2002年09月26日(木) |
一日遅れのコミック『雪風』 |
流通に問題でもあったか? 発売日より一日遅れで、SFマガジンが店頭に並ぶ。
特殊戦に無人機が導入されていく。とはいえ、いきなり無人化になるのではなく、“雪風”を始めとしたスーパーシルフたちが零たちパイロットの戦闘行動を学習し、夫々に特異な戦闘コンピュータとして育ったとの考えの下、新型機も何れは無人化されるのを前提とした有人タイプの機体だ。 特殊戦パイロットたちは他人に興味はなくとも、自分とその命を預ける“愛機”──一瞬、零以外も自機を“愛機”と捉えているのか違和感があったが──への関心だけはある。その上で、飛ぶことへの拘りを少なからず持っている描写があった。 新型機の“教育期間”が終われば、再び“愛機”はパイロットを必要としなくなる。そのとき、彼らは──自分らはどうするのか?
静かに「地上勤務も悪くはない」と、諭すようなブッカー少佐に、パイロットたちは「(冗談は)よしてくれ」と笑うが──「少なくとも、命を心配する必要はない」と、かつて飛び続けた元パイロットは淋しく言う。
息子が事故に遭い、恐らくは生死を彷徨っていた間さえも飛んでいた彼が、家族と別れても、飛び続けただろう彼が遂にはそう変説するにはフェアリーでの、特殊戦での任務が大きな原因となっているとも考えられる。 そこまでは現役のパイロットは感じはしない。殊に“雪風”を盲愛する零には遠い感情だった。前回、少佐に新型機FRXを次の搭乗機になる、と引きあわせられた零は反発する。 ・・・「俺には“雪風”がいる」と・・・ 「“雪風”がある」ではなく「いる」と称する辺りに、零の“愛機”への依存が見られるように感じられる。ただ、それが自分とは別個の他者への思いか、といえば、決してそうではないのがスーパーシルフ“雪風”とともにあった零だった。あくまで、自分に隷属するような一部として捉えていたのではないか? 『グッドラック』に至り、メイブの機体を得た“雪風”と生きていく零は、他者であるのを認めた上で、自分自身のように見られる面は残している。その微妙な変化が実は大きな違いなのだろう。 そんな彼らの変化を、多田由美版としてはどのように表されていくのか──それも楽しみだ。
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