GARTERGUNS’雑記帳

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お題075
2005年04月01日(金)

075:ひとでなしの恋




俺の友人の話だ。
……俺が友人というのを、あいつは認めていない様だが。


友人は……俺が言うのもなんだが……かなり困った奴だった。
プライドが高く、思いやりなんかの心は二の次で「力こそ全て」と考えていて、しかもそれを身を以って証明して見せるほどに強かった。
そんな生き方をしていれば当然だと思うが、奴の性格はかなり歪んでいた。
力を手に入れる為なら、他の何でも犠牲にしようとした。
あの頃の友人を一言で表現するなら「ひとでなし」辺りがしっくりくるだろう。
当然俺とは衝突が絶えず、どちらかが病院送りになる様な殴り合いの喧嘩も、一度二度と言わずにやらかした。


そんなひとでなしが、或る日恋に落ちた。


どういう経緯でそうなったのかは、俺は知らない。
とにかく奴は恋に落ち、それまでの荒みぶりが嘘の様な姿をさらけ出した。

奴が恋した相手は、姿かたちこそ繊細だが、その中身は紛う事無き「ひとでなし」だった。
彼もやはり「力こそ全て、他は要らない」という価値観の持ち主だったのだ。
何があったのか判らないが、奴はそんな彼にすっかり参っており、冷たい美貌を賞賛し、近寄りがたい高貴さを褒め称えては「まるで氷の中のバラのようだ」とかのたまった。
口を開けば自慢か嫌味しか出てこない様な奴の何処に、そんなロマンチックな言葉を捻り出す回路があったのかと、俺は腰を抜かさんばかりに驚いたものだった。

時間の経過と共に、奴は益々彼に傾倒していった。
と同時に、どんどんと変化(変質と言った方が適当か)していった。
他人の為になら指一本でも動かすのを嫌がる奴だったのが、彼が喜んでくれるならばと我が身を投げ出す勢いで奉仕し始めたのだ。
それはもう、とんでもなくプライド高く我が強かったのが嘘の様な従順ぶりで、彼の下男か召使と言って差し支えないほどだった。
彼の傍若無人な要求に尻尾を振らんばかりに嬉々として応えている奴を見て、俺は何度我が目を疑っただろう。

だからと言って、俺などの「他人」に対する態度も軟化したのかと言うとそうではなかった。
寧ろ前より酷くなった気さえした。
単なる利害関係のほかに、嫉妬や独占欲が絡んでくるようになったからだろう。
以前の奴なら信じられない様な感情的な振舞いに走り、昔からの知り合いである俺にも理解し難い行動や言動が増えた。
恋というものは、一流の戦士でもこうも簡単に狂わせてしまうのかと薄ら寒く思ったのをよく覚えている。

とにもかくにも奴にとっては彼の存在が唯一無二で、他の者になど人権を認めていない……そもそも目に入ってすらいない様子だった。
そんな状態では当たり前の事だが、奴と俺は疎遠になった。
たまに見かけて声を掛けても、聞こえない振りをしているのか(あるいは本当に聞こえていないのか)何ら反応は返ってこなかった。

だが、そんな状態の中で一度だけ、奴の方から俺に声を掛けてきた事があった。
その時の奴は、日頃ろくに寝ていないのが判るほどやつれていて、けれどその真っ赤な目には……いや、元々奴の目は赤いがそういう意味ではない……妙に幸福そうな輝きがあった。
「どうかしたのか」と俺は尋ねた。「幸せそうだな」
「これが幸せでなくて何なのだろう」と、興奮気味の奴は言った。

奴は前日に、惚れている彼に対して「愛しています」と恋慕の念を告白したらしい。
それに対して彼は「私は誰も愛さない」と答えたのだそうだ。

「それの何が嬉しいんだ?」
失恋のショックで遂に気が変になってしまったのか、と危ぶみながら俺が問うと、「判らないのか?」と奴が口端を歪めた。

「己の思いが受け入れられない代わりに、あの方は他の誰のものにもならない。
 これはとても幸せな事だと思わないか」

俺は否定も肯定もしなかった。世の中には色々な幸せがあるのだなと思った。
ただ、奴がその結論に辿り着くまでにどれだけの狂気に苛まれたのだろうと思うと、気分が重くなるのを感じた。
決して自分の恋が報われる事はないと宣告された絶望を、かの人が汚され攫われる事もまた決してないという希望に転回するには、どれほどの力が必要なのだろうとか。

「お前、それで満足なのか」

気付けば言葉が口をついて出ていた。
が、奴は何ら反応を示さなかった。
元々俺の答えなど求めていなかったのだろう。
奴は言うだけ言うと満足したのか、彼の……主人の元へと戻っていった。
俺は何故か安堵と同時に苛立ちをも覚えながら、奴の背を見送った。



そしてまた、俺と奴との関係は遠ざかったまま、暫しの時間が流れた。



或る日俺は、街中にて唐突に奴と再会した。
再会したと言うよりは見つけたと言う方が相応しいかも知れない。
何しろ奴は茫然自失状態で、雨の中を傘もささずふらふらしていたものだから。
尋常じゃない様子に、無理矢理捕まえてひとまず俺の家に連れてきたんだが、それからがまた酷かった。
泣きながら自棄酒を煽り、喚き散らし、時折ねじが切れたように虚ろに中空を仰ぎ、煙草を吸って噎せて、また泣き叫んで……
宥めすかして事情を聞いてみれば、主人が恋に落ちたのだと言う。
そしてその相手は、奴ではない他の男だった。
詳しい事は主人が明かしてくれなかったが、とにかく「奴ではない他の男」だったのだ。

「あの方は『こんな幸せな気持ちがあるなんて知らなかった』と嬉しそうに呟いてから、『お前にも早く恋人が出来ればいいのに』と仰った」

俺は掛ける言葉も無く、街中をさ迷っていた時の奴と同じ様な顔で黙り込んでいた。
奴は真っ赤に泣き腫らした目を何度も擦りながら「わたしが何をしたと言うのですか、何もしなかったから駄目だったのですか、わたしはどうすれば良かったのですが」と嗚咽交じりに繰り返した。
「なあ、そんな辛い目に遭ったのだったら、いっそ縁を切ってしまったらどうだ」
俺の提案に、しかし奴は首を横に振った。これだけの傷を負わされても尚、主人の事が好きで好きで愛しくて恋しくて堪らないらしい。
これまではどうしたって主人の心は手に入らないと諦めていたのに、その不可能事を可能にして見せた男の出現によって、ずっとしまい込んでいた気持ちを抑え切れなくなったのだと。
けれどそれは「その男」だったから可能だったのであって、自分ではどう足掻こうと無理な話に変わりは無いのだろう、……そう奴は考えて、朝出かけてそのまま帰ってこない主人への恋しさや、姿の見えない「その男」への嫉妬、自分への絶望、その他諸々のやり場の無い思いにもがき苦しんでいるのだった。

……実は俺には「その男」に心当たりがあった。
父親と親しかった縁で日頃面倒を見ている少年だ。
近頃しきりと「とんでもない美人のとんでもないひとでなしに惚れちまった」と零していたので、まさかとは思っていたのだが。……そう言えば、彼も朝に出掛けてから帰ってきていない。
気付いた瞬間にざっと血の気が引いた。
奴がこの事に気付いたらどうなるのだろう。
恐らく彼を物理的にどうにかしようとするのではないだろうか。
奴は元々そういった事に躊躇しない類の者であるし、こんな狂乱の状態にあるならば尚更だ。
口を滑らせてぼろを出す前に帰って貰おうか、もしくは俺が席を立とうかと思案しながら奴を見れば、奴もまた途方に暮れた様な目で俺を見ていた。

……俺はこんな目に弱い。
縋る様な目に弱い。
他に何の支えも無い様な目に弱い。
今までにも似た様なケースで何度もトラブルになって、いつも誰かを泣かせているというのに、それでもこんな目を向けられるとどうしても「協力してやりたい」「助けてやりたい」と思ってしまう。

結局俺は、追い出す事もその場から逃げ出す事も出来ず、奴が泣き疲れて眠り込むまで向かいの席に座っていた。

それから俺は、何かと理由をつけては奴と会うようになった。
奴は主人の前ではどういう訳か鉄面皮を保っているが、彼が恋人に会いに何処かへ行ってしまうと途端に駄目になってしまう。
そんな奴のもとに酒を差し入れたり、自分の家に誘ったり……
ただそれだけで、後はただ奴の気の済むまで泣き言とも恨み節とも惚気ともつかぬ言葉をじっと聞いているだけなのだが。
そんな事を繰り返す内、最初は不安定で痛々しい事この上なかった奴の精神状態も、次第に落ち着いてきた様だ。
パニックになるか放心するかしかなかったショックな出来事も、多少は順序だてて客観的に語る事が出来る様になった。
ここ数日では普通の世間話にも対応出来る様になってきたし、ちくりとくる皮肉や憎まれ口すら叩ける様にもなった。
それに、……これは俺の自惚れなのかも知れないが……独りでいる所に俺が顔を出すと、ほっと気を緩めて安堵している風な素振りも見せてくれた。

そんな回復状況に喜ぶ一方、もし、主人と恋仲にあるのが俺の庇護している少年だという事実を奴が知ったらどうなるのだろうか、と不安を感じる様にもなった。

奴はまた錯乱するだろうか。
少年に食って掛かるだろうか。
そうなれば奴の事だ、きっと保護者である俺に対しても、敵意を剥き出しにするだろう。
……こうして酒を飲んだり宥めたりやくたいもない話をしたりする事もなくなるに違いない。
それを思うと、どうしても真実を明かしてやるのを躊躇してしまう。


どうして俺はこんなにも、今の関係を壊したくないとそればかり考えているのだろう。
もしかして俺もまた、ひとでなしに対して報われる事のない思いを寄せつつあるのだろうか。
それとも、事実を隠して友人面をしている俺こそが、奴らと変わらぬひとでなしなのだろうか―――






「……という手紙がゼファーから届いたのですが、私はどうすれば良いのでしょうか姫様」
「わたくしに相談されましても」



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「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

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エイプリルフールなら冗談の様なカップリングで冒険してもいいと誤解していた。
今は猛省している。

当サイトとしてはゼファー×ソフィーが絶対の大前提なのですが、OVAにおける「ソフィー一族→(不明の時代)→ラーサー→ギルツ→アデュー→ソフィー(注・受け取り拒否)」という流れを見ていると、ゼファーには「頼まれると嫌とは言えない」という属性があるのではないかと思ってしまいます。
「雨に濡れている子犬を見ると放っておけない」とか。(その辺で爆烈丸と気が合いそうな)


一番の問題はエイプリルフールを遥かに過ぎた時間にこれを更新している事ですが。



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