井口健二のOn the Production
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2023年09月17日(日) モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン、理想郷、シェアの法則、サタデー・フィクション、二人静か、きのう生まれたわけじゃない

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』
           “Mona Lisa and the Blood Moon”
2019年1月13日付題名紹介『バーニング「劇場版」』のヒロ
インにオーディションで大抜擢されたチョン・ジョンソと、
2004年4月紹介『あなたにも書ける恋愛小説』などのケイト
・ハドスンの共演で、2015年『ザ・ヴァンパイア〜残酷な牙
を持つ少女〜』などのアナ・リリ・アミールポアー脚本・監
督によるかなりミステリアスな展開の作品。
映画の開幕は拘束衣を着せられ、壁には緩衝材が貼られた独
房に閉じ込められた若い女性の姿。しかし彼女はある手段で
監視人らを制圧、拘束衣のまま逃亡して街を彷徨い始める。
そんな彼女には屯する若者たちが援助もしてくれる。
一方、彼女の逃亡を通告された警察は町中の警官に発見の要
請を行うが、運悪く遭遇した警官が重傷を負う羽目になる。
そしてストリッパーと知り合いになった彼女は、特殊な能力
で男たちの金銭を奪い始める。
ところが徐々に犯行がエスカレートし、それにつれて警察の
包囲網も狭まってくる。それでもストリッパーの息子や麻薬
の売人など様々な手引きで警官たちの捜索を掻い潜るが…。
果たして彼女の運命は?

2人以外の共演者は、多くのテレビシリーズなどに出演し、
2020年本国公開の本作でブレイクしたエヴァン・ウィッテン
と、2019年1月13日付題名紹介『ビール・ストリートの恋人
たち』などに出演のエド・スクライン、それに2022年8月紹
介『ソングバード』などのクレイグ・ロビンスン。
撮影監督は2018年10月紹介『ヘレディタリー 継承』などの
パヴェウ・ポゴジェルスキ。15ミリの広角レンズを多用した
見事な映像を、アメリカ南部ニューオーリンズの歓楽街バー
ボンストリートなどでカメラに収めている。
前回紹介の『ドミノ』に少し被るテーマの作品だが、先の作
品がSFとして描かれているのに対して、本作はホラー/フ
ァンタシーかな。タイトルにもある満月を随所に配して夜の
街の物語が展開されている。
また本作は、女優2人と女性監督の見事なコラボレーション
で作られた作品とも言えそうだ。

公開は11月17日より、東京地区はヒューマントラストシネマ
渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国ロードショウとなる。
因に本作の本国版ポスターには「NUR IM KINO」 と書かれて
いるが、これは「Only in cinema」という意味のものだ。

『理想郷』“As bestas”
2022年の第35回東京国際映画祭にて最優秀作品賞、最優秀監
督賞、最優秀主演男優賞の3冠に輝いたスペイン、フランス
合作作品。
舞台はスペインの山岳部に位置する寒村。そこにフランスの
都市部から引っ越して来た初老の夫妻が暮らしていた。夫妻
の理想は山間の村で慎ましく作物を作りながら暮らすスロー
ライフ。それだけが望みだった。
そんな夫妻の隣地に老いた母親と暮らす兄弟は粗野で妻や恋
人もなく、正に田舎者を絵にかいたような連中だった。そし
て夫妻との間にトラブルが発生する。それは村で進められる
風力発電に夫妻が反対したことが切っ掛けだったが…。
徐々に嫌がらせがエスカレートし、遂には農作物にも被害が
出始める。そんな被害は警察に訴えてもなかなか真剣には取
り扱って貰えない。それでも我慢強く暮しを続ける夫妻に、
究極の試練が訪れる。

脚本と監督は、マドリード映画撮影・視聴覚学校の出身で、
2011年に自ら制作会社を設立してすでに多数の映画賞の受賞
歴を持つというロドリゴ・ソロゴイェン。共同脚本を同校出
身のイザベル・ペーニャ。
出演は、2018年11月11日付題名紹介『ジュリアン』で父親役
のドゥニ・メノーシェと2023年8月紹介『私はモーリーン・
カーニー』などのマリナ・フォイス。さらに2015年9月紹介
『暴走車 ランナウェイ・カー』などのルイス・サエラ。
またディエゴ・アニード、マリー・コロンらが脇を固めてい
る。
都会者が田舎町に来て暴力的な排他主義に遭遇するという展
開では、僕の年代だと1971年ダスティン・ホフマン、スーザ
ン・ジョージ主演、サム・ペキンパー監督の『わらの犬』が
思い浮かぶ。
お陰でいつ奥さんが襲われるかとひやひやしたが、時代が変
わると女性も強くなったことよ。そんな強い女性をフォイス
が丁寧に演じているのも見どころと言ってよい作品だ。特に
結末は素晴らしかった。
それにしても、スペイン人の監督がここまで自国が抱える問
題を衝いてみせるとは…。その点も素晴らしいと言える作品
だった。

公開は11月3日より、東京地区は新宿シネマート、澁谷宮下
のBunkamura ル・シネマ他にて全国ロードショウとなる。

『シェアの法則』
2019年04月21日付題名紹介『二宮金次郎』などに出演の女優
で劇団の主宰者でもある岩瀬顕子が執筆し、2021年に劇団青
年座によって上演された舞台劇を、2019年3月17日付題名紹
介『うちの執事が言うことには』などの久万真路監督、脇役
俳優・小野武彦の初主演で映画化した作品。
主人公はちょっと堅物の税理士。事務所は自宅の近くだが、
昼食は妻に手作り弁当を運ばせて事務所で食べるほどの仕事
人間だ。実は妻は自宅を改造してシェアハウスを運営してお
り、居住者も一緒の家では食事をし辛い理由もある。
そんな妻が運営するシェアハウスには、いろいろ訳ありの住
人も暮らしていたが、妻は無頓着にそんな人々を受け入れて
いた。そしてシェアハウスには特有のトラブルも生じるが、
それも難なくクリアしていたようだ。
ところがそんな妻が事故に遭って倒れ、シェハウスの管理を
主人公がしなければならなくなる。こうして主人公は今まで
の生活では考えられなかったようなトラブルに巻き込まれる
ことになるが…。

共演は、2023年4月紹介『オレンジ・ランプ』などの貫地谷
しほり、2023年3月紹介『サイド バイ サイド隣にいる人』
などの浅香航大、2022年11月紹介『仕掛人・藤枝梅安』など
の鷲尾真知子。
さらに岩瀬顕子、大塚ヒロタ、山口森広、小山萌子、岩本晟
夢、上原奈美、内浦純一、久保酎吉、そして宮崎美子らが脇
を固めている。
表面的にはシェアハウスあるあるを面白おかしく描いた作品
だが、描かれるエピソードには不法滞在者や家庭内暴力、闇
金債務、LGBTなど現代日本社会が抱える様々な問題が背景と
して存在している。
それは日本社会の縮図のような作品だった。でもそんな話題
を、一面では痛快に描き切っているとも言える作品で、現代
日本人の多くに勇気を与えてくれる、そんな感じの作品にも
なっている。
関係者が多く来場したらしい試写会では涙を流している人も
多く見受けられた感じで、監督の演出の巧みさも観ることの
できる作品だった。なお岩瀬が引き続き執筆した映画版の脚
本は、舞台版からかなり改編されているようだ。

公開は10月14日より、東京地区は新宿K'cinema他にて全国順
次ロードショウとなる。

『サタデー・フィクション』“蘭心大劇院/兰心大剧院”
2022年11月紹介『シャドウプレイ』などのロウ・イエ監督が
コン・リー、オダギリジョーらを主演に迎えて、1941年12月
1日〜7日の上海租界を舞台に描いたドラマ作品。
太平洋戦争の開戦前夜。日本軍の上海占領の際に英仏が設定
した上海租界では、各国の諜報機関が情報の収集にしのぎを
削っていた。そして現在の注目は日本軍が次はどこを攻める
かだったが…。
そんな最中、1人の人気女優が租界に建つ劇場の舞台に立つ
ために当地にやってくる。それは舞台の演出家の招請による
ものだったが、彼女の真の目的は他にあるとも伝えられてい
た。
一方、上海の軍令部に本国から1人の日本人がやってくる。
それは軍部が行う通信の暗号を改訂するためだったが、その
情報を得るために各国の諜報部が動き出す。そして女優が上
海にやってきた真の目的とは。

上記の他の出演者は、2010年11月紹介『モンガに散る』など
のマーク・チャオ、2020年2月紹介『水曜日が消えた』など
の中島歩、2020年2月23日付題名紹介『ポルトガル、夏の終
わり』などのパスカル・グレゴリー。
さらに東ドイツ出身で2014年1月紹介『ラッシュ/プライド
と友情』などのトム・ヴラシア、舞台俳優で映画初出演のホ
ァン・シャンリー、2020年3月22日付題名紹介『薬の神じゃ
ない!』などのワン・チュアンジュン。
そして2022年11月紹介『シャドウプレイ』などロウ・イエ作
品に常連のチャン・ソンウェンら、国際的な配役が作品に彩
を添えている。
原作は、ロウ・イエ監督の友人でもあるホン・インが2013年
に発表した小説『上海之死』。また劇中の舞台で演じられる
演劇『礼拝六小説(サタデー・フィクション)』は横光利一の
小説『上海』の舞台化とされている。
映画に登場する劇場やホテルなどは往時のものが保存された
上海現地での撮影ということで、登場する銃器やクラシック
カーなどと共に映画の見どころと言えそうだ。ただし尋問の
シーンで登場するオープンリールは?
テープレコーダー自体は当時すでにドイツでは軍事目的など
で実用化されているようだが、映画に登場するようなリール
の配置が縦型のものはどうか? 僕の記憶では市販品が登場
した戦後の製品のような気もするが。

公開は11月3日より、東京地区はヒューマントラストシネマ
有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋、アップリンク
吉祥寺他にて全国順次ロードショウとなる。

『二人静か』
前回紹介『花腐し』に出演していた坂本礼監督が文化庁主幹
によるAFF2(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)
の助成を受けて製作した作品。因に助成の条件には「映倫番
号を取得して有料一般公開されること」とあり、本作は映倫
審査のR18+指定にて一般公開される。
登場するのは中年の夫婦。夫婦は5年前に行方不明となった
娘の消息を訪ねる看板を立てて、チラシ配りを駅前で実行し
ていた。そんな夫婦の許には「むすめはしんでいる」と書か
れた中傷の手紙も届いていたが…。
そんなる日、妻がチラシを渡した若い妊婦が突然手伝いたい
と申し出る。その好意を受けて3人でのチラシ配りを続けた
夫婦は、次第に妊婦と親しくなり、家にも招くようになって
行く。そんな妊婦にはある秘密があった。

出演は、2008年12月紹介『へばの』などの西山真来、2012年
9月紹介『黄金を抱いて翔べ』などの水澤紳吾。他に2019年
の朝ドラ『まんぷく』に出演のぎぃ子。
さらに新鋭の裕菜。個性派俳優の伊藤清美、佐野和宏、川瀬
陽太、小林リュージュらが脇を固めている。
脚本は『花腐し』も手掛けた中野太が担当した。
幼女の行方不明というのは、誘拐・監禁など性的な問題も含
めていろいろと映画になったこともあるが、それを親の側か
ら描くのは北朝鮮拉致問題などもあって少し描き辛いところ
もあるのかな。
でも自分も女児を育てた親の目で見ると、この両親の辛さや
葛藤は実に良く判るし、現代に起こりうる状況として多くの
問題提起を孕んでいるようにも感じられる。そんな現代社会
が抱える問題を巧みに描いた作品とも言えそうだ。
であれば、ぎぃ子が演じた役柄も含めてもっとストレートに
描き切っても良かったのではないかと思うのだが。監督の習
い性なのかR18+指定の作品にしてしまっている。それも少し
取って付けたような感じなのは…。
これがないと坂本礼作品ではないということになってしまう
のかな。僕にはその辺の解釈は判らなかった。

公開は11月4日より、東京地区は新宿K'cinema他にて全国順
次ロードショウとなる。
因にAFF2の規定では「完成(初号試写)日から1年以内に、
有料一般公開(概ね7日間以上かつ14回以上)されない場合
は、交付決定取消となりますので、補助金の返還が必要とな
ります。」そうだ。

『きのう生まれたわけじゃない』
2020年2月2日付題名紹介『パラダイス・ロスト』などの福
間健二原案、脚本、監督、主演で、今年4月26日に他界した
福間監督の最後となった作品。
1人目の主人公は中学2年生の女子。母子家庭で父親は彼女
が幼い頃に家を出たらしい。そんな彼女は学校へは行かず。
立ち寄った河原で「夫を亡くしたばかりの人」と出会い心を
通わせる。
もう1人の主人公は元船乗りの老人。若い頃に妻を失って以
来1人暮らしだったが、最近老人たちが集まる「憩いのベン
チ」に参加した。そこに中2の女子が現れ、老人たちの言葉
に反発した彼女は…。
そして中2の女子と元船乗りの老人は「憩いのベンチ」を離
れて一緒に過ごすようになる。そこに家出を繰り返す高校生
の男子や元船乗りの唯一の親戚という若者も加わって、疑似
家族のような生活が始まる。

共演は演出家の父親の舞台には出ているが、映画出演は初め
てというくるみ。他に、2011年9月紹介『UNDERWATER LOVE
−女の河童−』などの正木佐和、2008年12月紹介『ラーメン
ガール』などの安倍智凛。
さらに映画監督でもある守屋文雄、蕪木虎太郎、住本尚子、
谷川俊之、今泉浩一、福間監督のミューズとも言える小原早
織らが脇を固めている。
詩人として多くの書籍があり、映画評論家としても多数の著
作を遺した福間監督は本作の企画書で「いままでの殻を破る
ような映画表現」としているものだが、最近何作かで指摘し
たような、スケッチ集のような作品になっている。
ただし、全体としてそれなりのストーリー展開があるのはさ
すがと思わせるが、やはりそれぞれのドラマをもっと追及し
て欲しかったかな。それぞれのエピソードにはもっと何かが
ある。そんな感じになったものだ。
それとテレパシーやゴーストらしき存在など、気になる素材
がいろいろ提示されるのも、一応その方面をテリトリーとす
る者としては、ちょっと言い足りない部分が多いのではない
かとも思ってしまった。
まあ監督が亡くなってしまっているので、これ以上は何も訊
くことはできないものだが。

公開は11月11日より、東京地区はポレポレ東中野他にて全国
順次ロードショウとなる。


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井口健二