井口健二のOn the Production
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2006年03月30日(木) 母たちの村、アンジェラ、バイバイママ、夢駆ける馬ドリーマー、トランスポーター2、ママが泣いた日、カサノバ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『母たちの村』“Moolaadé”
1923年生まれ、アフリカ映画の父とも呼ばれるウスマン・セ
ンベーヌ監督による2004年作品。同年のカンヌ映画祭・ある
視点部門のグランプリにも輝いている。
アフリカのとある村。村の中央には蟻塚を模したモスクが建
ち、一夫多妻制の家族がそれぞれ塀に囲われた住居で暮らし
ている。そして妻たちは、自転車に引かれた移動雑貨屋でラ
ジオを聞くための電池を買う。
そんな村で、ある一家の第2妻コレの許に4人の少女が保護
(モーラーデ)を求めて駆け寄ってくる。彼女たちは10代の
娘に科せられたFGM(female genital mutilation)を恐
れ、数年前に自分の娘のFGMを拒否したコレに助けを求め
てきたのだ。
その時、一家の主人は外出しており、コレは独断でモーラー
デの綱を門に張って彼女たちを保護することを宣言する。し
かし2000年以上も続くと言われるFGMを、他人の子供にも
拒否したことは、村の伝統を守る人々にいろいろな波紋を投
げかけて行く。
映画の中で主人公のコレは、FGMを受けたために2人の子
を死産し、3人目も帝王切開で産まなければならなかった。
そしてその出産を助けた女医から、FGMの真実を教えられ
たようだ。しかし今でも夫との夜には自分の小指を噛み切り
そうな苦痛に耐えている。
そんな現実の苦痛が自分の娘のFGM拒否につながり、少女
たちの保護へと立ち上がらせるのだろう。だがその行動は、
彼女だけでなく、他の人々にも累を及ぼすことになる。因習
と対決、そして新しい時代を産むことへの苦痛を見事に描い
た作品だ。
僕がFGMの存在を知ったのはかなり前だと思うが、時とし
て死に至り、生き延びてもその後の生活に苦痛を生み出すそ
の儀式が、WHOなどの勧告にも関わらず、今も続いている
という事実は信じがたいことだ。でもそれが現実なのだ。
監督の出身地はセネガルだが、映画の撮影はブルキナファソ
で行われている。でもそれは迫害を受けたということではな
く、映画はモロッコ、コートジボアール、ベニン、マリ、ブ
ルキナファソ、そしてセネガルの協力で作られたとされる。
つまり本作は、アフリカの複数の国が注目し、その協力で作
られた作品ということだ。
そして撮影現場となったブルキナファソの村は、乾燥した風
土のためか抜けるように澄み切った映像で捉えられ、そんな
美しい風景の中で、恐ろしい現実が今も続いていることを、
映画は訴えている。
なお、FGMについて映画のチラシには全くその言葉が記載
されていない。日本に住む我々にとっては、確かに遠い国で
起きている問題かも知れない。しかし、同じ地球上に住む人
間としてこれは決して見逃すことのできる問題ではない。
例えば『ホテル・ルワンダ』に関心を寄せてくれたような人
たちが、この問題にも関心を寄せてくれることを切に望みた
いものだ。アフリカの抱える問題は内戦だけではないのだ。

『アンジェラ』“Angel-A”
リュック・ベッソンが1999年の『ジャンヌ・ダルク』以来、
6年ぶりに手掛けた21世紀最初の監督作品。
ただし、物語自体は1993年の『レオン』の後で15ページのシ
ノプシスを書き上げていたということで、感覚的には『ニキ
ータ』『レオン』に続く作品ということになる。しかし当時
のベッソンはこの物語を映画化せず、SF大作の『フィフス
エレメント』に進んでしまったものだ。
主人公はアルジェリア人の男だが、抽選に当ったというアメ
リカ市民権を持ち、パリで暮らしている。仕事は輸出入だと
言うが、怪しげだ。そして映画の巻頭では、借金取り立て屋
の暴行を受け、返さなければ命はないと言われてしまう。
男には他にも多額の借金があって、もはや他から借りる術も
なく、ついにセーヌ川に架かる橋の欄干を越えて、飛び込み
自殺の準備に入る。ところが、ふと横を見ると、同じように
欄干の外側に若い女性が立っており…
この男を、『ミッション・クレオパトラ』にも出演していた
片腕のコメディアン=ジャメル・ドゥブーズが演じ、若い女
性を、身長180cmのスーパーモデルで、女優、短編映画の監
督も手掛けるというリー・ラスムッセンが演じている。
『ニキータ』『レオン』と同様に女性が活躍するアクション
映画の展開だが、本作では派手な銃撃戦などがある訳ではな
い。しかし裏社会の住人がいろいろ登場するなど、感覚的に
は前2作を髱髴とさせて、ベッソンが帰ってきてくれたとい
う感じのするものだ。
ベッソンは、確かに『レオン』後の2作のような大作も撮れ
る監督だとは思うが、今回のような作品で一番力を発揮する
ようにも思える。実際この作品では、最初は反発している男
女が、徐々に心を通わせて行く姿が見事に描かれていた。
ベッソンは、「同じことは繰り返さない」を自分の監督とし
ての信条としているようだ。だから『ニキータ』『レオン』
の後でこの作品を撮ることは、繰り返しになることを恐れた
のかも知れない。
では何故、今この作品を撮ったかとなると微妙な感じだが、
僕は、21世紀初頭の出来事で映画を作ることに虚しさを感じ
ていた中で、ようやくもう一度映画に賭けてみようという気
持ちが出てきたものと考えたい。
また、もしこの映画が『レオン』の直後に撮られていたら、
映画はもっと激しい作品になっていたのかも知れない。しか
し2005年完成の作品は、そのような描写が極力押さえられ、
全体がしっとりとした落ち着いた作品に仕上がっている。
それは全編をモノクロで撮影された映像に拠るのかも知れな
いし、毎週日曜日の早朝4時起きで撮影されたという静かな
パリの風景のせいかも知れない。でもそんな雰囲気の中で、
最高に愛しい作品が生まれたことは確かなことだ。

『バイバイ、ママ』“Loverboy”
子離れできないシングルマザーの姿を描いたヴィクトリア・
リデル原作の小説を、『ミスティック・リバー』などの俳優
ケヴィン・ベイコンの初監督で描いた作品。
主人公をベイコン夫人のキラ・セジウィックが演じ、その少
女時代を実の娘のソジーが演じる他、実の息子や夫人の弟、
ベイコン家の犬まで出演するファミリー作品だが、その周囲
をベイコン自身は元より、メリッサ・トメイ、サンドラ・ブ
ロック、マット・ディロンらが固めるなど、ベイコン夫妻の
人脈も活用されて作られている。
そしてもう一人の主人公ラヴァーボーイ役を、『マイノリテ
ィ・リポート』のドミニク・スコット・ケイが演じている。
主人公のエミリーは放任主義の両親に育てられた。その後は
両親の遺産で悠々の生活は送っているが、自分の子供は最高
の愛情を込めて育てたいと思っている。しかもその子供の成
長に父親は不要と考え、出来るだけ優れた男の精子で子供を
宿し、一人で育て始める。
その子育ては溺愛そのものだったが、やがて子供は小学校へ
通う年となる。しかし今まで自分の目の届かないところに子
供を行かせたことが無く、しかも画一的な学校教育に反対の
母親は…
これほど過激な母親が実在するかどうかは…、いないとは言
い切れないご時世のようにも感じるが、作品はある意味アン
チテーゼでもあるし、逆にまさに放任主義の親たちへの警鐘
であるとも言えそうだ。
その意味では、エミリーの少女時代と母親となっての時代が
バランスよく描かれているのは見事と言える。プレス資料に
は、脚色が難航したと紹介されていたが、最後に依頼された
ハナ・シェイクスピアという新人脚本家は素晴らしい仕事を
しているものだ。
ベイコンの監督は、多分師匠のイーストウッドが「キャステ
ィングを決めれば、後はやることはない」と言っているのと
同じで、これだけの役者と脚本が揃えば、後はやることはな
かっただろう。ただし、中でのサンドラ・ブロックの撮り方
は何となく新人監督っぽくて微笑ましかった。
また、映画に登場する2人の子役の中では、多分スコット・
ケイの方が注目されるのだろうが、僕にはソジー・ベイコン
の伸び伸びとした演技も好ましく感じられたもので、これは
父親の演出の賜物と言えそうだ。

『夢駆ける馬ドリーマー』
          “Dreamer: Inspired by True Story”
カート・ラッセルとダコタ・ファニング、それにクリス・ク
リストファーソンやエリザベス・シューの共演で、レース中
に骨折した牝の競争馬を巡る物語。
原題には実話にインスパイされたとあり、実話そのものの映
画化ではないが、これに近い話はあったそうだ。また、実在
の馬の名前も次々に登場し、競馬ファンには堪らない作品の
ようだ。しかも、クラシック競馬の舞台裏などの様子もいろ
いろと描かれている。
ラッセルが扮する父親は、競馬馬の調教ではその名を知られ
た男。先代は競争馬の優秀なブリーダーだったが、育てた馬
を手放すことを嫌った彼は牧場を閉め、他人の牧場に通って
馬の体調などの管理に当っている。
しかしある日、管理していた牝馬が体調不良なのにオーナー
の意向で出場させ、レース中の事故で骨折させてしまう。そ
してオーナーから屠殺を命じられた彼は、哀願する娘の目を
見て、未払いの給料の代りに牝馬を引き取り、厩務員と共に
自宅に連れ帰る。
実はその時の彼の考えは、牝馬に種付けをして子供を取るこ
と。そして、彼の人脈で優秀な種馬の提供も決まるが、その
種付けに掛かる費用は莫大なものだった。
正直に言って、主人公の行動に思慮深さが無くて、はらはら
し通しだった。でも、夢見る人というのはこんなものかも知
れない。そんな夢に浸っていたいという作品なのだろう。そ
んな夢見る父親と娘を、ラッセルとファニングが心地よく演
じている。
そろそろ幼女から少女になり始めたファニングの演技はいつ
もながら見事だし、さらに何度も登場する馬の疾走シーンや
レースシーンの撮影の見事さは、それだけで見る価値がある
と言えそうなものだ。またレース中の事故のシーンの迫力も
見事なものだった。
ただ、字幕にはちょっと注文があって、多分原語ではraceと
gameが区別して使われているはずなのだが、字幕ではそれが
混乱している。gameがレースと訳されていた部分があったよ
うにも感じた。
それから、途中の馬の権利の持ち分を決めるシーンで、「一
人に51%、もう一人に39%、お前たち(2人)に10%ずつ」
という字幕があったが、これでは合計が110%になってしま
う。原語の台詞は聞き取れなかったので原語から間違ってい
る可能性もあるが、ちょっと何とかしてもらいたかったとこ
ろだ。

『トランスポーター2』“Transporter II”
2002年公開のジェイスン・ステイサム主演アクション作品の
続編。前作と同様リュック・ベッソンが脚本製作を務める。
前作では、フランスを舞台に、元特殊部隊兵士のプロの運び
屋が巻き込まれたトラブルを描いたが、今回の主人公は運び
屋を引退したのか、アメリカのフロリダ州マイアミで暮らし
ており、資産家の一人息子の学校の送り迎えの運転手をして
いる。
この設定は、2004年の『マイ・ボディガード』を思い出させ
るが、本作はあくまで送迎だけでボディガードの役目ではな
い。しかし送迎中にことが起きると、彼は品物を無事送り届
けるために最大限の仕事を始めることになる。
そして本作では、まあ殆どありえないカーアクションと、生
身の格闘技のアクションを見事にバランスさせて、裏に潜む
大きな陰謀も暴き出す。
勧善懲悪を見事に描いた作品で、悪人は悪人らしく、善人の
協力者はちゃんとその役目を果たしてくれる。プレス資料で
は、最初はもう少し捻った展開が用意されていたことも窺え
るが、完成した作品は見事に単純ですかっとするものだ。
監督のルイ・ティリエと、アクション監督のコーリー・ユン
も前作そのままに再結集し、特にステイサムに振り付けられ
た格闘シーンや、悪の首領ジャンニの登場シーンの過激な剣
道、さらに2丁の軽機関銃を操るローラとの戦いなどアクシ
ョンの見所は満載。
たかがアクション、されどアクション。アクション映画も、
どうせやるならこの位はやって欲しいという観客の期待に見
事に応える作品と言えそうだ。しかも本作では、アクション
シーンで緊張して肩が凝るようなもこともなく、気軽に純粋
に楽しむことができる。
ステイサム以外の出演は、資産家夫妻をアンバー・ヴァレッ
タとマシュー・モディーン、ジャンニ役をイタリア名優ヴィ
ットリオの息子のアレッサンドロ・ガスマン、ローラ役をモ
デル出身のケイト・ノタ。また、前作の警部役フランソワ・
ベルレアンも再登場する。
なおベッソンは、ステイサムが演じる運び屋フランク・マー
ティンには、まだ描くべき物語があると考えているようだ。

『ママが泣いた日』“The Upside of Anger”
人間は、自分が理不尽な仕打ちをされたときに怒りでそれを
解消するしかないのか…
2006年シカゴ映画批評家協会賞でジョアン・アレンが主演女
優賞を獲得し、2005年サンフランシスコ映画批評家協会賞で
はケヴィン・コスナーが助演男優賞を獲得した作品。
デトロイト郊外で広い土地を所有し、4人の娘と暮らす主婦
テリーは、ある日、夫が家を出て行ってしまったことに気付
く。原因はスウェーデン人の秘書と思われ、数日前に帰国し
た彼女と駆け落ちをしたのだ。
そして、それまで優しかった母親は酒浸りとなり、娘たちの
行動にいちいちけちを付ける嫌みな母親になってしまう。そ
こには、近所に住む元大リーガーのデニーが、何くれと無く
世話を焼いてくれるのだが…、夫の仕打ちにテリーの怒りが
鎮まることはない。
こうして、ちょっとした発言の行き違いや、言葉尻を捕えて
は怒りをぶつけ合う、最悪な一家の生活が描かれて行く。
本当に行き場の無い怒りというのはこんなものだろう。それ
にちょっとした言葉の行き違いが言い争いに発展して行く様
は、自分たちの普段の生活でも経験しているものであり、そ
の辺りの様子が実に巧みに描かれる。
しかも全体はコメディであり、深刻な題材を見事にエンター
テインメントに仕上げた作品とも言えそうだ。脚本監督は、
出演もしているマイク・バインダー。元スタンダップ・コメ
ディアンという鋭い視線が、見事な作品を作り上げた。
その他の出演は、4人の娘を、『砂の惑星』がデビュー作の
アリシア・ウィット、テレビの『フェシリティの青春』のケ
リー・ラッセル、『フライトプラン』のエリカ・クリステン
セン、『ダウン・イン・ザ・バレー』のエヴァン・レイチェ
ル・ウッド。
若い女優たちが華やかだし、描かれる内容は実生活でも経験
する身近な話で、笑わされたり考えさせられたり、生活環境
は多少違うが、物語の全体は有りそうで無さそうで、悪くは
無いけど…面白い不思議な感覚の作品だった。

『カサノバ』“Casanova”
人類史上最高の「恋愛の達人」と呼ばれるカサノバの若き日
の冒険を描いた作品。これを『サイダー・ハウスルール』な
どのラッセ・ハルストレイム監督が映画化した。
ハルストレイム監督というと、今までの作品からは、人間の
悲しみを正面から見据えて描く生真面目な作風の人と考えて
いた。しかし本作は本質的にコメディ、元々監督のファンで
もある僕としては、最初は驚くと共に、すぐに大歓迎で楽し
んで観ることができた。
18世紀のヴェネチア。カサノバは今日も修道院に潜り込み、
神に仕える娘たちを楽しませていた。ところがそこに官憲が
現れ、カサノバは屋根伝いに逃亡、折しも大学の講堂で女性
の入学を検討している討論の場に飛び込んでしまう。
しかし結局捕えられたカサノバは、ヴァチカンから派遣され
た審議官の前に引き出され、不貞や異端行為などの罪で死罪
を申し渡される。これは、そこに現れた総督の取り成しで無
罪放免となるが、総督は彼に教会の目を逃れるため結婚する
ことを命じる。
そこで、彼が目を付けたのは美貌で処女の誉れ高き富豪の娘
ヴィクトリア。その父親に婚約を申し入れ、めでたく婚約者
となるのだが…。その時、彼の前には別の女性が現れ、彼女
=フランチェスカこそが初めて彼の真の心を奪う存在となっ
てしまう。
これに、ヴィクトリアに想いを寄せる青年やフランチェスカ
の婚約者、さらに教会と共和制統治のヴェネチアと対立など
も絡んで、物語は壮大な歴史絵巻を展開する。
カサノバと言うと、女たらしの放蕩者という描き方が普通だ
が、そこはさすがにハルストレイム監督。彼の放蕩への理由
付けや彼自身が抱える問題なども巧みに織り込んで、人間カ
サノバを見事に描いて行く。
脚本は、キンバリー・シミのオリジナルに、ジェフリー・ハ
ッチャーらの脚本家が参加して完成されたということだが、
この脚本の完成度の高さがこの映画を支えている。また、ヴ
ェネチアの隅々までロケーションした舞台の美しさ、さらに
『眺めのいい部屋』でオスカー受賞のジェニー・ビーヴァン
による衣裳の美しさが作品を盛り上げる。
なお史実によると、カサノバは30歳の時の捕えられ、見事に
脱獄を果たして喝采を浴びたそうだが、映画の物語はそれを
巧みに利用していると言えそうだ。
出演は、ヒース・レジャー、シエナ・ミラー、ジェレミー・
アイアンズ、レナ・オリン、オリヴァー・プラット。アクシ
ョンシーンでは、レジャーらの剣捌きなども楽しめる。
因にヴィクトリア役の新人ナタリー・ドーマーは、トリヴィ
アによるとロンドン・フェンシング・アカデミー会員という
ことだ。


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井口健二