夜は人を素直にさせる、って言いますが、どんなもんだろね。 とりあえず、どうでもイイ事考えやすいのは確かだけど。
十人十色。 60億人いたら、60億の違う人間が存在する。
私も、60億のなかの一人だ。
時々、自分は偽善者だなぁと思う。 この八方美人な口は、いくらだって相手に都合の好い美辞麗句を作成してくれる。
その人の状態、何を欲しているか、どうすればカッコいいだろうか。 計算して、答えを導く。作る。
そして。 そうさせているのは紛れもない私自身だ。
自分の言葉はどこまで本気なんだ? 私に、誰かを想うって気持ちは在るのか?
なんの見返りも、世間体も、求めず気にせず。
私は誰かを想っているのだろうか? そうだ。 こう、考えることすら、すでに私の中で計算されていて。 誰かに同情してもらうのを待っているのかもしれない。 これはその証なのかもしれない。
自分が好きだ。 でも、もちろん、私にだって好きな人たちがいる。 愛すべき人たちがいる。 その人たちに言っている言葉のどれほどが真実なのだろうか? 欠片ほどでも、あるのか?
せめて、大好きな人たちにだけは。 その言葉だけは。 想われたいとか、そういう自分のエゴじゃないことを祈る。
いや、それすら、祈る以前の問題で。 「祈りたい」という願望としての表現の方が適当なのかもしれない。
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でも、エゴじゃない、ホントの気持ち。 心からの言葉。 質素でも、心のこもった言葉。 どれをさすのか。 どうすれば言えるのか。
ンな事考えてるうちは、全部利己心の言語化に過ぎないんだろう。
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