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■ 「味噌汁・ごはん」授業に対して思うこと
久しぶりに早朝に学校へ。 今日は剣道の大会。 自分はすっかり忘れていたのだが, 4年前のこの大会でのドラマを,他中学の先生から聞く。 ほろ苦さとともに懐かしさも。 前任校の生徒とも顔を合わせ,こちらも複雑な思い。
会場準備ができないのは残念。 うまくなくてもいい。気がきく集団に育てたい。 試合は,それぞれの個性が見えてなかなか面白い。 誰もが勝ちたいけれど,だれもが届く世界ではない。 でも,やり方はあるもの。 男子は2勝1敗,3人の女子は全敗で終了。 次につながる試合はできた。
野中先生の, 私がこれを読みながら考えていたことは、「味噌汁・ご飯」授業についてである。なぜ、日本の教育は、「ごちそう」授業ばかりにスポットを当てて、日常授業に目を向けることをしてこなかったのか。 という問いに対して,自分自身の歩みを振り返った。
揺れる荒れる生徒たちを目の前にして, 授業を変えたいと思った。 生徒飛びつく,生徒が変容する授業をしたかった。 だから,「ごちそうの授業」を作ろうとした。 その中の一つが, 生徒の問いをコンピュータやグラフ電卓を使って追求する いわゆる探求的・発展的な授業だ。 どこへ行ってしまうのか,授業者も分からない授業。 それはそれで十分面白かった。
でもそれらを実現する中で,いくつかのことが気になった。 まずは,そんな時間をどう生み出すかということ。 そして,基本的なテストができないようでは困るということ。 それでいて,残念ながら,正直に言うと, 生徒全員を巻き込むことは,できなかったこと。 ほんのわずかながら,わからないからと, 教室を飛び出す生徒が,出てしまったという現実。
同時に気がついたのは, 日常の授業の中でも,そんな問いを生む機会はあるはずで, それをチェックして評価しようとした「振り返りカード」。 これにより,生徒一人一人に今の学びを感じながら 授業することにもつながっている。 そして,スタンドアップや4人組の, 少人数での「生徒同士の関わり合い」を軸にした授業。 なんでもないことだけど,わかるということはうれしいこと。 関わり合いを軸とすることで,教室を飛び出す生徒は, ここ5年間で,ほとんどいない状態になっている。
野中先生のレベルには程遠いだろうが, 気がつくと,あたりまえの「味噌汁・ご飯」の授業を, 大事にしている今の自分になっている。 その重要さは,痛いほど感じているし, そのスタンスをこれからも崩すことはないだろう。
でも,やはりごちそうを作りたい。 ごちそうが,あたりまえになるといいなと思う自分がいる。 オランダで見せていただいた, 数学B-DayやA-iympiadのような場面を, もっともっと取り入れたいと思う。
人としての力を育てているのだから。 パソコンやインターネットにとって代われる力ではない, 創造的な力,分析したり,論理だてて構成する力を ぜひとも育てたいと思う。
残り僅かの時間を,これに費やしていきたい。
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