最近井上一馬(多分)の中学受験に関する新書を立ち読みした。
受験は生まれる前から始まっているという。
よくあるような幼稚舎お受験的な意味ではなく夫婦の子育ての価値観の摺り合わせておかなければならないという意味だったが、かなり考え方に共感するところがあった。
娘2人の受験体験を交えた話だっのだが、小学校受験をさせなかった訳や子供の性格に合わせた学校選びとか、間違って受かってしまった難関進学校は子供にとって不幸というお話で、今までの個人的な体験に鑑みても頷いてみたりするのである。
ぽちは、小学校受験に始まり、中学校受験、高校受験、大学受験、公務員試験(蛇足ながらその後転職試験2回)という受験のオーソリティである。
別にこうすれば成功するというオーソリティではない。その手のオーソリティは受験をこんなにはしない。どっかで成功すればこんなに受験は重ねないのである。
片や変人も中学受験、高校受験、大学受験、資格試験と経験し実家が学習塾をやっているので教育論だけは熱い男であった。
質問してみた。
Q「子供に小学校受験をさせますか?」
A「子供は10歳までは遊ばないといけないから、小学校受験はさせない。大体、出来る子は高校くらいからきゅうっと上がっていくんだよね〜。小さい時からやっていると、後で息切れしてくる。〜以下まだ続く。」
Q「中学校受験はさせますか?」
A「本人が希望するなら」
Q「学費が高い中学校とかに行きたいって言ったらどうしますか?」
A「家は貧乏なんだからと懇々と説得する」
Q「娘が勘違いしてお嬢学校に行きたいと言ったらどうしますか?」
A「なるべく本人の希望は叶えてあげたい」←娘には弱いんでしょうか・・・
Q「では、高校まで公立だったんだけど、大学で突然初年度1000万位かかる医学部に行きたいと言い出したらどうしますか?」
A「頑張る。」
Q「じゃぁ親もビビるほどの頭のいい子供だったとして、大学から留学したいって言ったらどうしますか?」
A「・・・頑張る」
Q「反対に、高校中退したいと言ったらどうしますか?」
A「高校だけは出るように説得する。」
Q「高校出て専門学校に行くというのは?」
A「いい。」
Q「高校行かなくて専門学校は?」
A「そこまでは考えてないよう。」と音を上げてました。
受験が自分自身に与えた影響っていうのは色々ある。
未だに小学校受験でどんな問題が出たか覚えている位である。20年以上前のことではあるが。
色んな所を落ちまくった結果(実力通りの所に行ったせいか)、自分は所属する集団の中では常に中の上あたりをキープ出来たと思う。
それだけは幸運だったと思うのだ。
ただですら、コンプレックスの塊だったのだから、これ以上卑屈になってしまっていたらまだ何かに取り付かれていたままだと思うのだよ。
やっぱ、受験のしすぎで磨耗してしまったという感じは拭えないけどね。
凡人には確実に磨耗する体験だと思われるし、生涯に磨耗できる回数は決まっているんじゃないかと思う。
人生の最初の部分でそれを使いすぎるのもよくないんじゃないかなーと思うのだった。
今こんなに休息してもまだ磨耗感が取れないんだもん。