毎日のように仕事の日は取材にでかける。
今まででも少なくて週5日中、
3回は行ってるんじゃないかなってくらい。
原稿書くのや編集にもある程度慣れてきて、
それなりに仕事も早くなってきた。
「見られて、喜んでもらえるもの。」と思うと、
やはり顔を写してあげたり、
そのしている行動の中で一番カッコいいもの、
楽しそうなものを映したい。
ケーブルテレビの成り立ちは元々はアメリカにある。
電波の届かない地域にテレビを送る為に、
有線で電波を送るというものだった。
日本でもそう。
山間部や、最近ではビルの間なんかとか。
ケーブルテレビで生まれた一つの文化、
「コミュニティチャンネル」
それはケーブルを送る地域の情報を、
多くの人に伝えるというものだった。
つまり、コミュニティチャンネルというものは
メインではなくて、あくまで付加価値。
そんなレベルのものが発端なのだ。
制作者として、その起源と、会社としてのアイデンティティとか。
自分の方向性とか、色々考えてみると、
随分視聴者と制作者サイドとのギャップを感じる。
少なくとも、コミュニティチャンネルは
仕事を早く終らせる為に番組を作るとか、
そういうものではない。
誇りをもってつくるべきだし、
見てもらって喜んでもらうものを造らなければならない。
そのためには技術も必要だろうし、
心も重要になってくる。
何がしたくて、情報を提供しているのか。
自分の与えられた仕事を終らすだけが俺じゃないと。
俺はそう思う。
自発的に考えて、自分の考えを会社に伝え、
それが認められたときに、初めて俺は会社の人間になるんじゃないかと。
まだまだ俺はそんなレベルではないが。
カメラのファインダーごしに見る世界は、いつもモノクロで、
色のない世界。
ピントをハッキリさせる為に、
色がついていないのだ。
実際に戻ってモニターに映像を映してみないと、
しっかり色がとれたかどうかもわからない。
しかし、現場には、心のモニターがある。
何を映したいのか。
どうしたら喜ばれるのか。
同じものを映すのでも僕と誰かはきっと違う。
俺には俺なりのコミュニティチャンネルがある。
それが経験がないからとか、若いからとか。
そういうのって後から思えばあるかもしれないけれど、
だからって今のこの気持ちを否定できるか!
俺の気持ちを大切に、
誰かの心に届く映像を作りたい。
一生懸命にしなきゃ、伝わらないんだ。
一生懸命にがんばって、伝えるからね。
高校生の俺、大学生の俺。
俺は、俺にバカにされぬように、
精一杯生きるよ。
| 2006年04月29日(土) |
雨宿りは滑り台の下で |
小学生のソフトボール大会の試合の取材に行った。
まぁ小さな子らがバットを振り回しているのか、
振り回されているのか・・・まぁともかく可愛かった。
小学生のソフトを撮影するのは難しい。
いつ当るかわからないし、守備も必ず取るとは限らない。
ずっと廻しっぱなしでボール追いかけつづけなきゃいけないから、
一人での撮影は精神的にもかなり辛い。
だけど、
すごく楽しかった。
自信がなさそうにプレーする子どもたちに、
先生はいつも共通の言葉をポツリと漏らす。
「自信がないんだろうなぁ」
ちょっと前までは意味の分からない言葉だったけれど、
今は何か分かる。
連帯感のあるスポーツって面白いし、喜びを共有できるんだけど、
その分プレッシャーも大きいんだよな。
人を思い遣る気持ちがまだまだできていない子どもたちは、
残酷なまでに無邪気だし。
一回に20点以上をとられたチームのピッチャー。
コーチに罵声を浴びせられている子ども。
見ていると、「がんばれ!」って言いたくなるの。
きっとお母さんが「大きくなるだろうから」って買っただろう、
ブカブカのユニフォームはまだまだ幼さが残る。
自分より年下の、そして、弱い存在がこうも頑張っていると、
それに感動しないわけがないし、
父兄が、そしてママさんが叫ぶように歓声を上げる気持ちも
分からないでもない。
俺も、、、そうだったなぁ。
失敗を恐れて、立ち向かえずに、
今となっては、簡単だったことに立ち向かえずに、
俯いていた時があった。
自信なくて、自分なんてどうせダメだって思って、
妙にひねくれていたなぁ。
その頃の俺と今の俺。
自信が幾分かついただろうけれど、
新しいことに立ち向かう勇気って意味では、
俺は成長できたのだろうか。
子どもたちがきっと、僕にとって、とるにたらない試合でも、
子どもたちにとっては、とても大きくて、
心臓バクバクさせながらバットを振るんだろうな。
球が飛んできたらどうしようって。
打たれたらどうしようって。
今の俺はどうなんだろう。
あの頃より、勇気がもてたんだろうか。
風はまだまだ冷たくて、
河川敷の風は強く、
うす雲はどこか気分を憂鬱にする。
そんな中でも、
子どもたちは顔を赤らめ、
自分のポジションを守ろうと、
声をあげて、立ち向かっている。
俺の半分も生きていない子どもたちが。
俺が今の歳を半分だと思う頃、
きっと俺は今の気持ちを僕が小学生に今思ってる気持ちを、
また感じるのだろうか。
どうなんだろうな。
俺は俺で懸命に生きなければ。
顔を赤らめて、ドキドキを手に入れなければ。
この心はいつでも腐ることができるから。
やりたいことがなかなかうまくいかない。
明日こそは!明日こそは!が、
明後日・明々後日と伸びていく歯痒さ。
楽をしようとしてる。
楽な方へ楽な方へいこうとしてる。
このままじゃダメなんだな。
でも今はその時期じゃないとも思える。
5月までにはなんとかして見つけたい。
僕を。
これからは日記短文でも極力書くつもりです。
仕事が大変ではあるんですが、
何とか頑張りたい。
記録を残したいのです。
とりあえず、ウォータリング成分配合のキスミント、
それもアクアレモン味はうまいってことを
ここに書いておきます。
マジうめぇって。
| 2006年04月25日(火) |
こういうこった・・・。 |
「フッと思いついたことってすぐに書かないと忘れないか?」
以前そんなことを知り合いに言われた覚えがある。
うん。それって本当だと思う。
思った気持ちは温かいうちに記しておかなきゃ忘れちゃうんだ。
日記を書く意義はそこにある。
思いを記す理由はそこにある。
できるだけ温かいうちに書かなきゃならない。
3日前の昼ご飯なんて思い出せなくていいから、
今この思いを大切な今生まれた思いを忘れてしまわぬように、
日記を、言葉を記さなきゃいけない。
そういうことなのだ。
疲れた体だって、それだけは書かなきゃいけない。
そういうことなんだ。
できる限りその思いをあったかいうちに書けるように、
こんなしょぼいHPではあるけれど、
楽しみにしてくれているヒトもいるってことを忘れないように。
何とか頑張って俺のためにも日記を書こう。
忘れないように日記を書こう。
| 2006年04月13日(木) |
「弱点バトン」と「あなたを知るバトン」ってのがまわってきますた。 |
SUIさんのHP『勧悪懲善』
(http://m-pe.tv/u/page.php?uid=taisui&id=1)
からバトンがまわってきますた。
お答えしたいと思います。
まずは「弱点バトン」から。
�^貳崋紊ぢ里良�分は?
弱い?
そら、キンタマだろ〜・・・
って俺最低ですね。死にたい。
��一番弱い台詞は?
んー・・・すごく抽象的だな。
何をもってしてだ?
俺が一番初めに浮かんだのは、
言葉よりも『無視』されることが辛い。
あ、でも弱い?か。
んー・・・
『尊敬してます。』とか『信じてます』
って言葉かな。めんどくせぇ。
�0貳崋紊�(飲めない)アルコール、ジュースは?
野菜生活系のジュース。
うまくねーんだもん。
いちごとにんじんがフューチャリングできっこねぇ。
アルコールは呑めないのは今のところないな。
�ぐ貳崚┐錣覆た佑蓮�
彼女。
んー・・・全くもって俺は弱いな。
�ゼ,鵬鵑坑疑�
何かつまらねーバトンなのに5人にまわせってのもまた
ひでぇ話だな。
まぁ「あなたを知るバトン」も廻さなきゃいけないんだろうから
そっちとまとめて書きます。
次〜
「あなたを知るバトン」
�_箸傍△辰燭蕕泙魂燭鬚垢襦�
まぁその日によってまちまちやろけど・・・。
何やろ。飯を食うとか?
��普段の家での格好は?
仕事のある日は仕事着のまんまやな。
休みの日なら〜・・・
まぁまちまちですから分かりませんね。
�I�屋はどんな感じ?
このバトン考えたヤツ安直なんだよ!
分かりにくいったらありゃしねぇ!
部屋?
んー・・・
何か10代後半の部屋みたいだな。
ところ狭しと色々ある。
�い修良�屋は貴方の理想にかなっている?
そうだなぁ・・・。
叶ってるって言っちゃあ叶ってるけど。
不満はないな。
��好きな音楽は?
?�イ�ないのはなんで?まぁいいや。
最近は「東京重低音」と「OKAMOTO youhey」
ってアーティスト。
「音楽」ってのがジャンルって意味なら
あまりこだわりはない。
「ジャズ」「POPS」「クラシック」「歌謡曲」
色々聞きます。
�Чイ�な本は?
漫画?
漫画なら「ホムンクスル」「ハトのおよめさん」「PLUTO」
「手塚治虫全般」「ブラック商会変奇朗」
「みうらじゅん全般」
小説なら・・・
最近読んだのは「話を聞かない男、地図が読めない女」
「バカの壁」「私の個人主義」とか。
�┨イ�なマンガは?
ふぁ、ふぁっきん!
�Г播�えた!
��好きなゲームは?
最近はオンラインゲームをしてるなぁ。
「RedStone」です。
��好きな食べ物は?
最近はうどん。
あと昔からお好み焼きとかパスタ。
��好きな飲み物は?
グレープフルーツジュース
オレンジジュース
大内山牛乳
��好きな動物は?
頭の悪い動物は嫌い。
好きな動物は特にない。
��好きな場所は?
会社の編集卓。
自分の部屋より落ち着きます。
��好きな言葉は?
「志高く、腰低く」
俺の今年のテーマでもあります。
「謙虚」
��逆に苦手なものは?
何と逆なんだ?!
苦手かぁ・・・
アウトドアスポーツ全般。
バレー・バスケ・卓球はいい。
�阿海譴世韻録佑防蕕韻覆い發里蓮�
んー・・・
情熱。
ある仲間から
「あんたの資格は「情熱」やな」
って言われた。
�運突Г飽豸�
フラれすぎ。
�殴丱肇鵐織奪�
どちらかを答えてやってください。
なんつうか・・・バトンって意外とつまらんな。
俺がもっと熱いのを作ってみよかな。
そうだな・・・
なら、
��KYOHEI君
バトンに答えてくれそうだから(w
�◆�
暇だろてめぇ!
��しずかたん
暇だろてめぇ!
�ぅ泪�たん
苺!萌え!
�イ△�あ
回答が渋そう
以上ですた。
やらなければいけないことをできない弱さ。
やらなくてもいいことにでを出してしまう弱さ。
結局だらけたい体。
最近筋トレも「しんどい」を理由にサボリがち。
こりゃいかんこりゃいかんと思いつつも、
しんどい〜病が体を襲う。
とりあえず、きっかけを作らなきゃって思ってみて、
1日から何かはじめようと思ったのはいいが、
なかなか手をつけられず、
まぁ帰ってくる時間が遅いってのもあるんだけど、
情けない自分。はふぅ。。。
明日から、明日からでは始まらないのは分かっているんだが、
結局ちょっとふわーっとしてたら、もう2時かよ。
ってな感じ。
オンラインゲームも短めにして、
PCを触る時間を短くして、
英語やカメラについて知識を深めたい・・・。
僕は欲張りで、色々はじめたいと思ったらはじめたいのだ。
だけど、それはいいクセでもあるかもしれないが、
今はむしろ、悪い癖。
なんとかしたいなぁなんとか。
この9日がもしかしたらそれを変えてくれるかもしれない。
というのは仮装パーティ(思い込み)があるから。
パーティはあるのですが、それを「仮装パーティ」と
思い込んで行くというものです。
気合を入れなきゃな。。。
映画見たいな、本も。
ふぅ・・・。
くそったれがあああああああああ
なんとかならねぇもんかなぁああああああ
このモチベーションの低さ!!!!!
って・・・仕事時間が長いのが・・・一番の理由・・・
ってイイワケすんなぼけああああああああああああああ
そう自分に突っ込んで今日は寝る。
んー・・・なんとかしよう。
最近よくオンラインゲームをしている。
帰ってきたらすぐにつないだくらいの日もあった。
ここのところ、比較的落ち着いてきたが、
その中にも「出会い」ってのはあった。
僕はオンラインゲームの中で、
回復役のキャラを選んだ。
攻撃系、魔法系、獣使い、色々あったけど、
それを選んだ。
回復系のキャラだと知ってて選んだわけではない。
ガタイや見かけから、コレが俺にふさわしいと、
そう思って選んだ。
そんな僕はそれなりに重宝されている。
回復役以外は「回復」に、ゲーム内での「お金」がかかるから。
そして、死ぬ心配もないし、
僕は生き返す魔法も覚えた。
死なないとは何より強い。
気長にやったらきっとどんなモンスターでも倒せる。
まぁ一撃で死ぬような敵なら負けるだろうけど。
そんなゲームの中で、
僕は友達ができた。
それは「suisin」というHN(ハンドルネーム)の女の子だ。
そして、その子は、姉妹でゲームを楽しんでいる。
ゲーム内ではチャットもできるが、
姉が闘ったり、話したりをするのが基本で、
妹もたまに戦ったり、話したりしている。
何回か一緒にゲーム内で冒険するうちに仲良くなって、
お互いのHPアドレスの交換などもした。
そんな、「少しだけの」関係から生まれた、
僕と「suisinの妹」との交流。
いや、掲示板に書いてくれただけだけど。
大げさに言わせてもらえば、
出会うはずのなかった人だ。
suiは青森に住んでいるが、僕は三重県に住んでいて、
僕は青森県を訪れたことはないし、
その子は僕と年齢が離れてる。
そんな子が僕の文章を見て、
何かを感じたという。
それは、僕の文書がすごいのではない。
その妹がすごいのだ。
最近こんなことがあった。
うちの課の課長は元々スポーツマンで、
体育系の人だ。
いつもジャージを着てる。
だから、文化系に興味がないし、感心もない。
夏には必ず弱小でも甲子園球児の取材をする。
だけど、文化系にはあまり感心がない。
この地域の体育系には力を入れようとも、
文化系には力を入れない。
そして、会社は〇〇部の中に〇〇課が存在し、
〇〇係りとなるのだが、
うちの部のもう一人の課長は、
そのジャージの課長に対してこう言った。
「あの人は自分が体育系だから、体育系にしか興味をもてない。
俺は文化系も体育系もしてきたから、
どちらも応援したくなる。
それでは、放送手としては・・・よくないんだがなぁ」
その時にハッとした。
「興味がある数だけ、人は関心がもてるのだ」
と。
つまり、それは言い換えれば、
「関心のあるものには、優しくなれるし、
如いては、自らを成長させることができる」
ということだろう。
阪神大震災を経験せずとも、
現地にボランティアに行った人は、
地震から何か得たものがあっただろう。
地震を受けた人は次が怖いから、
色々準備もし、
また、他の地域が地震になったら、
助けに行く人もいるかもしれない。
僕らは毎日どこかでむごい殺人が起こっても
何事もなかったのように生きている。
それは、
「関心がない」からだ。
「優しさ」がないからだ。
それは、「自分が触れたことがない」からだ。
自分の知らないことに挑戦するのは、すごく大変。
大人になればなるほど羞恥心という心が生まれるから。
だけど、そんなのは今は必要じゃないってコトの方が
多い気がする。
関心を持っても、それ以上進まないひともいる。
コレが楽しい
何か学べるかも
そんな姿勢の人ばかりではない。
つまり、「普通」と感じる。
それは「普通の人」なのだ。
「特別な人」はそうではない。
何か感じるものがあったら、何か働きかけたい
そう思うのだ。
「特別な人」と言う表現はおかしい。
「特別な特徴」だろう。
いや、個性ともいえるかもしれない。
「普通の人」と「特別な人」を脇隔てる何かがあるとすれば
「そこ」だと思うのだ。
妹がえらいわけではない。姉がバカなのではない。
姉は本当は何か感じたのかもしれない。
だけど、恥かしかったかもしれない。
僕には分からない。
どの道賢いとかバカとかじゃない。
僕を「特別」と感じたか「普通」と感じたか。
その違いなのだ。
誰かにとって、特別で、
誰かにとって、普通のものはコノ世の中にたくさんある。
僕たちはその大切さに全て気付けるとは思えない。
そして、何故大切に思うのかの、
理由が分からないこともあるだろう。
しかし、僕たちにもできることはある。
「特別」と「普通」をかね揃えた僕らにできることは、
「人を大切にすることだ」
それは、「その人の大切なものを自分も大切に思う」努力を
するということだ。
自分はしっかりと聞いた事はないが、このCDのよさが分からない。
だけど、自分の友達は「コレ」が良いという。
自分には分からないが、友達が「コレ」を良いという。
しっかりときいてみよう。
それで好きじゃなかったら好きじゃないでいい。
しかし、「友達が好き」なことに変わりはないし、
「友達がそのCDが好き」ってことも変わりないし、
批判する必要もない。
その逆もしかり。
好きではないという子を好きにさせる必要はない。
興味を持たせる側も「特別」だろうが、
それはその子にとって特別であって、
他の誰かにとってはやっぱり「普通」なのだ。
しかし、その「特別」の数を増やせたら、
「関心」を増やせたら、
「興味を持つ」ということを一つでも増やせたら、
それが学びにもなるし、一つ優しくなれるといっていい。
勿論人に迷惑をかけることをしてはいけない。
ある種、自分にしか迷惑はかからないと思っていることも
一つの迷惑になりえる可能生もあるのだ。
興味を持てば、知識が増える。
初めて会った人と話すときに、
そのネタの数が増える。
色んな世界のもののよさが分かれば、
むやみに人を軽蔑しなくなる。
一人一人がそれぞれ「普通」と「特別」を併せ持ってることに
気づくことができれば、
自分を蔑んだり、人を軽蔑したり、
誰かに劣等感を感じることない。
誰か、悩んでいる人の相談にも乗れるかもしれない。
自分が「特別なだけの」存在でないということに気づくことができれば、
「もしかしたら自分の考えは間違っているかも?」
と、自分を見直すことができる。
謙虚になれる。
アインシュタインは言った。
勉強をすればするほど、
自分がいかに知識がないかを知ることができる。
と。
自分の興味の数が少ないから、
むやみに人を批判してしまう。
自分という人間が小さいから、
誰かを認めてあげることができない。
興味の数が少ないから、思いやりの心をなくしてしまう。
「俺はしたことないから」
「私はできないから」
そんなことで、むやみに自分に生まれるやもしれない
優しさの種を
潰してしまっていいのだろうか。
全てにそれはできないにしても、
できる限り幅を広げて、
浅く広くと深く狭くとかじゃなく、
深く広く生きるよう目指せばいい。
俺だってそう全部ができているわけではないから、
えらそうなことは言えないが、
妹さんの書き込みを見てそんなことを考えていた。
繰り返すが、俺の文章がすごいのではない。
キミが感想を書いて僕を喜ばせてくれて、
僕にこうやって文章を書く機会を与えてくれて、
また、キミが何か感じ得て。
それはとてもええことやと思う。
文章をしっかり読んでくれれば、
姉を批判しているわけではないことも分かると思う。
世界は広い。
僕は関心を広げたい。
社会を優しくしたい。
興味が持てるような、何かを提供したい。
そうすれば、イマジンしたら、
世の中、もしかしたら変わるかもしれない。
誰か一人を勇気づけるだけで、
それがペイ・フォアードのように、
何かつながるものがあるかもしれない。
そんなものに懸けて生きる人間が一人くらいいてもいいと思う。
そして、それに俺がなれたら。
そんなことを思いながら、
未熟ながらも俺は放送を、作品を毎日考えている。
「信じる」とは
「人に言う」という意味か、
「人に言われる」という意味か。
「儲ける」とは
人を信じるのか、
人を信じさせるのか。
俺は彼女にいつも
「俺を信用するな」という。
いつも不安で、本当に好きなんだろうかと思えばいい。
そしたら、いつまでも恋ができる。
人を信じるのは「言葉」ではない。
その背中と行動だけだ。
「俺を信じろ」
そんな言葉を俺には言えない。
「信じてる」と人に言うな
価値観を任せるようなことは言うな。
たかが、1年と2ヶ月やそこらで俺を信用するな。
俺は全力でキミが好きだけど、
俺はそう思って生きている。
素直にそう思うんだ。
ちなみに、
「生きることが辛いだとか苦しいだとか言う前に
野に育つ花ならば力の限り生きてやれ」
昨日の日記に書いたことの詞は、
松山千春の歌です。
雨に当りながら走る車と
止まった車では、どちらの方が雨があたるんだろう。
走ってる方が当る勢いが強いから
強く感じるけど、実際降る量が均等なら、
やはり同じなのだろうか。
大雨の中、一番遅い動きのワイパーにして、
そんなことを考えてみる。
たまに知らない人から日記の感想が送られてくる。
HPにも知らない人が遊びに来て、掲示板に一言残してくれる。
嬉しいと思う。
そして、今宵も送られてきたメール。
そのメールには返事が欲しいなぁということが控えめに書いてあった。
それが故に俺はすぐにコノ日記で返事をすることにした。
仕事場や学校。近所。
色々な人間関係がある中で、
俺が大切に思うことを1つあげるとすれば、
それは、「謙虚」であることです。
してもらったことには必ず「ありがとう」を言うことです。
少しのことでも「ありがとう」ということ。
謙虚の正式な反対語を調べていませんが、
恐らく意味として、横柄な態度というのが
その反対でしょう。
謙虚に生きるとそれを調子に乗るやからがいます。
だけど、謙虚に生きましょう。
年下でも年上でも一人の人としてコミュニケーションが
とれたらいいよね。
どうしても許しがたい時ってあるし、
自分が正しいって思うことがある。
俺にもあるし、そう思うと不機嫌になる。
そうなると廻りに伝わる。
でも、そうでなくて、
もう一度考えて、自分の「肥やし」にしたい。
それは妥協ではないと思う。
特に皆で一つのことを決めるのが難しい。
意見が出しにくい雰囲気にもなる。
だけど、俺はそれは思い切って言う。
女性ばかりの職場だから、
分かる人には分かるだろうけど、すごい面倒。
女の人って陰口っていうか、、、、
すごく心の凶暴差がある部分ですごく大きい。
ホラー小説だって女性向きが多い。
すごく心が蝕まれた時は、
蔑まれた時は1つのことを思い出してください。
「謙虚になろう」
あと・・・正直、
俺はコノ日記を正直すぎるくらい書いています。
そして、大学時代の友達が見ています。
もしかしたら元彼女も。
傷つけている人も中にはいるかもしれないし、
そう言う存在があるかもしれないってことは気づいて書いているけど、
それ以上に誰かを傷つけているかもしれない。
だけど、もう嘘はつかなくていいって思った。
ある日を境に思った。
それがいつかはわからないけれど。
「自然に生きるって言うことはどれだけ不自然なことだろう」
吉田拓郎はそんなことを歌っている。
ゴイステの「青春時代」は吉田拓郎の歌のカバー・・・
って言うかパクリです。知ってましたか。
是非原曲もきいてください。吉田拓郎の歌はいい歌です。
「カッコ悪いって思われるかもしれないことを書かないで
カッコつけるってどれだけカッコ悪いことだろう」
俺はそんなことを誰からかいつからか知った。
だからセックスも、果てやオナニーまで。いやそれはやりすぎか。
正直な気持ちを書けばいいと思う。
だからこそ伝わる文章が書ける。
そう信じてる。
最近とても好きな歌があります。
小学校の卒業式や、小学校の招待給食で歌ってくれた唄で、
気づいたら口ずさんでいる歌です。
保育士さんならもしかしたら知ってるかも。
そして、夢や希望をもって生きている方。
挫折しそうな人、普通に生きられている人。
全ての人に聞いて欲しい歌。
小学校の音楽の時間に、
眩しい窓からの光が入りながら、
先生が弾いてくれた、うまいのか下手なのか分からないピアノ。
そして、うまく聴こえるようにとかじゃなくて、
心のままに歌ったあの日。
フォルテの意味が分からなくて、
とりあえずデカイ声で何かに叫ぶかのようにデカイ声で歌った唄。
帰り道に見つけたアリの巣。
気づけば踏んでいた犬の糞。
空はいつもでかくて、広くて、
海は見るたびに感動を教えてくれて
お母さんの香りはいつも夕ご飯の香り。
友達とケンカして、悩む材料さえない考えで
いつも僕は悪くないってそう思い込んで、
だけど、どこか胸の痛みを覚えていた日々。
実らない観葉植物に違和感を感じた日。
歩道橋の上から見下げた社会。
皆で歩いた朝と夕。
いつも閉まっている喫茶店。
つまらないニュース。
泣いて声にならなかった日。
今思えばどうでもよかったようなことを
一生懸命考えては
泡のように消えていった毎日。
何も知らない方がそれはそれで幸せに生きれたのかな
そう思った思春期。
何も知らずに大人を見切り、
夢は大人がつくってくれていたんだって気づいた春の午後。
教室の窓際の席から覗いた隣のクラスの体育の授業。
エンピツをくるくるまわすアイツみたいになりたくて、
ソイツが嫌いになった4限目の後の昼休憩。
いつしか僕たちは大人ってやつになって、
気づけば大人の素晴らしさ、子供のか弱さを知る。
無邪気に笑う子どもたちを見て、
この理由なく愛しく思える子どもたちが、
どうかどうか幸せに生きられますようにと願ってやまない
「あかとんぼ」の小さな教室。
何気ない会話の中なのに、
今も頭に浮かぶフラッシュバックのような記憶。
全て・・・忘れかけていた陽炎。
迷いそうになって、苦しくて、死にたくて、
だけど、だけど、メリーゴーランドを見るたびに思い出す、
「夢は大人がつくってる」
ってこと。
「人がつくってる」ってこと
俺は、きっと貴方も、
そう生きたいんじゃないかなって思って、
この歌を、きっと貴方も知ってる歌を
もう一度噛みしめて欲しくて、
俺は貴方が、俺ががんばれるように
コノ歌を載せます。
どうしようもなくセックスが好きな俺だけど、
抱き上げた子どもの軽さを感じる
あの瞬間も俺は好きです。
子どもの頃に嫌いだった保育園の井戸坂先生。
今も覚えていて、
それが俺にとっていいことだったかは分からないけど、
俺の記憶があるが故に、
貴方が頑張ることにはきっと意味がある。
自分ではない誰かの為に生きるってことも
とても大切なことだから、
僕は人を信じて生きよう。
俺なりに真剣に書いてみた、俺なりの手紙です。
一人の為に、名も知らぬ人の為に、
こうやって一生懸命になるってことも、
なかなか気持ちの良いものです。
Believe
たとえば君が 傷ついて
くじけそうに なった時は
かならず僕が そばにいて
ささえてあげるよ その肩を
世界中の 希望のせて
この地球は まわってる
いま未来の 扉を開ける時
悲しみや 苦しみが
いつの日か 喜びに変わるだろう
I believe in future
信じてる
もしも誰かが 君のそばで
泣き出しそうに なった時は
だまって 腕をとりながら
いっしょに歩いて くれるよね
世界中の やさしさで
この地球を つつみたい
いま素直な 気持ちになれるなら
あこがれや いとしさが
大空に はじけてひかるだろう
I believe in future
信じてる
いま未来の 扉を開ける時
悲しみや 苦しみが
いつの日か 喜びに変わるだろう
I believe in future
信じてる
タイトルに意味はありません。
なんつうか、いきなり「ポッ」と頭に浮かんだのがコレでした。
最近ずっと悩んでます。
苦しんでます。
でも、
生きることが辛いだとか苦しいだとか言う前に
野に育つ花ならば力の限り生きてやれとかそんな感じです。
明日から・・・できる限り毎日日記を書きます。
というのは、僕にとって「書く」ということがいかに大事か
分かったのです。いや、思い出したのです。
いつも思いついたままに、こうやってキーボードを叩いて、
この打っている言葉はドコからでてくるのか。
もしや、指では?ってほど、頭では何も考えずに文字が羅列されていく。
いつの間にかキーボード打つのが早くなり、
こうやって話すのと同じくらいに文字を打つのが早くなった。
ブラインドタッチはできるのに、
目の前に何も書いていないキーボード渡されたら、
どれがドコにあるか、キット僕は分からないと思う。
だけど、指において貰ったら、きっと書けると思う。
そして、それって何か「カッコいい」って思う。
資格じゃない。雰囲気ってヤツかな。うん。
ずっとずっとずっと考えてた。
30歳までをドウ生きるか。
今の仕事を僕はいつまで続けるのか。
理想をドコにおくのか。
何の為に生きていくのか。
適当に普通に生きていいのか。
いいわけないだろう。
何か、何かする為にきっと生まれてきた。
そう信じてる。
今日、ある女性に相談をしにいった。
もう30歳を超えた所謂人妻。
いつものようにバカにされ、
そして、いつものように温かく迎えてくれた。
インスタントラーメンの麺一本の長さのことを
皆さんは考えたことありますか。
僕は今日それが気になって、
ラーメンを熱湯に入れてから、
一本だけ抜こうとしたら切れて、それはそれは慎重にしたのに切れて、
俺がキレました。
麺に怒りました。
で、結論としては、あれって一本が意外に長いんです。
今度やってみてください。
って話それた。
僕は海外に行きたいことを伝えた。
もっともっと見聞を広めたい。
そう思ったから。
海外で何がしたいのか。
特にない。
カメラを廻したい。
その現地に何があるかを伝えたい。
それは家族に伝えるように、伝えたい。
FOR THE 世界平和でもないし、
俺のなんつうか、したいって思うこと。
俺、自分なりに思うことだけど、
「したい」って思うことはいつも叶ってきた。
いや、「いつも」じゃない。
頑張ったことは叶ってきた。
今回もがんばらなきゃって思う。
俺がしたいこと。
今の俺がしたいこと。
それは、エッセイストです。
今までの23年の
わりかし、普通の人生、それはそれでおもしろいかも。
だけど、それだけじゃない。
もっと色んな経験がしたい。
何がしたいの?
ってきかれて、
「海外へ行きたいんです」
と答えた。
「なんで?」
と言われ
「なんとなくです」
と答えた。
「海外へ行ったことは?」
と聞かれ
「ない」
と答えた。
「なら、一度行ってみな」
と、言われ、
「はい」
と答えた。
次、いつ3連休がもらえるか分かりませんが、
いっちょ海外へ行ってみます。
俺はさ、あの写真とかでさ、
すごく綺麗な写真とか見てさ、感動するじゃん。
あんな写真とりたいって思うし、
ドラマのような生き方をしたいってただそう単純に思うだけ。
俺にはできないって思うんじゃなくて、
できるかも?って何だって思うだけ。
幼稚園児が「将来〇〇〇〇マンレッドになりたい!」
みたいな、そんな気持ち。
いつかなれるんじゃないかってそんな気持ち。
バカだけど、バカだと思うけど。
このまま死んだとしたら、絶対悲しいんだ。
それくらいならいっちょやってみっかってな感じで、
やってみようかなと。
俺は世間に伝えるだけのカメラマンになれるか。
それとも、友達・仲間・家族に自慢するだけの男になるのか。
それはわかんねーけど、
世の中には色々おもしれー人がいるってことは、
コノ世界にいる人間だからすげぇわかるんだ。
ある程度、辛い思いはたくさんした。
妥協せずに結構頑張った。
この1年間振り返って後悔があるとすれば・・・
もっと働けばよかったってことと
もっと遊べばよかったってこと。
そんなこと来年の今日思わないように、
カッコええ大人になったって今の俺が思えるように、
俺はそんな生き方をしようと思う。
30歳までの俺の目標はいまだ難しい。
しかしわかったことは、3〜5年は仕事をする。
その間に英語を勉強する。
お金を貯める。
3or5年後〜30歳までは知らん。
30歳からは、海外で遊ぶ。
遊ぶってか、仕事する。
そんな人のつながりをつくれるように、
求められる人になれるように、
男、sk、頑張る次第であります。
今の俺にできること、
それは目標がしっかりしてたら分かること。
・カメラを死ぬ気で廻す。
・原稿を死ぬ気で書く。
・遊びまくる!
・仕事しまくる!
・仲間をつくりまくる!!!
以上だ!ばかやろー!