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2002年10月01日(火) 感受性。

この間の日記にも書きましたが、やっぱり多少感受性が強いんでしょうかね。
うちのじょり子は。

じょり子が一人でどれみちゃんを見ていたんですが、いきなり「うぇ〜〜〜〜ん」と泣きながら、私達がいる部屋に飛び込んでくる。奥様は納得した表情なのだが、私は狐につままれた状態。

「そうね。そうね。じょり子は悲しかったよね。」

「????」

「じょり子はね。どれみちゃんのハナちゃんとお母さんの抱擁シーンを見ると泣くんよ。この間は、昼ドラの”愛の嵐”で主人公のお母さんが亡くなったシーンを見て大泣きしだしたんじゃけど、なかなか泣き止んでくれなくて往生したんじけぇ。」

素直に子供の感受性は凄いな。と思う父であった。

◇◆◇◆◇

上の会話の続き。

「ねぇ。パパ。じょり子が面白いんよ。最近ねぇ、うちの実家でシンデレラごっこが流行っとるんよ。自分用のスリッパ出してきて、それを履いて畳の間で踊るんよ。しばらくしたらね、「あっ12時だ。帰らなきゃ。」といって走りだすんじゃけど、王子様はそれを追いかけないと駄目なの。「待って〜」って。すると、じょり子が「あっ」とか言って業とこけて、スリッパを脱ぐんよ。面白いじゃろ。
でもね、結局それが追いかけっこの始まりなんじゃけど、最近よう考えとるじゃろ。この子。パパの日記全然読んどらんのじゃけど、書いといてね。」

と興奮気味に話してくれたんですが、私にとっては新たなる高度なバリエーションが増えただけのこと。あの手この手で追いかけっこさせられてますからね。
しかし、子供の成長を喜べるということは幸せなことだ。
よかよか。

◇◆◇◆◇

なんの気なく流して・・・というよりは、当然の行為だろうと思って気にもとめなかったのですが、残鉄剣のナミ氏や奇啓示のrouge氏が、ドラスティックリーダーにて少女を助けるため亡くなった方を下衆なブラックユーモアにして掲載していることに対し、強烈な怒りを覚え、文中リンクをし、晒し者にしたということで議論が沸きあがっていたようです。現在は沈静化しているようですが。
私の意見としては、上記に書いたように「当然の事」と受け止めたんですが、「おおっぴろげにすることが死者に対して傷口を広げるようなものではないのか」とか、「イヤなら見るな」とか、「そんなのもありでしょ」とかと言った反論が渦巻いてます。

でもね。最初の「おおっぴろげ〜」に関しては別としても、その他の反論については「自由」というキーワードが根底にあります。反論している人達は、この「自由」という意味を本当に理解してんでしょうかね。本当の意味での「自由」とは、「制約」の中にしか存在していないものであり、この「制約」がなければ「自由」ではなく、それは、ただの「無法」でしかない。

ネット上で言えば、人間としての「モラル」が「制約」にあたります。
自由な世界と言っても、他人に対する誹謗・中傷、悪徳商法への勧誘、迷惑メール、猥褻な画像の掲載等々実際にありますが、不文律の「制約」として「モラル」に反することは禁止されています。

今回の件については、他人の命を助けるために自分の命を投げ出した勇気ある人達に対しての中傷であり、人間としての「モラル」=「制約」に反する行為です。その行為に対して憤慨することは普通に考え当然の結果であり、それは揶揄すべきものではありません。そして、目に付いたものに関して、見て見ぬ振りをしたままでは「モラルの崩壊」を招くだけですから、何らかのアクションを起こさねば是正はされていかない。その意味においては、「おおっぴらに〜」という意見も全く次元の違う話であり、的を得ていないものである。それに、今回の件については「そっとして置いてくれ」という方が邪推であると思われますし。

逆に、反論している人たちは、自分達がそういう行為を認めれば認めるほど自分の首を制約で雁字搦めにしてしまう結果となることに気づかないんでしょうかね。
タバコを吸う人のマナーの悪さと一緒で。


タバコ吸えない世の中なんてわしは嫌じゃぁぁぁ〜〜<話が変わってます。


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