井口健二のOn the Production
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2009年10月17日(土) 第22回東京国際映画祭・コンペティション部門(2)+まとめ

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※このページは、東京国際映画祭での上映作品の中から、※
※僕が観て気に入った作品を中心に紹介します。    ※
※まずはコンペティション部門の上映作品の紹介です。 ※
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『エイト・タイムズ・アップ』
題名は「七転び八起き」の諺から取られたというどん底に追
い詰められた女性の姿を描いた作品。
主人公は定職もなく、家賃の滞納で住まいも追い出されそう
になっている30代前半ぐらいの女性。就活はしているが、実
は資格も持たず職歴もあまりなくては思うような仕事にはあ
りつけない。
そこで深夜のバスの清掃やベビーシッターなど、誰でもでき
る日雇いの仕事で生活を続けているが、その収入では家賃も
満足に払えず、しかもその賃貸契約も正規の物ではないから
追い立てに対抗することもできない。
だが、住む家を無くすと離婚して親権も取られた子供に会い
に行くこともできなくなる恐れがあり…
もしかしたらそれまでは夫に頼りきりで、このような事態に
なることの準備は全く考えてもいなかったのかな。でもそう
でなくても、自分自身が生涯勤めると思っていた職場から突
然の解雇通知を受けた身としては、今のご時世こんな人も多
いのではないかとも思ってしまう。
それでも将来に悲嘆して自殺を図ることもなく、一部にそこ
に近付いて行く描写はあるものの、全体的には題名通りの精
神で前進を続けて行こうとしている。
フランスのホームレスの話では、今年1月に『ベルサイユの
子』という作品も紹介しており、そのギョーム・ドパルデュ
ーが渾身の演技を見せたその作品ほどにはドラマティックで
はないが、静かな中にも決意が感じられる物語が展開されて
いた。
監督と脚本は、本業小説家というシャビ・モリア、長編映画
の監督は初作品のようだ。また主演のジュリー・ガイエが、
製作と共同脚本も手掛けている。

『ロード、ムービー』
以前には日本でも行われていた映画の移動上映を背景にした
インド映画。
主人公は父親の商売を継ぐことに嫌気が差しており、近所の
映画館の取り壊しで出た資材を運ぶ仕事を引き受けて町を出
ていこうとしている。そして、家族にも見送られて6日間の
予定の旅に出発するが、その荷台には父親から託された商品
も積まれている。
行程の大半はインドの砂漠地帯。そこでまず立ち寄ったオア
シスのカフェで、ウェイターの少年に一緒に連れて行ってく
れと頼まれる。その後、トラックがエンストして少年は半日
掛けて初老の整備士を連れてきたり、ジプシー女も加わって
旅は続いて行く。
その中では、地元警察に捕って「詰らなかったら首吊りだ」
とアラビアンナイトのように脅されながら上映をしたり、夢
のようなカーニバルに行き逢ったり、井戸の権利を巡る争い
に巻き込まれたり…題名の通りのロードムーヴィが繰り広げ
られる。
幻想的な白い砂漠など、異国情緒たっぷりの中で展開される
ユーモアもたっぷりの物語。映画の上映シーンではインドの
マサラ映画へのオマージュもたっぷりと描かれている。そし
て最後にはハロルド・ロイドとキーストンコップも上映され
ていたようだ。
映画の中で映画の上映される作品はいろいろあるが、映画フ
ァンにはどれも心を引かれる作品が多い。本作では断片的に
上映されるマサラ映画は、インドでは名作かも知れないが日
本では見たこともないものばかり、それでも楽しくなってし
まうのだから…それが映画の魅力でもあるのだろう。
オープニングのタイトルも面白かったが、エンディングには
各国の映画のエンドマークが集められ、中には「終り」とい
う文字も見えたようだ。ちらっとそのタイトルも見える。そ
んなことも楽しめ、全体が映画ファンの夢のような作品だっ
た。

『NYスタテンアイランド物語』
1998年『交渉人』などの脚本家ジェームズ・デモナコによる
初監督作品。
ニューヨーク市の一部をなすスタテンアイランド。しかしそ
こは、天気予報も割愛され、市議会でも予算の計上が忘れら
れてしまうような…存在自体が無視されている場所。しかも
そこは以前から、マフィアが蔓延る場所としても知られてい
た。
物語は、その場所にシマを張る地元マフィアのボスを中心と
したもの。彼の家に強盗が押し入ったことから、ボスはスタ
テンアイランドの全域を自分のシマにすると宣言する。しか
しその考えに子分たちはあまり乗り気ではないようだ。
一方、その町で汚水の回収の仕事をしている男がいた。彼は
恋人との間に子供を欲しがっているが、その子供が自分と同
じような暮らしをすることは希望ではない。そんなとき訪れ
た病院で、遺伝子を改良して天才を生み出す研究のことを聞
いてしまう。
そしてもう1人。町の精肉店で働く初老の男。彼は裏ではマ
フィアが殺した遺体を闇に葬る処理を任されていた。しかし
彼はそんな仕事に嫌気が差しており、彼自身には暗殺者とし
ての腕もあった。
こんな3人も物語が交錯し、やがてボスの一大決心へと繋が
って行くことになるのだが…
映画の構成は、一つ一つの物語をちゃんと描きつつ、それが
時間を前後させて相互の関係を描いて行くもの。『バベル』
などでも使われた最近流行りの手法ではあるが、本作ではそ
れぞれが短編映画の様に作られていて、それなりに観られる
ようにもなっていた。その辺は脚本家の腕でもあるようだ。
3人の主人公を演じるのは、ヴィンセント・ドノフリオ、イ
ーサン・ホーク、そしてシーモア・カッセル。ベテラン脚本
家の初作品を祝うような顔ぶれが集まっている。
全体的にはユーモラスな作品で、結末にはちょっとファンタ
スティックな要素もあり、その他にもちょっと突飛な感じも
あって、その意味でも楽しめる作品だった。

『テン・ウィンターズ』
僕らが普段目にする「水の都」とはちょっと違うヴェネチア
を舞台に、1999年の年末から2009年の新春まで10回の冬を巡
る1組の男女の物語。
女は18歳、大学でロシア文学を学ぶために引っ越してくる。
その女の乗船したフェリーに乗り合わせた男は、一目で彼女
を見初めてしまい彼女の後を付けて引っ越し先の一軒家まで
来てしまう。そして2人は一つ屋根の下で一夜を過ごしてし
まうのだが。
正直に言って、この出だしで退いてしまった。フェリーの中
で目を交わしただけの男女がいきなりこれかよ…イタリア男
には普通のことなのかも知れないが、もう若者でもなく親の
世代の自分には、この最初のシーンだけで違和感が生じてし
まったものだ。
そして2人は翌日には別れ、その後10回の冬の訪れごとに何
故か偶然に巡り会って、そのたびにいろいろな別れが演じら
れて行くのだが…最初に違和感を感じるとその巡り会いにも
不自然さが拭えなくなって、とにかく全体が普通には観てい
られなかった。
もちろん映画は創作物だから、作者の考えで偶然の重なりは
有ってもいいが、最初のつまずきで僕には物語に入り込めな
かったものだ。
それを別にすると、この作品を観るまで考えもしなかったヴ
ェネチアの冬の厳しさや、女性の家の前に植えられ柿の木の
成長など、それぞれには観るべきところも有るし、古い町並
など映像的にも見所は有るのだが…
脚本監督は1978年生まれの新鋭とのことだが、次にはもう少
し現実に目を向けた自然な感じの作品を期待したいものだ。

『激情』
ギレルモ・デル=トロが製作者として参加しているスペイン
・コロムビア合作のスリラー作品。
マドリッドのとある邸宅で住み込みのメイドとして働くロー
ザは、町で会ったコロムビア人の肉体労働者ホセ=マリアに
恋をして、雇主が旅行中の邸宅で一夜を過ごすなど2人の仲
は進展して行く。
ところがちょっと粗暴なホセは、ローザの悪口を言った連中
に暴力で仕返ししてしまい、それが彼の働く工事現場の監督
に知れて解雇を言い渡される。しかも言い訳をしようとした
ホセは、誤ってその監督を殺してしまう。
このため行き場を失ったホセはローザの住み込む邸宅に忍び
込み、ローザにも知られないまま家人が登ることも希な3階
の部屋に隠れるのだが…。それは見付かったらローザにも被
害が及ぶ可能性もある危険な行為だった。
こうして一つ屋根の下に居ながら逢うこともできない2人の
生活が始まるが、電話で話をするなど、最初はうまく立ち回
っていたホセも徐々に居る場所がなくなり、危険な目にも逢
い始める。
同じデル=トロ製作では、昨年9月に紹介した『永遠のこど
もたち』もリアルな中にファンタスティックな雰囲気が漂う
不思議な作品だったが、本作でもそれに通じる感覚を得るこ
とが出来る。
脚本監督は、エクワドル出身のセバスチャン・コルデロ。物
語には原作があるようだが、漂うようなカメラワークなど映
像的にも優れた作品だ。因に監督の母国のエクワドルにはほ
とんど映画産業と呼べるものがないのだそうだ。

『永遠の天』
1992年から2000年代末までの変化を続ける中国を背景に、人
の愛を信じられない女性の真実の愛情を求める遍歴を描いた
作品。
物語の始まりは、レスリー・チャンが『覇王別姫』の撮影を
終えた頃のこと。11歳の少女の母親が家出をし父親が亡くな
る。その少女のそばには1人の少年がいたが、その少年も両
親の離婚で母親に連れられて去って行く。
そして少女は母親の親族の家に引き取られ、その家の息子か
らは姉のように慕われるが、その家でも父親の浮気で母親が
家出をし浮気相手が後妻としてやってくる。そんな一家の中
には愛情が芽生えない。
そんな人の愛を知らないまま育った少女が、それでも最初に
一緒に居てくれた少年の姿を追い求め…。しかしそこでも相
手からの愛を信じられない少女の苦悩が続いて行く。
先に紹介したイタリア映画の『テン・ウィンターズ』と同様
に、本作ではさらに長い期間の愛の遍歴が描かれる。しかも
本作ではその間に、北京オリンピックの招致や開催、映画ス
ターの自殺やSARSの蔓延などの歴史的な事件が彩りを添
えて行く。
イタリア作品がこのような歴史を背景にしなかった分、本作
では興味を引かれるかとも考えたが、ここに描かれる歴史的
事実のそれぞれが中国に特化される事象でもあり、僕には興
味を沸かせるほどにはならなかった。
そして物語は、その歴史を背景にしている分、波乱万丈なと
ころもあるのだが、それには多少行き過ぎに感じる部分もあ
り、かえって絵空事になって僕には真剣に取れない物になっ
ていた。
脚本監督は16歳で作家デビューを果たしたという女流のリー
・ファンファン。何となく日本のケータイ小説の映画化を観
ているような気分になったのは、その基が同じような世代の
作家の手になるせいだろうか。それを支持する日本の観客に
は受けるのかな。

『マニラ・スカイ』
フィリピンで起きた実話に基づくとされる社会に翻弄された
男性の姿を描いた作品。
プロローグは田園の道を歩いてくる男性の姿。その男性は学
校に行きたいせがむ息子に対し、「マニラの叔父さんの家に
行きそこから学校へ通え、そしてここへは帰ってくるな」と
言い渡す。
そしてマニラの街角、1人の男が港湾の荷役労働らしい職場
で監督官と言い争っている。彼の父親が病気が金が必要にな
り、収入の良い海外出稼ぎの登録に行きたいのだ。しかしそ
のために職を休んだら、次の職はないと告げられる。
それでも登録にやってきた男だったが、書類の不備でなかな
か受け取ってもらえない。そして路頭に迷った男は、俄作り
の強盗団に加わってしまうのだが…
フィリピン人の海外出稼ぎは、労働基準の厳しい日本以外の
韓国や中国では重宝がられていると聞くが、男が行く登録場
には如何にもそんな雰囲気の行列が出来ていた。しかし物語
はそれだけでは終わらないのだ。
脚本監督撮影は、フィリピンのインディーズ映画のパイオニ
アとも称されるレイモンド・レッド。フィリピン民衆の現状
をしっかりと見据えた物語が展開される。しかもここから先
が、本当に実話なの?と思わせるほどのもので、それは映画
としても見応えがあった。プロローグとエピローグを繋ぐ構
成も秀逸と言えるものだ。
因に、原題は“Himpapawid”、タガログ語で「空間、空気、
空、天」を意味する言葉で、英語の国際題名は“Skies”と
なっているものだが、アメリカで付けられた題名が“Manila
Skies”だそうだ。やはりこれは“Vanilla Sky”に引っ掛け
たのだろうか。
        *         *
 以上、コンペティション部門の作品15本を2回に分けて、
多少駆け足で紹介したが。僕の好みの作品は、『激情』が一
番かな。でも娯楽作品としての完成度が高すぎて、かえって
映画祭向きではないかも知れない。
 演技賞の男優は、同じく『激情』のグスタボ・サンチェス
・パラが群を抜いていると思うが、女優は一長一短、僕自身
は『エイト・タイムズ・アップ』のジュリー・ガイエが気に
入ったが、1人で長い年月を演じ切った『テン・ウィンター
ズ』のイザベッラ・ラゴネーゼの方が評価されるかも。
 この他、『ストーリーズ』『台北に舞う雪』『ACACI
A』『ロード、ムービー』などは作品として面白かった。ま
あ何れの作品もそれぞれに取り柄はあるように思えたものだ
が…。


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井口健二