GARTERGUNS’雑記帳

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Sの悲劇
2005年01月03日(月)

明けましておめでとう御座います。
新年も倍旧の御愛顧のほど、どうぞ宜しくお願いいたします。
そして新年早々掲示板のレスをお待たせして申し訳御座いません……
(また字数制限に引っかかった奴)

さて、結局休みらしきものが無いまま正月三が日が終わってしまうわけですが、少しは新年らしいお話でも。

―――――

新春下僕劇場 Sの悲劇


年明け間もない寒い日の昼過ぎ、買い物から帰ってきた玄関先でシュテルは、唐突にご主人様から分厚い封筒を渡された。
封筒と言っても普段ポストに入るようなものではない、A4程度の紙が折らずにぎっしり入る(そして入っている)大きなものである。宛名などは書いていない。
これをどうされるのですか?と表情で問うてみると、ご主人様は眠そうに目を擦りながら、

「中に入っている原稿を、印刷所に届けてきてくれ」

と一言仰った。
瞬間、全身の血液がざあっと足元に落ちてゆくような感覚に襲われ、シュテルはよろめいて傍の壁に凭れ掛かった。
今、この時期にご主人様が印刷所に出される原稿と言えば、アレしかないではないか。

「少し編集にてこずって徹夜になってしまって、自分では届けに行けそうにないから」

とても眠そうに、しかしどこか満足した顔でご主人様。ふわんとした無防備な笑顔は普段ならば天使のそれと見紛うばかりだが、しかし今のシュテルには仔悪魔の笑みとしか映らなかった。

「今日中に入稿しなくてはいけないのだ」

だから今すぐ行ってこい、と。

「発注書はFAXで先方にもう送ってあるから、お前はこれを印刷所の人に渡してくるだけで良いから」

これこれ、こういう場所にあるこういう印刷所だ、と欠伸混じりに言われ、頼んだぞ、とゆるく封筒を持った手を撫でられて。
そのまま寝室に引っ込んでしまわれたご主人様がドアを閉める音に、硬直していたシュテルは漸く息を吹き返し、

「うわあああーーー」

スーパーの買い物袋を玄関に放置したまま、血の涙を流しながら家を飛び出していった。



――あんまりではないですか。

茫然自失のまま休日ダイヤの電車に揺られて辿り付いた、家族連れとカップルがひしめき合う阪急は梅田駅を、JRに乗り換える為に彷徨いながらシュテルは、心のうちで繰り返し繰り返し同じことばかり呟いていた。

――あんまりではありませんか、こんな事をわたしに頼むなんて。

抱えた封筒に納められたモノを思い、呟くたびにじわじわと精神値が磨り減っていくのを自覚しながら、それでも独白を止められない。

――わたしがあなたの命令には逆らえないと知っていて―――――

込み合う客の人いきれで、背中が気味悪くじっとりと濡れてゆく。
熱帯でも寒冷地でもお任せのシュテルだが、人工の暖房と冷房にはからきし弱い。人でごった返す巨大な地下迷宮と化した梅田→JR大阪駅への道は今の彼にとって、まさに地獄のロードとも言うべきものだった。
……精神値のみならず、体力値まで削られてゆく。

――わたしがあなたの事をお慕いしていると、知っていて。
  それなのにこんな惨い仕打ちをなさるのですか。

惨い仕打ちも何も、ご主人様はシュテルがたまたまいいタイミングで帰ってきたから、何の気なしに「原稿を届ける」という簡単なお使いを頼んだだけである。
他意はない。
しかしマイナス思考スパイラルに陥っているシュテルには、そんな事実はもはや関係ないのであった。

――あんまりではないですか―――――

堂堂巡りする内に、胸中の暗雲は勢力を増して雷雲となり、物騒な方向へとシュテルを導いていこうとする。
ガラス細工が綺麗に飾られているのを見れば展示台から叩き落し、書店の軒先に本が積んであるのが目に入ればことごとく突き崩し、それらが床で粉々になったり散乱したりする様を何度も何度も妄想する。
しかし実際には、彼の両手は預かった封筒を大事に抱える事でふさがってしまっているので、そんな何の生産性もない妄想を実行に移せる筈も無いのであった。

――とにかく、早く印刷所へ持っていってしまおう。

己の心身を蝕む恐ろしい封筒(の内容物)を一刻も早く手放したくて、シュテルは自然と早足になる。
誰か他の者から頼まれたものならば、そもそも依頼を受けないか、梅田へ走る電車の窓から身を乗り出し淀川に差し掛かったところでばら撒いて済ませてしまうのだが、これはそうではない。
大事な大事なご主人様が、同好の士から夢と希望を一杯に受け取って編纂したこの世に二つとない原稿である。それをどうこうするなんて事が、どうして己如きに許されよう。
シュテルに出来る事と言えば封筒がよれたりせぬよう庇いつつ、元から明るいと言えぬ眼差しを尚いっそう暗くして、苦虫どころかザザ虫を噛んだ様な渋面で雑踏をゆく事だけであった。
しかし悲しいかな、梅田を行くシュテル以外の人物はみな己の隣の人物と笑顔を交わす事に夢中か、派手で華やかなディスプレイに目を奪われながら歩いているので、誰にも気を留められる事は無かった。
それ以前にこの街は、いきなり道の真ん中で逆立ちを始める者が居たって誰も立ち止まらないような場所である。厳つくてでかい男が多少顔を歪めたところで、何が起こるという事もない。
別に誰かに構って欲しい訳では毛頭無いが、それでも被害者意識満載の孤独感だけは尚いっそう募らせながら、シュテルは漸くJR大阪駅に辿り付く。


其処は大荷物とお土産抱えた人々によるUターンラッシュ祭り開催地と化していた。


僅か一駅、福島までの120円の切符を買う為に3回足を踏まれ、4回キャリーバッグやスーツケースに轢かれる。
お前らみんな己を狙う暗殺者だろうと極めて自分中心な妄想を心中で繰り広げながら小さな切符を手に改札を出、このまま中国観音霊場巡礼の旅にでも出てしまおうかという誘惑に駆られながらホームに足を踏み入れる。
ホームには、慣れぬ土地のややこしいダイヤに戸惑う、やはり大荷物とお土産を抱えた(もしくはUSJへ行くのか随分と軽くアクティブな服装の)人々が溢れているが、彼らは皆、少なくともシュテルよりは幸せそうな表情をしていた。

「間もなく…番乗り場に列車が参ります。危険ですからホームの内側にお下がりください」という自動アナウンスに背中を押され腕を引かれる様に感じつつ、シュテルはやはり混む電車に乗り込んだ。環状線を内回りに走る電車ゆえ、同じホームに入ってくるUSJ直通のそれよりはましであったかも知れぬが、それでも人いきれは凄く、シュテルは再び額に嫌な汗を滲ませた。

程なくして福島駅に着く。
揺れない地面、冷たい外気に僅かながら心を落ち着かせ、封筒を抱え直してシュテルは、随分長く感じたこの苦行ももうじき終わるのだと自らに言い聞かせた。
目指す印刷所は此処、福島駅から幾つかの大きな通りを経た場所にあるとご主人様は言っていた。ご主人様は畏れながら少々方向感覚に鈍くていらっしゃるのだが、そんな方でもこれまでに何度か行き、また戻ってくる事が出来たのだから、辿り着く事は容易いであろう。

家を出る(飛び出す)間際、ご主人様が眠そうな目を擦りながら教えてくれた道を思い出しながら、シュテルは改札口を抜けた。
この後に待ち構える、想像を絶する出来事になど予感すらも感じないまま。


―――――

後半に続く。(エエー)



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