俺は、俺の信じるものを正しいと信じて、ただ行動するのみでございます。
何も考えないで、ただ生きているのでは、非常につまらない。
そう。 競争しても無駄、上を目指しても無駄だと心底思うのが、たかが数百万を稼ぐ為に、そんな程度の金の為に、自分の人間性を失ってまで、人を蹴落として、ドングリの背比べの為に、人のあら捜しをする。
そんな人生を生きていても、俺はつまらないな〜と思うわけで。。。
日本の社会事態が、何も考えないで、先生や上司の言う事を盲目に聞いてくれる奴隷が奨励されている。
そんななかで、「考える」「自分をもつ」なんて事をやっても苦しいだけ。 「何も考えないで」「他人に合わせて」生きていけば、食べるに困らないし、結婚でもして、家族を養えるかもしれない。 そして、いつの間にか、どこにでもいる。 ガキの時に見下したさえないおっさんに自分もなっていく。 それが、社会人になるという事なのさ。
そんな中で、真実を見抜く必要なんてないし、というか何も考える必要なんてない。 何も考えなくていい。 というかむしろ考えられては困るのだ。
何も考えない代わりに、安定という報酬をもらっているのだ。
この前は、日本の教育制度を否定したけれど、素晴らしく良くできている。 お陰で日本人を動物園の動物にしてくれた。 扱いやすい、エコノミックアニマルの出来上がりだ。
でも、その精度の高い人々を使いこなすヘッド達も結局は、動物園のサルなので、その技術力使いこなすだけの頭がない。 動物園のサルでは自然界で戦える訳がないのです。
よくがんがえたら、俺は日本人が嫌いではなくて、日本人の動物園のサル的なエリートが嫌いなのだ。
動物園のサル=ジャパエリート
出世=バナナ、 金=パイナップル
俺にとって、日本のアホなエリートが出世競争をしているのが、バナナとパイナップルを争って、サル山内と対サル山で競い合っているみたいな感じだ。 分かりやすいたとえだ。 イエーイ。
でも、そのサル山のそとにでればフルーツ(宝の種類)なて色んな種類があるわけで、そして、手を伸ばせば誰でも手に入るところにおいてあったりする。 そしてバナナとパイナップルも、そのフルーツの中の一種類でしかないの。
そして、俺はフルーツの選り取り緑の中から自分の好きなフルーツを選んで自分で買って、対岸の火事をみて、
「アホだあいつら。」 と思って、面白そうだから、あの争いなのかにリンゴを投げてみようとか、面白半分で手を出して喜んでいる。
でも、彼らはリンゴを食べたことがない食わず嫌い。 リンゴには見向きもしないで、常にバナナとパイナップルを争う為に戦争をしている。 何故なら、サル達は、自分で物事を決められない日本社会が作った奴隷だから。 人が目指すものが価値があるものだから。 人の価値判断を頼らなければ、善も悪も、上手も下手も、判断できないのです。
そして人が欲するものを手に入れることが人生だから。 その味が分からなくてもね。 だから、そのバナナとパイナップルが腐ってても、もしかしたら皮だけでも問題ないのです。 だって、金と出世の味なんてもともとないのだから。 まして、リンゴの甘さを知る必要はないのです。
アホだ。 本当にアホだ。
今の俺の状況を的確にいうとそんなところだね〜。 分かってもらえたかな??? うん。 うん。 分かりやすい。
俺は、グローバルエリート。 あんな動物園のサルと一緒にされては困る。
駄目だ。 駄目。
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