046:名前 「ガルデン隊長」 「何だ、マーカス副長」 「あすこの分隊の某にガキが生まれたってんで、隊長の武勲と誇りにあやかって名前をつけて頂きたいと言ってますが」 「名前?自分で思いつかんのなら某一号でも二号でもつけておけば良かろう」 「隊長、そりゃあんまりなんじゃ」 「あんまりも何もあるか。どうやらその某は、名前の持つ拘束力などを知らぬと見える」 「名前の持つ拘束力?」 「名前に込められた魔力とでも言おうか。 時にはひとの一生を左右する程の力だ」 「そんな大袈裟な」 「大袈裟だと思うのなら某一号でも良かろう」 「………。」 「第一、名前などというものは、腹を痛めた女親と種を撒いた男親、その周囲と連なりに居る者がつけるものさ。 どうしてこの私が、そんな見も知らぬガキの名前をつけねばならぬ」 「けれど隊長は、名前の無い『一族』のガキやらリューやらに、名前をつけてやったりもしてるじゃないですか」 「私が名前をつけるのは、私以外によすがの無いもの達だけだ」 「…………判りました、そう伝えときます。 ああ、がっかりするでしょうな」 「がっかりするなど馬鹿らしい、子を為せるだけで滅多に無い事だというに」 「……そう言や、ガルデン隊長の本名は何なんですか?」 「……………」 「いや、言いたくないんなら構わないですが」 「言いたくとも言えんのだ、私には名前が無い」 「え……」 「私はガルデン一族の長。それ以外のアイデンティティは無い。 故にガルデンと名乗っているが、本来の……お前の訊きたい様な名前というのは持っておらん。 それで幸いだったのが、私を縛るものが何も無いという事だ。 私はガルデン一族の長でありさえすれば良い。誰かの息子や親である必要は無い。 気楽なものだ」 「……隊長」 「そんな顔をするな。 ……そうだな…… お前が呼びたいのなら、お前の望む様な『名前』を教えてやっても良い。 私が魔術の儀式の際に精霊どもから呼ばれる、間に合わせのものではあるが」 「おっ、あだ名みたいなもんですか? そんなもんがあるなら是非聞いておきたいです」 「では教えてやろう。 私の名は"Faceless"」 「……は?」 「『無貌のもの』とでも言おうか。他にも『夜に吠ゆるもの』『這い寄る混沌』『古ぶるしきもの』『強壮なる使者』『星のあいだを歩むもの』など色々有る。好きな名で呼べ」 「………、………」 「どうした、マーカス副長。気に入らんか?それでは『黒き神父』『砂漠の王』『ふたりなる無定形の白痴のフルート吹きの奏でる調べに宥められし盲目にして無貌の神』などはどうだ?神など、面映いにも程があるがな」 「ああ、いや……、 ……『ガルデン隊長』で良いです、やっぱり……」 『……ガルデン様』 「何だ、シュテルよ」 『宜しかったのですか、マーカスに秘儀中の字(あざな)を教えるなど』 「構わんよ。今言ったものなど、千を超える内の少々に過ぎぬ。 マーカスならばそれを言いふらす事も無いであろうしな」 『……………』 「まだ何か有るのか」 『いえ……ガルデン様に真実の名が無いのは存じ上げておりましたが…… それでは、このシュテルと契約を交わされた際には、何と名乗っていらしたのかと……』 「何だいきなり、そんな昔の事を」 『は……いえ、その……申し訳御座いません。 ただ、ガルデン様が如何名乗られたか覚えが無く、しかもわたしと契約を交わすには、間に合わせの字などではけして為し得ぬ筈なのに、と、今更ながら疑問に思いまして……』 「…………」 『あ、あ……あの、これはただ疑問に思っただけでして、私の名を呼んで下さった瞬間からのガルデン様へのこの忠誠に何ら変わる事は無く…… ……あの、……御機嫌を害されたのでしたら何と詫びれば良いか……』 「別に責めている訳ではない。 覚えが無くとも無理からぬ事だ、私はお前との契約の際に、所謂『名前』を言ってはいないのだから」 『……は?』 「私は私を『I』と名乗った。『I'm me』と名乗ったのだ。 これ以上の名乗りが何処にある」 『…………』 「この世とあの世の間に在った貴様はそれを承認し、この『私』そのものの下僕となった。 全てにして一つたる『私』のものに。 名や血、使命などに縛られぬ貴様のその目は確かなものだ、褒めてやろう」 『は……あ、有り難う御座います、ガルデン様』 「……鈍いな」 「どうなさいました?」 「イドロか。いや、実はな……」 ・ ・ ・ 「……そうですか、皆がガルデン様の『ガルデン一族の長』としてのもの以外の名を呼びたがる、と」 「お前はそうでもない様だがな」 「私めは、そう呼びたい時は『あなた』とお呼びしますから」 「…………」 「どうかなさいましたか?」 「いや…… ……お前には敵わんな」 「有難う御座います、ガルデン様」 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F様 ――――― いきなりお題番号46番に飛んで申し訳ないです。 姪が生まれたので、それにかこつけて書いてみました。 最後の方でガルデンが言っている「字」の元はクトゥルフ神話のナイアルラトホテプのあれです。 世界を支配しようとして「旧神」と呼ばれる存在に敗れた、「外なる神」。その「外なる神」別名「旧支配者」の従者にして、己が主を宥めながら嘲笑う、皆大好きトリックスター。 勝手気ままで冷酷かと思えば己の庇護者には慈悲深く、物凄いペテン師&策士である一方、狂気の沙汰としか言えない行いをする。 そして「旧支配者」の従者でありながら、主を凌駕する力を持つスゴイ奴!! でも火の属性を持つ奴は嫌いだし苦手なの……。 そんな漫画版ガルデン好きには堪らないキャラ(?)なので、興味がある方は是非一度グーグルなどで検索を。「それっぽい!」と膝を叩く事請け合いの「ナイアルラトホテプ」の紹介がザクザク出てきます。 他にもクトゥルフ神話には、魔剣ヨグ・ソードの名前の元ではと疑われるヨグ=ソトースなんて奴もいますしね! 時間があればもっと勉強したい。 ――――― 姪の誕生からなぜ怪奇小説の話になるのか。 そして何故ガルvイドで終わるのか。
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