井口健二のOn the Production
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2006年03月31日(金) トランスアメリカ、ロンゲスト・ヤード、アンダーワールド・エボリューション、間宮兄弟、RENT、ナイロビの蜂、セキ★ララ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『トランスアメリカ』“Transamerica”
トランスジェンダー(性同一性障害)の父親と息子の関係を
ユーモラスな語り口で描き、主演のフェリシティ・ハフマン
が、ゴールデン・グローブ受賞とアカデミー賞のノミネート
にも輝いたドラマ作品。その他にも各地の映画祭で受賞を果
たしている。
主人公のドリーはロサンゼルスの片隅で慎ましく暮らしてい
た。幼い頃から性同一性障害だったドリーは、ホルモン剤の
投与や整形手術などで女性的な身体つきとなっていたが、最
後の手術は未実施。しかしついにその性転換手術が許可され
る日が来る。
ところがその直前、ニューヨークの刑務所からの電話で、ド
リーが男だったときにできた息子が保釈金の支払い者を求め
ていることを伝えられる。そして、カウンセラーの勧めもあ
ってニューヨークに向かったドリーは息子と面会するが…。
息子はドリーが父親であることに気付かず、ドリーも教会か
ら派遣されたと名告ってしまう。
こうして巡り会った親子だったが、さらに息子の夢が映画ス
ターになることだと知ったドリーは、真実を語らないまま、
一緒にロサンゼルスに向かうことにする。しかも、手術費を
確保するため飛行機は諦め、息子と2人、自家用車でアメリ
カ大陸横断(トランスアメリカ)することに決めるのだが…
トランスジェンダーは、アメリカでは正式に病気として認め
られているが、実際に性転換をするには、かなり厳格な資格
審査が要求されるようだ。そして映画は、冒頭でその現実に
も触れているが、全体としてその病気への理解を求めようと
する方向性のものだ。
とは言うものの、物語はちょっと風変わりな父親と問題を抱
える息子という図式で、トランスジェンダーの問題を抜きに
しても見ることができる。実際に僕は、自分が息子を持つ身
として、いろいろ考えながら見ることができた。
トランスジェンダー以外にも、ドラッグやアル中や先住民や
宗教などいろいろな問題が語られる。アメリカという国が、
如何にいろいろな問題を抱え込んだ国であるかが良く解かる
映画ということもできる。
でも、全体は最初にも書いたようにユーモラスな語り口で、
楽しく見ることができる作品だった。

『ロンゲスト・ヤード』“The Longest Yard”
1974年のバート・レイノルズ主演作品のリメイク。
極悪刑務所で、看守と囚人がスポーツ競技で対決するという
物語は、2001年にイギリスで競技をサッカーに変え、インス
パイアされた作品として映画化(2002年8月2日紹介)され
ているが、本作は元のアメリカンフットボールに戻して正式
にリメイクされたものだ。
1974年のオリジナルは、翌年の日本公開を確か渋谷パンテオ
ンで観ているはずだが、実は当時はアメリカンフットボール
のルールが良く解かっていなくて、何となく釈然としなかっ
た記憶がある。でも今回は、ルールもちゃんと理解している
ので、面白く観ることができた。
それでオリジナルの物語もうろ覚えだったのだが、今回の作
品を観て、2001年のイギリス映画が実にオリジナルに忠実で
あったことも理解した。まあ、それだけオリジナルの映画が
素晴らしかったと言うこともできるが、本作はそれに加えて
VFXを駆使した試合の描き方で進化した作品というところ
だろう。
主演はアダム・サンドラー。サンドラー主宰のハーピー・マ
ディスンとMTVの共同製作で、元々サンドラーは製作だけ
の予定だったが、完成された脚本を読んで主演を買って出た
というもの。お陰で本来はMTVの親会社のパラマウントの
単独配給だったが、サンドラー主演作品の権利を持つソニー
が海外配給権を獲得することになった。
共演は、クリス・ロック、ジェームズ・クロムウェル、さら
にオリジナルのバート・レイノルズがコーチ役で出てくるの
も嬉しい。他には、NFL、AFLの現役や元選手、さらに
プロレスラーからMTVのミュージシャンまで多彩な顔ぶれ
が登場する。
オリジナルに勝てているかどうかは、前の記憶が曖昧なので
何とも言えないが、2001年のイギリス版との比較では、サッ
カーとのルールの違いが明確だと言える。そしてどちらもそ
のルールを忠実に守って物語を展開しているのは素晴らしい
ところだ。
もちろん最大限の拡大解釈は有りだが、それも納得できる範
囲だと言える。いずれも人間ドラマとスポーツ映画の面白さ
を満喫できる作品というところだ。

『アンダーワールド・エボリューション』
               “Underworld Evolution”
ヴァンパイア(吸血鬼)とライカン(狼人間)との数100年
に及ぶ戦いの歴史を背景に、ヴァンパイアの女(ケイト・ベ
ッキンセール)とライカンの男(スコット・スピードマン)
との禁じられた恋を描いた2003年作品の続編。
オリジナルに関しては2003年11月2日付で紹介しているが、
実は当時観ていて、全体の流れは解かるが、細かいところで
釈然としない部分がいろいろ有った。特に主人公の背景など
が今一つ理解できなかったのだが、今回の作品で謎は氷解、
納得できた感じのものだ。
まあ、多分元々がシリーズで構築された物語なのだろうし、
前作の結末も続きを予感させるものだったから仕方のない面
は有るが、これで前作がヒットしなかったらどうするつもり
だったのだろうか、というところだ。
主演のベッキンセールは、前作でかなり人気も高まったと思
うが、それでもちゃんと続編に出てくれるというのは嬉しい
ものだ。もっとも彼女は、この間『ヴァン・ヘルシンク』な
どにも出ているから、元々こういう話が好きなのだろうか。
それにしても製作元のスクリーン・ジェムズでは、『バイオ
ハザード』のミラ・ジョヴォビッチと並んでこういう女優を
確保できたのは力強い。
物語は、前作で追手を逃れた2人がさらに両種族の歴史の謎
を解き明かして行くというもので、それにいろいろな大仕掛
けも登場し、また華麗なアクションも楽しめるという作品。
吸血鬼や狼人間はホラー映画の代名詞だが、本作はホラーと
いうよりはアクション映画だ。
前作を観ていればさらに楽しめるが、物語の展開は本作だけ
でも理解できると思う。まあ発端は前作の結末なのは仕方が
ないが。でもそこさえ過ぎれば、後は基本的にアクション映
画だから、それを楽しめればいいという作品でもある。
なお以前の情報によると、物語は前日譚も含めて3部作にな
る計画ということだったが、実は本作では前日譚の部分もか
なり詳細に描かれている。それで物語の全体も把握できた訳
だが、さてシリーズの今後の展開はどうなるのだろうか。

『間宮兄弟』
江國香織の原作を、森田芳光監督が映画化した作品。
ビール工場で開発に携わっている兄と小学校の校務員の弟。
共に成人はしているが、それぞれ独身どころか恋人もなく、
2人で寄り添うように暮らしている兄弟の物語。
「だって間宮兄弟を見てごらんよ。いまだに一緒に遊んでる
じゃん。」というのが宣伝のコピーだが、このせりふは映画
の中にも登場する。そんな2人夫兄弟を、佐々木蔵之介と塚
地武雅が演じて、基本的にはコメディを淡々と描いている。
森田監督は、元々は『そろばんずく』などのコメディも撮っ
ているし、僕としては『未来の思い出』や『(ハル)』のよ
うなちょっとSFに近い作品でも印象に残っている。しかし
最近では、『黒い家』や『模倣犯』のような作品が話題にな
っていたものだ。
その森田監督が、久しぶりのコメディというか、人情味あふ
れるとまでは言わないが、日常の生活の中でのちょっと心に
残る物語を作り上げた。
物語は、兄弟の恋人捜し作戦というか、小学校の女先生やビ
デオ店の女子店員を部屋に招いてカレーパーティを開催する
ところから始まり、兄が同僚の不倫騒動に巻き込まれたり、
弟がボッタクリバーに引っかかったりというエピソードが続
くが…
正直に言って、大きな事件が起こる訳でもなく、ドラマティ
ックなところも殆どない。これが万人に受けるかと言われる
と、多少迷うところでもあるが、たまにはこんな何も起こら
ない話があってもいいじゃないか、という感じの作品だ。
物語はそんなところだが、実は兄弟の住む部屋のセットが、
本がぎっしり本棚に並んでいたり、鉄道模型や飛行機の模型
など、「マニア兄弟だな」というせりふが有るくらいのもの
で、それはかなり面白く見られた。
主演の2人を囲んで、常盤貴子、沢尻エリカ、北川景子、戸
田菜穂、岩崎ひろみら多彩な女優陣が共演。中でも北川は、
この後にハリウッド映画の『ワイルド・スピード3』が控え
ており、その前に見ておきたい女優というところだ。

『RENT』“Rent”
1996年2月のプレヴューの前日に作者が35歳で急死するとい
う衝撃の開幕の後、3カ月でブロードウェイに進出、そして
今もロングラン中という伝説のミュージカルの映画化。
1980年代末のニューヨークのイーストヴィレッジを舞台に、
芸術家を夢見て集う若者たちを描いた作品。
だが、背景となる1980年代末はエイズ蔓延期であり、貧困、
犯罪、ドラッグ、同性愛、友の死など、社会から排斥され、
夢を奪い去る出来事が次々と襲いかかる。しかし、そんな悪
環境の中でも、夢を信じ、夢に向かって進んで行く若者たち
の姿が描かれる。
青春ものと言ってしまえばそれだけだが、目標が定まってそ
こに向かって行くような単純なものではない。自分たちの目
指すものも判らず、もがき苦しんでいる。そんな若者たちの
物語だ。それはちょうど、現代の若者たちの姿にも重なるよ
うでもある。だからこそ、今の時期の映画化が実現したのだ
ろう。
監督はクリス・コロンバス。1980年代を含む17年間をニュー
ヨークで暮らしていたという彼は、ブロードウェイでの上演
開始直後に舞台を見て直ちに映画化を希望したという。それ
から10年を経て、まさに満を持しての監督という感じだ。
そのコロンバスの演出は、ニューヨークの市街地のロケや、
ILMが手掛けるVFXを含め映画的な処理も随所に施され
てはいるが、全体はオーソドックスな歌と踊りのミュージカ
ルの味わいを見事に活かし切ったものだ。
特に、巻頭で8人によって歌われる「シーズンス・オブ・ラ
ヴ」のシンプル、且つ力強い熱唱は、これから語られる物語
の全てを予感させる。
そして出演者は、オリジナルキャストからの5人に加えて、
『シン・シティ』のロザリオ・ドースン、テレビ出身のトレ
ーシー・トムズ、テレビや舞台でも活躍するジェシー・L・
マーティン。彼ら総勢8人の群像劇が見事に演じられる。
中でも、オリジナルメムバーではエンジェル役のウィルスン
・ジェレマイン・ヘレディアが見事なパフォーマンスを見せ
てくれる。一方、ドースンは、年齢的にも他のメムバーから
は飛び抜けて若いハンデを負う中で、難しい役柄をしっかり
と演じていた。
大元の着想は、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』から得
られたものだそうだが、そのオリジナルも含めていろいろな
ミュージカルや映画へのオマージュも数多く見られ、それも
含めて映画ファンとしては心地よい作品でもあった。

『ナイロビの蜂』“The Constant Gardener”
ジョン・ル=カレ原作の同名の長編小説の映画化。その監督
を、『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレス
が手掛け、主人公の妻を演じたレイチェル・ワイズがアカデ
ミー賞助演女優賞を獲得した。
巻頭、一人の女性が奥地に向かう飛行機に乗り込む。それを
見送る夫は、2日後に会おうと声を掛けるが、その2日後、
彼の元に不吉な報告が届けられる。
主人公はイギリスの外交官。と言っても実はガーデニングが
趣味で、外交の仕事はほとんどイエスマンで通している。そ
んな男が、ある日、ワシントンで開かれた記者会見に上司の
代理で出席し、出席者の一人の若い女性から手厳しい質問を
受ける。
しかしその質問自体がイレギュラーで、他の記者たちの失笑
を買った女性は、記者たちが退席した後に一人残されてしま
う。そんな女性に声をかけた主人公は、瞬くうちに深い関係
となり、赴任先がケニアになったとき彼女は彼と共に任地に
行くことになるが…
彼女の身に一体何があったのか、彼女はその奥地で何をして
いたのか。そして彼女は、本当に彼を愛していたのか。謎は
謎を呼び、主人公は自分が彼女のことを何も知らなかったこ
とに気付かされる。
名作『寒い国から帰ってきたスパイ』を始め、ル=カレの描
くスパイは、007に代表される華麗な活躍からは程遠い、
地道なしかし国際政治の中で重要な役割を果たす現実的な姿
で描かれる。本作もそのような背景が見え隠れする作品だ。
ル=カレの原作では、2001年に『テイラー・オブ・パナマ』
が原作者本人の脚本製作で映画化されているが、どちらかと
言うと佳作に属する前作に比べて、今回は物語の舞台も、背
景も極めて壮大なアドヴェンチャー作品だ。
中でも、大きな舞台の一つとなるスラム街のシーンは、実際
に現地に入って撮影されたもののようだが、その映像はさす
がに『シティ…』の監督と納得させられるものだった。
しかもその撮影を、ケニア政府の協力の下に行っているのも
凄いところだ。因に、原作本はケニアの政治的腐敗を描いて
いるために発禁本なのだという。それでも協力が得られたの
は、描かれているアフリカの抱える悲劇に、ある種の共感が
得られたからのようだ。
昨日付けで、セネガル映画の『母たちの村』を紹介したが、
この作品もまた違った面でアフリカの悲劇を描いたものだ。
ただし、セネガルの作品が実話に基づくのに対して、本作は
あくまでもフィクションだが、でもこのような悲劇がないと
は言い切れないものだ。
今年は正月の『ホテル・ルワンダ』から、アフリカを題材に
した作品が連続しているが、遠い国ではあっても、やはり注
目していなければならない問題ばかりという感じだ。

『セキ★ララ』
韓国人、朝鮮人、中国人のアダルトヴィデオ俳優を題材にし
たドキュメンタリー。監督の松江哲明は、自身が在日韓国人
という立場で、在日韓国人問題を描いて来ているようだ。そ
の新作は、実はアダルトヴィデオとして製作されたものであ
るが、その内容は見事なドキュメントになっている。
全体は2部構成で、その前半は韓国名金紅華、芸名相川ひろ
み、自称20歳が子供の頃を過ごした京都と尾道を訪ねる様子
が描かれる。もちろんAVであるから、男優との本番シーン
も挿入されるが、全体的には在日韓国人としての自身の環境
が語られるものだ。
これに対して後半は、朝鮮名柳光石、芸名花岡じったと、中
国名張心茄、芸名杏奈が登場し、花岡が親との確執を語る一
方、来日1年半の杏奈は、中国に住む親のことも話しはする
が、重点は花岡に置かれている。
そして全体は、在日という立場のことや、家族への想いなど
が語られるが、特に家族に関する言及が多いことは意外なほ
どだ。恐らく今の日本人の同年代の人に同じ質問をしても、
こんなに語られるかどうか、そんな在日の人たちの姿が描か
れる。
ピンク映画のドキュメンタリーでは、昨年業界を題材にした
『ピンクリボン』を紹介しているが、それとは全く違って、
本作は人間、あるいは民族を描いている。実は、ピンク映画
で人間を題材にしたセミドキュメンタリーも見たことがある
が、本作は全体が真摯で見ていて気持ちが良かった。それに
何より作家の暖かい視線が伝わってくる。
もちろん、彼らは日本人ではないし、そのことを彼らも判っ
ている。実際にそれでいじめにもあっているようだし、不満
足な面もあるのだろう。でもその中で人間として生きている
姿は、日本人もきっと同じなのだと思いたいが、今世間で見
られる日本人よりは真っ当なようにも見えた。
特に、家族への想いと強くありたいという気持ちが日本人よ
り強く感じられ、何か日本人が忘れてしまったことを、教え
られたような気もした。作品は在日人を描いたものだが、日
本人が自分を見つめ直す一助になるようにも感じられた。
なお、語られる在日の家族の様子では、こちらの予想通りの
部分と、ちょっと意外な部分とが交錯し、また予想以上の部
分などもあって面白かった。実際に試写会でも場内から笑い
声がよく上がっていたものだ。


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井口健二