024:ガムテープ 引越し準備ってのは不思議なもんで、忙しかったり大変だったりするんだけど、無性に楽しくもある。 昔の雑誌が出てきてつい読み耽っちまったり。 家具を処分した部屋が今までと全然違って見えたり。 食器を全部梱包した後、コンビニで飯を買ってきて床に座り込んで食ったり。 そんな他愛も無い事が、何だかやたらと新鮮で。 高校の頃、文化祭の準備で泊り込みしてた時みたいだ。 しかも今回は、俺の恋人が俺の家に引っ越してくる為の準備なんだぜ。 これで楽しくならない訳が無いだろ。 「何をぼんやりしている」 ダンボールが詰まれた部屋で、これからの期待に俺が夢を膨らませていると、背後から冷たい声。 振り向けば件の恋人が、腰に手を当て立っていた。 その細い手首にはガムテープのリング。 普段は繊細なプラチナの時計が輝いてるってのに。 「……一人でにやにやするな」 あまりのギャップについ笑ってしまうと、彼はむっと眉を寄せた。 そのちょっと子供っぽい顔は、文化祭の前夜に見たのとそう変わっちゃいない。 「いやー、色々と楽しくってさ」 「何がだ?」 「だってお前、明日っから俺んちに来るんだぜ。朝も夜も一緒に過ごせるんだ。 で、これはその準備だろ。そう考えたら何かな」 「…………」 彼は「下らない」とか言いながら、ぷいと横を向いた。照れてる照れてる。 「大体、……私はこのままでも良いと言ったのに、お前があんまり何度も同棲したいと言うから……」 それは事実だけど、俺がこの部屋に泊まって翌朝そろそろ帰るって言う度に、お前がすげえ寂しそうな顔するのも、同棲の理由に入れてくれても良いんじゃないだろうか。 「……とにかく、早く準備をしろ。このままでは明日の昼までに終わらん」 照れ隠しか、そう言って彼は自分の持ち場に戻ってしまった。 まあ確かに、このままぐだぐだして、明日の引越し業者到着までに荷造りが済んでいないなんて事になったら面倒だもんな。 俺は傍に有ったダンボールを組み立て、底をこれまた傍に置いておいたガムテープで補強してから、中に荷物を詰め込む作業を再開した。 ビッ。 詰め込んだ箱に貼り付け封をする、ガムテープを伸ばす音。剥がす音って言った方が良いのか。 貼り付ける為に剥がすってのも、何だかおかしなもんだ。…… ……そういや今までこうして離れて暮らしてたのも、ひょっとすると、明日から始まる一緒の生活の為なのかも知れない。 俺は唐突にそんな事を考えた。 ……最初からずっと一緒だったら、それが当たり前で、相手が帰っちまうのが寂しいとか、次に会うのが待ち遠しいとか、そんな気持ちも知らずに居たかも知れない。 それはそれで幸せな事だろうけど、何て言うか…… スイカは塩を掛けた方が甘くなるとか、何かそんな感じでさ。 「そんな気持ち」を知っていた方が、これからをもっとずっとグッと楽しく過ごせるんじゃないか…… 「アデュー!」 「うわっ!!」 後ろからガムテープを投げつけられ、俺は我に返った。 「が、ガルデン……いつから其処に立ってたんだ」 「喧しい!いつまで経っても作業が進まんではないか!ぼんやりしているだけなら帰れ!」 「ごめん、悪かったって。……今思ったんだけど、明日っからは俺達同じ場所に住むんだから、帰れっつっても意味無いよな」 「訳の判らん事を言うな!」 彼は尚も怒っていたが、俺が大人しく作業を再開したのを見るとまた持ち場に戻っていった。 ・ ・ ・ ビッ。 「……あっ」 黙って作業をしていると、後ろの方からしょっちゅう彼の声が聞こえてくる。 それも決まってガムテープを剥がす音の後に。 あんまりそれが続くので、気になって彼の様子を覗きに行ってみる。 「どうしたんだ?」 「あ……」 一杯に服を詰めた段ボール箱を前に、彼はばつ悪そうに俺を見上げてきた。 その手には丸められたガムテープの切れ端。 「その……貼るのが巧くいかなかったから……」 ころころとその丸めたテープを手の中で転がす彼。 元来不器用な彼の事だ、伸ばした時点でよじれて絡まったか、封をしようとして上手に真っ直ぐ貼れなかったかのどちらかだろう。 さっきまでガムテープに俺達の関係を投影していた事もあって、俺はつい苦笑してしまった。 それがまた面白くなかったのか、彼は俺に向かって丸めたテープを投げてきた。 「だ、大体、私はガムテープというもの自体好かんのだ。 すぐにペタペタとくっつくし、捩れ易いし……そもそもこのダンボールに貼るのだって、どうせいつかは剥がしてしまうのだから、無駄な事をしている様に思えてならん」 「…………」 俺は投げられたガムテープを解しながら、反論してみた。 「ガムテープは、貼る為にまず剥がすもんだけど……でも、剥がす為に貼るもんじゃあないだろ。 貼るのは、中の大事なもんをしっかりと守る為だ。この場合はな」 「………………」 彼は俺の顔をぽかんと見ていたが、やがて口を尖らせて視線を逸らし、 「……お前は、こんな時だけ理屈を捏ねるのが巧い」 呟いて、俺の手の中で元の真っ直ぐな形になったガムテープに手を伸ばし、それでしっかりとダンボールに封をした。 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F様 ――――― 「ガムテープ」で真っ先に思いついたのが怖い話、そして次にエロい話。 両方ともガルデンが目と口にガムテープを貼られて転がされているお話でした。(ガルデン保護条約違反)
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