こっている。ことの発端は、7月4日、内閣府の自殺対策会議における、清水内閣府参与らの次の報告だった。〈今年5月の自殺者の急増は、女性タレント自殺の影響―〉女性タレントとは5月12日に亡くなった上原美優さんのことだ。今年の自殺者は1日平均82人(2010年の自殺者は3万1500人)だが、上原さんの自殺翌日から1週間は1日平均124人が自殺した。
増加分の半数以上を20〜30代以上が占め、都市部の女性の伸び率が高かったという。清水氏は、「上原さんをめぐるセンセーショナルな自殺報道が、生きることに留まっていた若年女性たちの背中を押してしまった」とツィッター上でコメントしている。
一方自殺者急増については別の意見もある。24時間体制で自殺企図者からの相談電話を受けるNPO法人自殺防止ネットワーク風代表の笹原氏はいう。「有名タレントの死が自殺の引き金になるのは一時的。それより、もっと大きな世の流れが背後にあると思う。それは震災の影響です。震災直後、自殺者数は目に見えて減少しました。911のアメリカでもそうでしたが、大災害の現実は自らの境遇を忘れさせ、自殺企画者にブレーキをかける。
だから震災報道が続く間は減少傾向にありましたが、報道が”復興”に転じた5月以降、うちへの相談電話が急激に増えた。被害者の方たちの状況に同情しても、彼らに救いの手が差し伸べられる様子を見て自分自身の孤立を余計に意識したんでしょう。震災後の社会不安と相まって、その不安感はより深刻になっています。
特に同NPOでは日が暮れはじめる夕方以降になると相談電話が絶えないという。臨床心理士の八幡氏が解説してくれた。「暗闇は不安をかき立てる。節電により過度に暗い街の雰囲気は自殺を考える人に孤立感を覚えさせ心理的によくない。政府は復興支援や節電と同時にそうした方々の孤立感をいかに和らげるかを考えるべきです」
大震災は。家屋の倒壊や尊き命を奪っただけでなく、人々の内奥にまで影を落とした。前出・笹原氏はこう警笛を鳴らす。「このままでは、今年の自殺者は4万人を超す可能性すらあるでしょう」‘98年3月以前は自殺者数は年平均2万人だったが、それ以降は12年連続毎年3万人超が続いている。国を挙げたメンタルケアが急務だ。
『週刊ポスト』
| 2011年07月19日(火) |
事件記者よ熱く生きろ(43) |
いつからか府警まわりはしっぽを垂らした野良犬が、餌を投げてももらうようなネタの取り方をするようになったのか。それにつけても、記者同士で酒も飲まず、サツに立ち入り禁止を言い渡されても喧嘩もせず、聞いたことは何でも上司に報告する記者たち。彼らは本来、そんな姿ではなかったはずである。そんなとき、私はその根っこになっているものに思いを致すのである。
私たちが社会部を去ったあとに来た社会部長は、その冒頭のデスク会で冗談とも本気ともつかないニタニタ顔で、「グリコ事件は抜かんでもいいから、抜かれんといてくれよな」と言ったというのである。私は、これは間違いなく彼の本心であったと思う。おそらく事件が怖くて怖くて仕方がなかったに違いない。
確かに事件は怖い。それは私も身にしみて知っている。社を去った今でも、朝刊は朝日を読み、毎日を見、サンケイに目を通して、やれやれよかった、よそには何も出ていない、それから私は安心して読売を読むのである。おそらくこの習慣は一生変わることはないだろう。事件とはそれほど怖いものである。今の事件記者を弱くしているのは、間違いなくこの社会部長のような防御の姿勢から来る出先の記者への減点主義なのである。
夜まわりに来た記者に探偵さんがいくら書かんといてと頼んでも、まるでミルク飲み人形のように、聞いたことをすぐ垂れ流してしまう。そしてそれを聞いたキャップやデスクは、早く書け早く書けと記者を責め立てる。結局、何を話しても秘密は守ってもらえない。だから今のブン屋さんには何も言えない、という現象が起きてしまっているのも、私はあげてこの減点主義にあるのではないかと思う。
だからちょっとでも探偵さんから情報を仕入れた記者は、他社にそれを書かれて「お前は何をしていたんだ」と×点をつけられたくないから、「実は僕、ちゃんとそんなことぐらい知っていましたよ」と申し開きのできるように、少なくともキャップには報告する。するとキャップは自分が抱きこんでいたために、よそにやられたと言われたくないから、自己保身のためにデスクに報告する。デスクはデスクでこれから各部の部長として、出世の階段を上がっていけるかどうかの微妙な時期だから×点が怖い。「それ、やっぱり書いとこうよ」となって。探偵さんの願いなんてどこかに消し飛んでしまうのだ。
この減点主義の弊害はまずサツになめられることである。警察は常に相手の足もとを見ている。そういうことには実に長けた組織なのだ。だから、「あいつら偉そうなこと言ったって、所詮抜かれるのが一番怖いんや。生意気なことばかり言っているようだったら、一度特オチさせてやったらいいんや」ということになる。「特オチ」というのは、重大な記事が他社には全部出ていて、自分の社だけ落ちていることである。
事件記者、特に減点主義の中にいる記者たちにとってこれほど怖いものはない。自慢じゃないが、私ほどこの特オチをたくさん経験した記者も少ないのではないだろうか。実にいやなもので、自己嫌悪に陥ること甚だしい。だが私なんかは自己嫌悪ですんだけれど、現在のような減点主義のもとではまずその記者は、その持ち場をはずされるだろう。
そこが警察のつけ目なのだ。警察はある情報はある社にリークし、この情報はこちらにリークするということを始める。そうなると各社ともサツのご機嫌を損ねたくないから、いかに気いった記事を載せるかに腐心する。ちょっとでも警察が気を悪くするようなことは書かないでおこう、となる。新聞記者はいつの間にか大奥のお女中になり下がっているのである。まさに警察の情報管理の意のままに、ということになってしまっているのだ。
私が知っている限りでは、やはりこの管理が一番うまいのは警視庁である。例えば日経新聞が警視庁ネタで特ダネを書いた時には疑ってみる必要がある。失礼ながら日経が事件ものにそんなに強いわけがない。何らかのルートでサツから流れたとみていい。すると各社は一斉に後追い記事を書く。よそに抜かれたネタは新聞社が極端に小さく扱うことを警視庁は知っている。だが、相手が日経ならば、朝日も読売も、サンケイも「心おきなく」後追いできるのである。だからこれらの各社に思いどおりに大きく書かせるには、この日経ルートというのは大変便利なのである。
同じように疑ってかからないといけないのは、NHKの夕方5時のニュースである。ここにドカンと特ダネが出たら、警視庁が各社に書かせたくてNHKにリークしたとみていい。この時間帯なら、各社十分に早版に間に合う。大慌てで取材して、みんな早版に突っ込む。サツとしては黙っていたってみんな飛んできて取材してくれ、おまけに遠くの田舎に行く版にまでちゃんと入れてくれるのだから、こんなありがたいことはない。
『新聞記者が危ない』
正しく歩く五つのポイント �‘�は、一本の糸によって吊り下げられている感じ �⊂綢里呂泙辰垢亜�背筋を伸ばす �O咾録瓦發粗眤Δ法⇔呂鯣瓦い匿兇� �ぅ▲瓦魄�き、胸が前に引かれるような感じ �ス�は伸ばし、腹部は心もち引っ込める �ι┐鮨�ばす ��足をまっすぐ前に踏み出す �┯紊軋�は後からついてくる感じ ��カカトから着地する
私たちが歩くのは、からだの健康や頭を働かせるためですが、歩くことを仕事としてそれを生涯つらぬき通した男がいます。この人はエドワード・P・ウェストンというアメリカ人で、1839年3月15日にプロビデンスというところで生まれました。小さい頃は病弱であったため、ウェストンは歩くことで健康を取り戻そうと真剣に考え実行しました。そして健康になると、歩くことに生涯をかけたのです。
彼の歩きは、記録に挑戦するたびに注目をあびました。が、そのきっかけになったのは、1861年の22歳の時です。ウェストンは時の大統領リンカーンの就任式に列席するために、ボストンからワシントンまでの間、約福岡から京都までを208時間で歩いたのです。
約9日間で725�劼鯤發い燭錣韻如�一日当たり81�劼砲覆蠅泙后�この”快挙”が世間から注目され、歩く人として有名になったわけです。これを機会に彼の歩くことへの情熱は燃え上がり、やがて歩くことを職業として生涯歩き続けたのです。
1867年 28歳 ポートランド〜シカゴ 2.133�辧�26日間 82��/日 1869年 30歳 ニューイングランド横断 1.700�辧�30日間 56.7��/日 1871年 32歳 セントルイス 322�辧�41時間 7.8��/h 1874年 35才 ニューヨーク 800�辧〔�6日弱 134��/日 1879年 40才 ヨーロッパ 855�辧�142時間 6.3��/h 1906年 67歳 フィラデルフィア〜ニューヨーク 161�辧�24時間 6.7��/h1907年 68歳 ポートアイランド〜シカゴ 2167�辧�25日弱 86.5��/日 1909年 70歳 ニューヨーク〜サンフランシスコ 6100�辧�104日 58��/日
『歩きの科学』
子供たちは大人に比べて細胞分裂が盛んなため、より放射能の影響を受けやすい。諸説あるが、元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山氏によれば、「子供の放射線感受性は大人の3倍から10倍にもなるという。とくに、甲状腺が放射性ヨウ素によって被曝することで起きる、甲状腺がんの増加はよく知られている。
京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は「放射線の影響を受けにくい大人が観光地に足を運び、少しでも復興の手助けをするべきでは」と提言する。子供はともかく、放射線の影響というのは年齢とともに少なくなっていき、50歳では30歳に比べて実に50分の1程度まで低下しますから、放射線の影響はほとんどなくなると言えます。米国のデータによると、放射線被ばくによるがんの死亡者数を比べた場合、50歳の死者数は30歳の50分の1にまで低下するのです。ですから50代以上の人は、福島や栃木などの観光地に足を運んでも問題ないでしょう」放射線を「正しく怖がる」大人たちのたちによる支援の輪が広がることを期待したい。
チェルノブィリ事故で被曝した子供では、1987年から1996年まで慢性疾患が絶えず増加してきた。慄然とするのは、「発生率が5.7倍になった」という先天性欠陥=奇形児の増加ぶりだ。66年前の原爆による被害でも、母体内で被曝した胎児1473人のうち62人が小頭症だったとされ、そのうち半分以上が、重い精神遅滞を伴っていたとされている。
さらに放射線被ばくは、全身の免疫機能を低下させる。つまり「すべての病気にかかりやすく」なってしまう。糖尿病や白内障、さらにあらゆる感染症を発症する可能性があり、あるいは全身の倦怠感に襲われ、何もする気力がなくなるという「ぶらぶら病」という症状も現れる。ぶらぶら病は、外見的には怠惰な引きこもりにしか見えない。結果的に発症者は会社をクビになる、家庭生活が崩壊するなど、社会からつまはじきされることも多い。
さらなる問題は、福島の被害の範囲が、どこまで拡大するのか?ということだ。事故後100日を経過して、「福島は危ないが、その他の地域はそうでもない」という楽観論も広がっている。だが、それはとんでもない間違いだ。チェルノブィリを例にとれば、「東京」を含む首都圏も、紛れもない”放射能汚染地域”であることを忘れてはならない。年間1ミリシーベルト、これは日本の場合、首都圏も含まれる。現在、毎時0.1μ㏜(マイクロシーベルト)の地点が多数あることがわかっている東京・千葉・茨木などは、チェルノブィリでいえば「厳重な放射線管理地域」にあたるのだ。
ぶらぶら病など、各種の体調異変や疾患は、早ければ来年から表面化するといわれる。チェルノブィリや広島・長崎の例をとれば、甲状腺がんや白血病が3年後あたりから増え始め、5年、10年と経過するうち、重大疾患を抱える被ばく患者がどんどん増えていく。
この残酷すぎる現実に、国民はどう対処すればいいのか。神戸大学大学院教授の山内氏は、「子供を守るため、一刻も早く除染に取り組むべきだ」としてこう語る。「東京でも年間1マイクロシーベルトを超えている地域がありますが、まずは幼稚園などから始めて、小学校、中学校、周辺の通学路といった順番で除染を行なう。そして、各地域で『この場所なら安全です』という場所を確保し、増やしていくこと。そういう努力が必要です。
『週刊現代』
| 2011年07月11日(月) |
抹消された交信記録(41) |
NASAの科学者オットー・バインダーは、月着陸時のアポロ11号とヒューストンとの交信記録には、抹消されている重要部分があることを暴露している。それは―オルドリンとアームストロングが着陸地点を歩き回っていたとき、突然アームストロングがオルドリンの腕をつかんで叫んだ。「あれはなんだ?あれこそ俺の知りたいものなんだ」二人の異様な様子はヒューストンにも伝わり、管制室の一同は息を飲んだ。
ヒューストン「何があったんだ。トラブルか?アポロ11号、応答せよ」アームストロング「複数の巨大な物体が見えるぞ。ああ、信じられないほどだ!別の宇宙船軍がいるんだ。クレーターの向こう側の淵に並んでいる。月面上にいて、我々を見ているぞ!」この状況が、もし地球でテレビで実況されたら大変である。だから当局は事態を予想して、事前にやらせ映像を制作したのである。
アポロ12号に、2機のUFOが随伴飛行しているのを発見したのは、ヨーロッパ全土の観測所で、1969年11月14日の夕刻だった。一機はアポロ12号の後方に、ほかの一機は前方に位置し、いずれも急速に光を点滅しているように見えた。この時アポロ12号は数分間にわたって、すべての電気系統が原因不明のブラックアウトを起こしている。
翌日の15日、アポロ12号からヒューストンに、「2個のUFOが一緒に飛んでいる。一個はいつも同じ位置で、昨日から本船を追尾してきたものと思われる。一個は明るく輝いていて、もう一個の物体は毎秒一回の周期で明るく輝いたり、暗くなったりしている。ぐるぐる回転しているのか、あるいはこちらかに向かって光を点滅させているのかもしれない」という報告が送られてきた。しばらくして2機のUFOはスピードを上げると、宇宙のかなたへ姿を消し去っていったのである。
アポロ13号への妨害の理由
こうして、UFOの妨害の歴史はアポロ13号への大事故へと導かれていくのである。アポロ12号までは、単なる示威行動しかとらなかったET達は、次の13号に対しては断固たる阻止行動に出た。不吉な数字13を印した月宇宙船が攻撃目標とされたのは、単なる偶然ではなかったらしい。出発時刻13時13分もそうだが、月への慣性軌道に入った13時間後に原因不明の速度変化を起こした事実も、ET達による一種の警戒信号と解釈される。
なぜアポロ13号だけが、あのような大事故を起こしたのだろう?考えられることは、その前のアポロ12号が月着陸船を月面に激突させたことである。アポロ13号が月で行う実験も、第三段ロケットを月面に激突させて、アポロ12号が「嵐の海」に設置した地震計に記録させることだった。しかし、これは月の住人にとって迷惑極まりない暴挙といえる。情報によれば小型核を月面で爆発させる計画もあったし、原子燃料プルトニウムを搭載していたことも明白な事実なのである。
彼らにとっては、人類初の幼稚な宇宙船を一挙に爆砕することは簡単だっただろう。それをしなかったことは、人類を逃げ場のない袋小路に追い込むのではなく、安易に月に足を踏み入れてはならない、という警告とも解釈できる。そして14号以降もUFOは繁雑に出現して、アポロ船を監視していたことは記録でも明らかである。NASA・UFOの写真類を見てもわかるように、月ではUFOは繁雑に飛び交っている。まさに月には「UFOがいっぱい」だったのである。
アポロ以降も人類はひそかに月に行っている
アポロ計画は17号で打ち切られたが、人類は本当に月に行っていないのだろうか?NASAを最初に引退した宇宙飛行士ブライアン・オマリーは、自著『退役宇宙飛行士の話』で次のように述べている。「多くの人はアメリカに、NASAと空軍の二つの宇宙計画があることを知らない。NASAが一般公開されているのに対し、空軍の宇宙計画は軍の機密保護の下で実施されている。空軍の施設を見学して驚いたことは、コンピューター、制御台、ロケットに至るまでNASAと同一だったことだ。何もかもが、不必要に思えるほどNASAの複製だった。二つの独立した同じ計画が、別々に行われていることを想像してほしい」
元イギリス国防大臣ヒル・ノートン卿は『ディスクロージャー・プロジェクト』で「アメリカ政府は異星人と密約を交わしている」と証言している。オマリー宇宙飛行士やノートン卿は、アポロ計画は「ダミー」で以降も人類は月に行っている、と証言しているのだ。
「検死報告書に述べられたEBE(墜落UFOから発見された生命体で、通称『グレイ』と呼ばれる)は生物というよりも、長期の時空飛行専用に設計されたヒューマノイド(人造人間)と考えるべきかもしれない。察するところ、彼らは食料も排せつ物処理も必要としない。肌を通して化学物質を処理し、排せつ物を利用するロボットかアンドロイドにすぎない」
『NASAアポロ計画の巨大真相』
| 2011年07月07日(木) |
病院のカラクリ(40) |
○「大学病院のお医者さんは論文ばっかり書いている」という話でしたけど、なんでそんなことになるんですか?みんな、患者さんを治すことより勉強するほうが好きなんですか?
●一般に、大学教授というのは、教授会で選ぶわけですが、その時の基準が「論文の数」なんです。文部科学省もその大学がいい大学かどうかという判断は、そこの医局から出てくる「論文の数」で評価します。だから、外科の医局なのに、動物実験ばかりしている所だっていっぱいあります。
○人を診ないで、動物の相手ばっかりしているワケ?
●今、医学博士号を取得するための論文は、約8割が動物実験によるものです。結局、医学で博士号を持っているというのは、獣医の免許を持っているというのとほとんど変わりませんね。
○つまり、博士号なんていったって、人間の病気を診る能力とは、あんまり関係がないんだ。でも8割が動物実験ってことは、「人間では実験できないから、仕方なく……」っていうことなんじゃないの?
●いいえ、たんに面倒くさいだけです。
○でも、人体実験じゃまずいんだし…。
●人体実験はできなくても、いろんなことができますよね。例えば僕は、アルツハイマーの人の肺炎に関する研究で博士号をとったんです。アルツハイマーで肺炎になった人を対象に、「過去の病歴」や「過去2年間にどんな薬を飲んでいたか」「どんな脳梗塞があったか」といったようなデ−タを解析したんです。あるいは、いま、がんを殺す免疫細胞として「NK細胞」というのが注目されているんですが、そのNK細胞の活性の研究では、「大阪・難波のグランド花月にボランティア20人を連れて行き、そこで落語や漫才を見る前と見た後で、NK細胞の活性がどう変化するか」ということを調べたんです。結果は、見たあとのほうが活性が上がっていた。こういうことだって、やる気になればできます。
○そうか、確かにそういうこともできますね。それと比べると動物実験のほうがだんぜん楽だもんね。動物は何も文句を言わない。
●動物実験だったら研究室の中だけでできて楽だし、論文もたくさん書けますから。大学というのは、「ウデのいい医者が教授になる」という仕組みではなくて、「論文をたくさん書いた人間が教授になる」という仕組みですから。
○そいうのって、ずいぶんヘンだよね。
●だから僕は、今の評価システムが、根本的に間違っていると思うんです。「論文の数で教授を決める」というのは、野球でいうと、「守備が一番うまいヤツがいちばんいい選手だ」と決めつけるようなもので、ある一面しか見ていないわけです。「論文をたくさん書くことができる」というのは、医者の能力の一つかもしれませんが、医者の能力をそれだけで計ることはできないですよね。
○野球なら、打率とか、ホームランの数とか、いろいろあるよね。なのに大学病院では、「論文の数だけで評価する」と。でもそんなに論文ばっかり書いていたら、臨床っていうんですか、患者さんを診るほうがおろそかになりますよね?
●なりますよ。もちろん。
○そりゃ困ったなぁ。ずいぶんカンタンに言いますね。じゃあ、大学病院のお医者さんって、やっぱりウデはイマイチだと思ったほうがいいのかなぁ…
●とくに外科系の教授は最悪です。動物実験ばかりして論文せこせこ書いて、なんとか教授にのし上がっても、もうその頃は50代ですから、老眼は始まっているし、手は利かなくなってるし…。
○そういう医者が、医療ミスとか起こしちゃうわけなんだ…。ここでちょっと医療ミスの話をしたいんですけど。手術って何人かグループでやったりしますよね?そういう時、執刀しているお医者さんがミスしたら、ほかの人、ミスがわかるんじゃないですか?
●分かることもあるでしょうけど、執刀医が教授だったり助教授だったりした場合、それを言ったら終わりだから…。
○あっ、そうか。「アレェー、教授、いま、間違えて切っちゃったよ」とかうっかり声に出しちゃうと、僻地に飛ばされるかもしれないもんね。ところで、そういう手術ミスで、後遺症が残ったりとか、死んじゃったりとかいうときでも、患者さんや遺族にはわからないですよね。「残念ながら、手遅れでした」とか言って、ミスを隠していることもあるんじゃないですか?
●たぶんありますね。カルテを公開しないですから…。
○そういうとき、「おかしいな」と思って裁判起こしても、よっぽどのことじゃないと負けちゃうよね。
●日本の裁判で一番マズイのは、「原告側に立証責任がある」という点です。損害賠償を請求する側に立証責任がある。つまり、医療ミスの裁判の場合、『患者さん側が、医療者側にミスがあったことを立証しなければならない』ということなんです。
○それは難しいですよね。だって、お医者さんと患者とでは医療に関する知識が全然違うんだから。そうなったら、ミスされた側は、もうやられっぱなしで、「どうしようもない」ってことなんですか?
●イヤ。これは、法律を変えればいいだけの話です。贈収賄の事件でも同じことなんです。「被告が受け取ったカネが賄賂でないことを証明しなければならない」というように法律を変えれば、それで解決することなんです。
○医療裁判でも、「医療者側が、ミスじゃなかったことを証明しなければならない」というように法律を変えればいいと。
●そうです。
………
●さっきの話の続きになりますけど、大学教授って、そのくらいレベルが低いんです。とくに横浜市大というところは、東大とかにコンプレックスがあるようで、「研究業績でしか教授を選ばない」という話がよく聞こえてきます。少なくとも精神科の教授は、二代続けて、教授になる前の20年間、臨床経験がなかったんです。
○「臨床経験がない」っていうと、研究一本だった?
●そうです。二人とも東京都精神総合医学研究所っていうところで、顕微鏡を20年間覗きつづけた、脳の病理学者です。アルバイト以外は20年ほど患者を診ていなかった人が教授になりました。横浜市大は、少なくとも教授会がそういう決定をする大学です。だから、あんなコワイ病院、ちょっとないなと僕は感じてしまいます。横浜市の人が聞いたら、大分気を悪くするかもしれませんが……。
○でも、「横浜市大が特別」っていうワケじゃないんでしょう?ちょっとずつの差はあるにせよ、「どこの大学でも、論文至上主義で教授を選んでいる」という話でしたよね?僕らはそういうことを全然知らないから、「大学病院の教授は名医だ」って思いこんでて、それが逆にコワイんですけど……。
●「大学病院は手術実績を公表しなければならない」というようにすればいいです。だって大学病院は、厚労省から補助金を受けているんですから。手術実績が公表されれば、「大学病院というのは、憧れるに足りる病院ではない」ということも広くわかってくるだろうし……。それに、「いい加減」というか、「ヒドイこと」もあんまりできなくなるだろうし…。
○「ヒドイこと」って?
●例えば、「おっ、胆石か。じゃあ研修医に練習させておこう」とか、「むっ、盲腸か。さあ練習に使おうぜ」とかいうようなことです。
○「カンタンな病気ならどんどん練習台にされちゃう」ってこと?よく、「貧乏人が大学病院に入ると、実験台にされる」という話を聞くことがありますけど。
●いや、「カネを持っていないから雑に扱っても平気だ」というようなことはありません。ですが、「コイツだったら、失敗しても泣き寝入りするだろうな」というような人は、いかにも狙われやすいということはあるでしょう、たぶん。弁護士とか、裁判官とかに知り合いがなさそうな……。
○ヤクザの関係でもなさそなね。親戚に「その筋の人」がいたりしたら、お医者さんだって、そりゃやぱり怖いよねぇ。
●そうそう。「貧乏人か金持ちか」ということより、「身寄りのない年寄り」とか、まぁ、「どこからも文句が出なさそうな人間」を研修医の練習台に使っているんだと思いますよ。
『病院のカラクリ医者のホンネ』
官僚のリークによる御用記事を、いつまで書き続ける気か
今やだれもが気づきはじめていることだが、日本の新聞、テレビには監視すべき政府機関やその構成員である官僚に寄り添い、その意向につき従おうとする習性がある。この事実を、見事なまでに浮き彫りにしてくれたのが、原発災害に関する報道だった。なかでも象徴的だったのが、福島第一原発1号機の原子炉建屋が爆発した際の報道である。震災翌日の3月12日、NHKはじめ民放各局とも、爆発の瞬間はしばらく報じなかった。建屋の上部が吹き飛び、鉄骨があらわになった建物を静止画像で流していたにすぎない。
だがこの間、BBCはその爆発の瞬間をとらえた映像を放送し、ウェブでも即座に公開した。この不自然かつ不気味な情報格差は、ツィッターやメールで日本国内に瞬く間に広がった。そして多くの国民が、日本のメディアに対して抱いてきた不信を確信に変えたのである。
要するに日本の新聞、テレビは公権力がゴーサインを出すまで”国民の知る権利”に答えようとはしないのだ。というよりできないのである。彼らの取材拠点である記者クラブの運営費、年間111億円の大半は税金で面倒を見てもらっているからだ。批判すべき相手側から、これだけ手厚い経済的便宜供与を受けていれば、「完全な自由を有する」報道などできなくて当たり前だろう。それどころか、邪な官僚たちのお先棒をかつぐ報道に利用されたとしても、何も文句が言えないのが実態だ。
5月26日、毎日新聞が一面で報じたスクープも、厚労省年金局の”一部官僚”にうまくそそのかされ、書かされたものといっていい。記事は、民主党のマニュフェストの柱といもいうべき年金記録問題への取り組みの変更を伝えるものだった。同マニュフェストは、コンピューターの年金記録とそのもととなる紙台帳の記録、7億2000万件を全件照合することで、年金記録の漏れをなくそうとするものだ。まさに国家的大プロジェクトであり、民主党は、これによって政権交代を果たしたといってもいい。その重要政策の変更となれば、それこそ民主党内での議論が不可欠だ。
ところが不思議なことに、党内でそのような議論が活発に、かつ広範囲に戦わされた事実は存在しない。なのに厚労省がリークする形で「全件照合を断念する方向で検討に入った」との記事が出現したのである。いったいどういうことか。マニュフェストの変更を望む一部の官僚が、自らの願望を厚労省の意志のように吹聴し、新聞に書かせたというのが真相だ。事実、細川律夫厚労大臣は国会で記事内容を全否定しているうえ、政務三役の一人は、「毎日の記事は誤報である」として、毎日新聞に抗議するよう事務方に命じているのである。年金局の幹部の一人も、「発信源の官僚は局のラインじゃない人ですから、勝手なことを振れ回られ困っている」と苦り切っていたほどだ。
本来の報道の在り方とすれば、官僚の説明をうのみにするのではなく、まずは内容を検証し、事実に反する以上、その邪な発言こそ問題とすべきだろう。一部官僚の思惑だけで世論が恣意的に誘導される事態がまかり通れば、国会軽視が常態化し、それこそ議会制民主主義の否定になるからだ。
今回の情報の発信源となった年金局の官僚は、得意のべらんめえ調で「全件照合など、やるわけないだろう」と、各紙の記者にレクチャーしたという。この種の官僚のお先棒を担いできた記者は、「記事にしなければ、次のネタがもらえない」と、弁明する前に報道の在り方を真摯に問い直すべきである。
『週刊現代』
| 2011年07月01日(金) |
キューリーとベクレル |
1896年、ベクレルはウラン化合物に日光を当てるとX線がが発生することを証明するために、毎日実験を繰り返していた。ある時、曇り空のために実験を中止したベクレルは、ウラン化合物を写真乾板と一緒に机の引出しにしまう。数日後、引き出しを開けた彼が見たものは、光に当てていないにもかかわらず黒く感光した乾板であった。犯人は、ウランが発する放射線だった。人類が放射線を発見した瞬間である。その意義を神奈川大学の常石教授はこう話す。「物理学の歴史では、放射線の発見は、17世紀のニュートン力学、19世紀の電磁気学、20世紀の量子物理学とならぶ重要な出来事です」現在の感覚からすれば、引き出しに有害なウランをしまっていたとは仰天だが、世紀の大発見はこんな偶然から生まれたのだ。
放射能は「夢の新薬」だった
このベクレルの発見に目をつけたのがマリー・キュリー、キューリー夫人である。当時新しい論文のテーマを探していた彼女は、夫に「面白そうじゃないか」と勧められたことと、「新分野だから他の文献を読まなくて済みそう」という理由で、ベクレルの研究を論文のテーマに選んだという。1897年から1902年の間、マリーは夫の物理学者ピエールと、パリの学校から与えられたボロボロの物置小屋で実験に明け暮れる。ウランを含む、クズ鉱石を手作業で砕き、運び、さまざまな化学薬品を使って不純物を取り除く作業に二人で没頭した。
放射性物質を含む大量の粉じんと有毒ガスにまみれての作業だったが、のちにマリーは当時を「研究に没頭できてとても幸福だった」と振り返っているという。放射能にまみれながらキュリー夫人はボロニウムとラジウムという新たな放射性元素を発見する。放射能時代の幕開けである。女性研究者の偉業を、当時のメディアはこぞって「世紀の大発見」ともてはやし、彼女の研究室には報道陣が殺到したという。そして1903年、キュリー夫妻とベクレルは、放射能発見の業績によりノーベル物理学賞を受賞する。
「19世紀末から20世紀にかけては、物質の根源をたどる研究が隆盛でした。この時代に重要な発見が相次いだのですが、当時の物理学者や科学者は、自分の発見を応用することは考えていなかった。ギリシャ哲学以来の伝統で、自然の成り立ちを知りたい、真理をつかみたいというのが研究の動機でした」光り輝く放射性物質は、人類に幸せをもたらす魔法の物質、夢の新薬のように喧伝され、さまざまな商品がつくられることになる。
その狂騒ぶり記す『被爆の世紀』(キャサリン・コーフィールド)には、数々の実例が挙がっている。コロンビア大学の薬学部長は、ラジウムを肥料にすれば『味の良い穀物を大量につくれる』と主張したという。薬剤師はウラン薬やラジウム薬を薬局の棚に並べ、また医師たちもラジウム注射のような放射性物質を使った治療法を次々と開発し、糖尿病、胃潰瘍、結核、ガンなどあらゆる病に活用しようした。
ほかにも、膨大なラジウム関連商品が欧米で販売されている。放射性歯磨き、放射性クリーム、放射性ヘアトニック、ラジウムウォーター、ラジュム入りチョコバーなど。「ラジウムはまったく毒性をもたない。天体が太陽光と調和するように、ラジウムは人体組織によく調和する」これは当時の医学雑誌『ラジウム』(1916年)の一節だ。当然のことかもしれないが、放射性物質の危険性に対する意識は、まったくのゼロだったのである。
放射能を恐れていなかったという点では、キュリー夫妻やベクレルも同じだった。立命館大学名誉教授の安西氏が説明する。「ベクレルはマリーからもらった塩化ラジウム入りのガラス管をいつもポケットに入れて持ち歩き、人に見せびらかしていました。彼はノーベル賞受賞から5年後に、被ばくが原因といわれる心疾患により55歳で亡くなっています。キューリー夫妻も、発見当時はそれが人体に害をなすなど、思ってもいなかった」
当時、ラジウムの価格は1グラム約10万ドル。「ラジウム成金」まで生まれるブームの一方、膨大な数の被爆者が出たのは悲劇というべきが。ラジウムを扱う工場労働者や医療関係者に白血病で亡くなる人が相次いだが、多くは梅毒や肺血症と診断された。放射能が人体に害をもつことは1920年代には少しずつ解明されていくが、マリー・キュリーは自身の体調不良が放射線によるものとは決して認めなかったという。だが、彼女も1934年に再生不良性貧血で亡くなってしまった。「マリーが遺した研究ノートは放射能まみれで、今でも触るのは危険だといわれています。晩年は放射線で目に障害を起こし、弟子の大学院生が持ってきたグラフが二重に見えるような状況でした」
暗黒の歴史が始まった
放射性物質を発見して得た名誉。しかし、彼女はその代償として、放射能で命を落としてしまう。人類にとって危険をもたらす放射能を発見してしまった。彼女の運命がここに見てとれる。死後、「放射能の父と母」とした崇められたベクレルとキュリー。キュリーは1964年、ベクレルは1975年に放射能の単位として科学史に名を残した。キュリーの娘・イレーヌとその夫は第二次世界大戦後にフランス原子力委員会委員と委員長に任命される。だが、このイレーヌも白血病で命を落とすのだから、何とも皮肉な話である。
ちなみに放射能のもう一つの単位「シーベルト」は、スウェーデンの物理学者で放射線防護の専門家、ロルフ・シーベルトからとられている。ベクレルとシーベルトに直接の交流はなかったが、シーベルトの生まれた年は放射線が発見された1896年と聞けば、何やら運命めいたものを感じないでもない。ベクレルと、キュリーの発見をもとに、新世代の天才たちが原子の力に注目し、悪魔の兵器と制御不能の原子炉が生み出されるのだ。放射性物質は核分裂を起こすことで莫大なエネルギーを生み出す。これを兵器に変えようと、キュリーの死の前後から、急速に研究・開発が進んでいくのである。
1930年代には、ドイツのオットー・ハーン、ハンガリー出身でアメリカへ亡命したレオ・しらーどらが、ほぼ時を同じくして核分裂と連鎖反応の仕組みを着想した。原爆と原発は、この仕組みを利用した双子の技術だ。瞬時に反応を起こせば原爆となり、時間をかけてゆっくり反応を進めていけば原発になる。ナチスドイツによる原爆開発を危ぶむシラードは、アインシュタインの仲介でルーズベルトに”新型爆弾”開発の直訴状を出した。これがやがて、広島と長崎を襲った原爆の開発につながった。
その後アメリカは原爆を広島と長崎に実戦投入。9年後の1951年には世界初の原子力発電を成功させる。以来、人類はまともに制御できない原発と付き合うという”暗黒の歴史”を突き進むのである。おそらく放射能の発見は必然だった。そして科学者は科学者で、それぞれに苦悩を抱えてもいたのだ。原発が身近な脅威となった今、『知性の限界』で知られる高橋昌一郎國學院大学教授の見解もこれに近い。「人類は、まだ原子力を使いこなせるレベルには達していない。まずはそのことを認めるべきです。リスクを負ってまで開発すべきか、最終的には自分たちで議論して決めるしかない」
ピエール・キュリーは、1905年のノーベル賞授賞式でこう述べている。「ラジウムが悪の手に渡れば、世の中に危害をもたらすでしょう。危険かも知らないこの知識を、我々はきちんと受け止めることができるだろうか」
『週刊現代』
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