時は元禄。 播州赤穂が浅野家藩主・浅野アデュー頭(あでゅーのかみ)は、何かまあ色々あって、幕府の式典を司る高家筆頭・吉良ガルデン野介(がるでんのすけ)に日々ちょっかいを出されているのであった。 さて元禄十四年三月十四日、江戸城中松の廊下にて、部下を連れたこのふたりがそれぞれ顔をあわせた時の事。 「フン、相変わらず田舎臭い格好をしているな、アデュー頭。 それでよく此処まで来れたものだ」 会うなり憎まれ口を叩くガルデン野介に、アデュー頭は肩を竦めて答えた。 「お前こそ、もう胃の具合は良いのか? こないだうちに来た時、無理して肉やら魚やらの生物の飯を食ってただろ。 お前がいつも食ってるような精進料理もちゃんと用意してやってたのに、出すなり『私にこんなふぬけた物を食べさせる気か』だもんなあ。 別にさあ、うちの名物が美味い海の幸だからって、それを無理して食べようとしなくても。 もてなしの名物料理が食べられない、位のことで俺は怒ったりしないのにさ…… お前、変なとこで意地っ張りだからなあ」 「う、煩いっ!」 図星であったか、真っ赤になって地団太を踏むガルデン野介。 それをアデュー頭はニヤニヤと見、桜貝の殻の様な耳元に口を寄せてやって続ける。 「お前、何でそんなに俺に突っ掛かって来るんだ? 俺がまあお前の気に入る様な、何でもハイハイ従う様なタイプじゃないからってのも有るだろうけど…… それだけじゃないだろ」 「な、何を……」 「お前、俺に惚れてるんじゃないのか?」 「!! 馬鹿な事を言うな!!だ…誰が貴様の様な田舎侍に!!」 「そうやって慌てまくる単純な所がまた可愛いんだよな、お前は」 「か、か、可愛い?!」 目を白黒させたり顔を蒼くしたり赤くしたりと忙しいガルデン野介を強引に抱き寄せるアデュー頭。 「俺も最初は『何だこのタカビーお姫様は』って思ってたんだけどさ…… お前が此処までムキになるのは俺だけだって聞いたら、なんかこう、可愛いなあって。 最近じゃあ、いつまたあの怒鳴り声を聞けるかなあって、お前が押しかけてきて子供みたいな無茶苦茶言うのさえも楽しみになってきてるんだぜ」 「……!………!!」 言葉も無く酸欠の金魚の様に口をパクパクさせるガルデン野介の細い腰を、更にぐいと引き寄せる。 と、間近なアデュー頭の眼差しに、ガルデン野介は頬を染めて顔を背けた。 「わ、私は、……お前の事など何とも……」 「あれだけ色々やらかしといて、俺の事なんか何とも思ってないって? お前、嘘が下手だな」 「…………」 「まあ、今すぐ此処で俺を好きになれとは言わないよ。 その代わり、嫌うなら嫌うで、世界で一番俺の事を嫌いでいてくれよな。 お前の『一番』になれるんなら、俺は何だって嬉しいからさ……」 「あ……アデュー頭……」 思いもよらぬ言葉に、ついつい目を潤ませるガルデン野介。 その頤をそっと上向かせ、アデュー頭はゆっくりと唇を……… ズッバーーーーッッッ(効果音) 「ギャーーッ!!」「ああっ、アデュー頭が、アデュー頭が斬られた!!」「誰か!!誰かー!!大石内シュテル助(しゅてるのすけ)が発狂したぞーー!!」 「アデュー頭、大丈夫か?!」 「い、いきなり主君に何しやがるんだこいつ!! 俺だったから良いものの他の奴なら死んでたぞ?!」 「黙れ黙れ狼藉者!!貴様など最早主でも無ければ上司でもないわッッ!!」 「しゅ、シュテル助、一体どうしたと言うのだ?貴様はアデュー頭の一番の腹心だっただろう! いつも憎らしいまでの気配りと細やかさでアデュー頭を支え、私の様々な要求にも巧く応え切っていた貴様が……何故こんな事を?!」 「ああ、ガルデン野介様……それもこれも、全てはあなた様の為! 一目お会いした時よりあなた様を密かにお慕いし、気の利かぬ主君に代わってあなた様の欲求に応えんと、わたしはずっとずっと身を粉にしてきたので御座います!! だのに…だのにこの男は……事もあろうに斯様な場所で、あなた様のくっ、くっ、唇を…… グワアアアアーーーッッ!!!!」 野獣と化したシュテル助が動けぬアデュー頭へと、抜き放った太刀を振り下ろさんとした正にその時、彼を背後から羽交い絞めにして止めたのは、隣国竜野藩の家老・加古川ゼファ蔵であった。 「ぜっ、ゼファ蔵、離せ!!武士の情けだ!!」 「離せるか阿呆!!よりによって殿中で何をやっているのだ貴様は!」 「離せ、離せェェ!!もう一太刀浴びせてやらねば気が済まぬのだぁァ!!!」 呆然とアデュー頭とガルデン野介が見詰める中、狂奔者として即座にひっ捕らえられたシュテル助はその日の内に切腹を申し付けられ、自刃し果てた。 辞世の句として詠んだ歌はガルデン野介への思い込みに彩られた恋情と、アデュー頭への被害妄想で構成された恨みつらみがこれでもかと篭められていたという。 これが世に言う「松の廊下事件」、史上初めてのストーカー殺人未遂事件である。 因みにその後、浅野アデュー頭と吉良ガルデン野介は、お約束通りおさまるところへおさまったそうな。 (完) ――――― こんばんは、TALK-Gです。 夜にドラマ『忠臣蔵』の第一回をやっていたのですが、吉良氏は何というかもう萌えキャラだなあと思いました。 意地悪しちゃうのもきっと浅野氏の気を惹きたかったからだと、そんな魚眼レンズを通してみれば、そりゃあもう。 一番楽しみにしているのは藤田まことの登場です。 上の変な小話は、ガルデンを『悪者』吉良氏、アデューを『良い者』浅野氏にして書いてみたかっただけなのです。 時代劇ファンの方、ごめんなさい。
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