井口健二のOn the Production
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2005年05月14日(土) 肌の隙間、トラブルINベガス、楳図かずお恐怖劇場、ハッカビーズ、0:34、ヒトラー、逆境ナイン、about love

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『肌の隙間』
『MOON CHILD』等の一般映画でも知られる瀬々敬
久監督による2004年作品。実は、瀬々監督はピンク映画が本
業だそうで、この作品も昨年ピンク映画として公開されてい
る。しかしその評価が高く、今回一般劇場で上映されること
になったというものだ。
ピンク映画については、前に『ピンク・リボン』という作品
を紹介したときに書いているが、今でも年間90本以上の新作
が作られていると言われており、本作はそのうちの1本とい
うことになるようだ。
物語は、引き篭りの男子高校生と、自閉症の叔母との逃避行
を描いたもので、それまで世間との接触をしたことのなかっ
た2人が、ヒッチハイクで襲われて性を意識し、無人の山荘
での獣のような行為や、その後に都会へ戻っての結末が描か
れる。
ピンク映画というので、もっとセックス描写が多いのかと思
ったら、それほどでもなく、逆に、特異なシチュエーション
でのドラマを追う努力が見える。とは言え、77分という上映
時間では余り深くは描けないが、それなりのものはあったよ
うに感じた。
『ピンク・リボン』の中でも、社会性のあるテーマのような
ことも言われていたが、このテーマの捉え方には、昔のゴダ
ールやトリュフォーの雰囲気も感じた。その意味では、その
手の映画に感動していた学生時代の自分も思い出してしまう
ような作品だ。
という言い方の裏には、実はある種の青臭さも感じているも
のだが、1960年生まれで一般映画にも実績のある監督が青臭
いはずはなく、これはテクニックだろうとも思ってしまう。
しかし、そのテクニックは、このテーマを描くのには似合っ
ていた感じもする。
それにしても、『ピンク・リボン』で語られた、何分置きか
セックス描写のルールは守られていないようにも思えるし、
これでピンク映画の観客は満足したのだろうか。評価は高い
というから、多分納得して見ているのだろうが、それも不思
議な感じがした。

『トラブルINベガス』“Elvis Has Left the Building”  
「1977年エルヴィスが亡くなったとき、エルヴィスのそっく
りさんを名告る人物は3人しかいなかった。それが2002年に
は世界中に5万人いるという。そしてこのペースで増え続け
ると、2012年には、世界の人口の4分の1はエルヴィスのそ
っくりさんになる…」
こんな人を喰ったテロップで始まるこの作品は、『マイ・ビ
ッグ・ファット・ウェディング』のジョエル・ズウィック監
督の2004年作品。キム・ベイシンガーの主演で、『マイ・ビ
ッグ…』のジョン・コーベットが二枚目を演じている。
ベイシンガーが演じるのは化粧品の訪問販売員で、カリスマ
とまで呼ばれている女性。幼い頃に母親がエルヴィスの車の
整備をしていた関係で、エルヴィスに家まで送ってもらった
経験があり、以来エルヴィスが心の導師となっている。
そんな彼女が仕事に少し疲れかけた頃。ふと立ち寄った店で
エルヴィスのそっくりさんに遭遇する。ところが、実際は似
ても似つかないその男にメイクの指導を頼まれて彼の楽屋を
訪れると、事故でその男が死んでしまう事態となる。
その後も、彼女の立ち回る先々にそっくりさんが現れ、目の
前で死ぬ事件が続発する。この事態に何故かFBIも動き出
す(理由は説明される)ことになるが…
そんな彼女の前には二枚目が現れて、好意を寄せてくれるの
だが、彼はエルヴィスの衣装を持っていた。そして舞台は、
ラスヴェガスで開催されるエルヴィスそっくりさん世界大会
の会場へと雪崩れ込む。
その間、要所にはシーンに合ったエルヴィスの歌が流された
り、そっくりさんの怪しげなパフォーマンスなど、エルヴィ
スの歌がふんだんに盛り込まれた作品だ。
それにしても、全部で何人のそっくりさんが死んだのかな?
しかもこの死ぬ役には、監督や、『マイ・ビッグ…』の製作
に力を貸したトム・ハンクスらもカメオ出演していて、死に
方にもいろいろ手を込ませるなど、かなりブラックなユーモ
アに彩られている。
しかし、カルチャーが背景にあるユーモアより、ブラックな
ユーモアの方が万人に判りやすいもので、しかも被害者がそ
っくりさんに限定されているから、話も明解で屈託なく笑う
ことができた。僕としては、今のところ今年一番笑えた作品
と言えそうだ。
なお、主人公の母親役でアンジー・ディキンスンの登場が懐
かしかった。

『楳図かずお恐怖劇場』
「プレゼント/DEATH MAKE」
漫画家楳図かずおのプロデビュー50周年ということで企画さ
れた、それぞれが60分前後の作品6本からなるシリーズの内
の2本で、監督を、『魁!!クロマティ高校』の山口雄大と、
VFXアーティストの太一が担当している。
実は時間の関係でシリーズの全作品を見ることはできなかっ
たが、この2本に関して言えば出来はかなり良かった。
特に、聖夜に不謹慎な行動を繰り広げる若者たちへのサンタ
クロースからの鉄鎚を描いた前半の作品は、物の見事なスプ
ラッターでその描き方も見事なら、物語の途中から視点が変
る構成も秀逸だった。
山口監督については、『クロ高』のときにも観客の期待通り
のものを造り出すバランス感覚の良さを感じたが、この作品
でも、見せるべきものがちゃんと描かれている心地よさが感
じられた。
また、後半の作品は、降霊実験が引き起こす飛んでもない事
態をCGIの合成などVFX満載で描いたもの。実は、試写
の時点ではVFXが未完成で、普段の僕なら未完成で試写を
するなと怒るところだが、これだけでもすでに良い感じで見
られたものだ。
正直に言えば完成品をちゃんと見て評価したかったところだ
が、それでもこれだけの期待観が生まれるのは大したものと
も言えるだろう。
玉石混淆の6本になりそうだが、この2本はとりあえずお勧
め。ただし山口監督作品のスプラッターは覚悟が要ります。

『ハッカビーズ』“I ♥ Huckabees” 
原題の真中はunicodeで入れたので、PCの環境によっては出
ないかも知れませんが、ハートマークです。この部分、海外
のデータベースではHeartとなっていたが、Loveと読むので
はないのかな。
1999年公開されたジョージ・クルーニー主演の戦争コメディ
『スリー・キングス』で高い評価を受けたデイヴィッド・O
・ラッセル監督の6年ぶりの新作。ラッセルの製作脚本監督
というワンマン映画だが、製作には『クローサー』などのベ
テラン製作者スコット・ルーディンも名を連ねている。
一方、出演者には、ジュード・ロウ、ナオミ・ワッツ、ダス
ティン・ホフマン、リリー・トムリン、マーク・ウォールバ
ーグ、それにフランスからイザベル・ユペールという多彩な
顔ぶれが集まっている。
題名のHuckabeesとは、顧客のあらゆる満足を手頃な価格で
提供するスーパーマーケットチェーンの名前。その店舗がと
ある町に進出することになって巻き起こる反対運動などのす
ったもんだが描かれる。
この反対運動を、『シモーヌ』などのジェイスン・シュワル
ツマン扮する主人公の若者が始めるのだが、その運動は、ロ
ウ扮する白い歯を見せるキラースマイルが決め手のチェーン
の営業マンに、徐々に懐柔されて行ってしまう。
そこで若者は、ホフマンとトムリンが演じる「哲学探偵」に
依頼して自分自身の間違いを探ることにするのだが…それは
ウォールバーグ扮する消防士や、ワッツ扮するキャンペーン
ガールをも巻き込んで、飛んでもない事態へと発展して行く
ことになる。
物語は、この「哲学探偵」なるものがキーワードで、ホフマ
ンが実に怪しげな理論を展開して主人公たちを煙に巻く。そ
してこの理論には、ユペール扮するフランス人思想家が対決
することになるが…
それにしてもこの対立する理論が、どちらもいい加減としか
言いようのない代物でありながら、聞いていると何となく納
得できるところがミソで、さすがにホフマンとユペールの演
技力なのか、ラッセルの脚本?それとも演出力?という感じ
の作品だ。もちろんコメディなのだが、笑うと言うより感心
して見てしまった。
なお、反対運動の参加者の女性の役で、『鳥』『マーニー』
などのヒッチコック作品でヒロインを演じたティッピー・ヘ
ドレンが出演していて懐かしかった。

『0:34』“Creep”
終電後のロンドン地下鉄を舞台に、その構内で起きる奇妙な
出来事を描いたイギリス製のスプラッターホラー映画。
主人公の女性は、パーティを抜け出して地下鉄で別の目的地
に向かおうとする。しかし駅のベンチで酔いが廻って眠って
しまい、目覚めたときには終電の出た後だった。しかも駅の
出入り口は施錠され、彼女は構内に閉じ込められてしまう。
ところがそこに無人の電車が到着し、彼女はそれに乗り込む
のだが…
この女性を演じるのが、『ラン・ローラ・ラン』などのドイ
ツ人女優のフランカ・ポテンテで、この作品でも走る走る。
主な舞台はチャリングクロス駅となるが、複雑に入り組んだ
地下駅の通路を、恐怖に追われながら逃げ惑うというのが大
体の物語だ。
この恐怖の元は、最近ではちょっと有り勝ちな感じのものだ
が、実はここにちょっと仕掛けがあって、ファンならニヤリ
とするオマージュにもなっている。これはキャラクターが登
場した瞬間からおや?と思わせるが、途中での演技でそれを
確信したものだ。
因に、このキャラクターの特殊メイクは“The Lord of the
Rings”のスタッフが手掛けたものだそうだ。
それは別としても、映画全体はスプラッターホラーの単目的
で、舞台設定や途中の仕掛けなども申し分なく満足できる。
最近では、『ザ・リング2』でも恐さを感じなくなった身と
しては、久しぶりに背筋がぞくぞくする感覚が味わえて嬉し
くもなった。
登場人物の設定も、さほどの違和感もなく納得できるし、特
に主人公や脇役たちが目立って馬鹿な真似もせずに、それで
も窮地に陥って行く展開は論理的でよく描かれていた。
チャリングクロス駅は以前にロンドンに行ったときに、乗り
換えなどで何度も乗り降りしたが、確かに乗り換えの時など
は通路が複雑で迷った記憶がある。
これは東京も同じだが、地下鉄の駅には何か非現実的な感覚
がつきまとう。この作品は、その非現実的な地下鉄駅の雰囲
気をうまく利用したもので、脚本監督のクリストファー・ス
ミスはこれが第1作のようだが、この調子なら次回作にも期
待したくなった。
それにしても、以前の映画でニューヨーク地下鉄の廃線・廃
駅を舞台にしたものがあったが、ロンドンの地下鉄にこれほ
どの廃駅があるとは知らなかった。東京も謎の地下構造物は
いろいろあるようだが、そういう場所での映画撮影は難しい
のだろうか。

『ヒトラー〜最後の12日間〜』“Der Untergang”
題名通りヒトラーの最後の12日間を描いた2時間35分の大作
で、今年のアカデミー賞外国語映画部門にもノミネートされ
た作品。
映画は、同原題のノンフィクションと、“Bis Zur Letzten
Stunde”と題されたヒトラーの元秘書で2002年に亡くなった
女性の回想録に基づいており、主にはこの女性の目を通した
地下要塞の内情が描かれている。
そこには、『ベルリン・天使の詩』のブルーノ・ガンツ扮す
るヒトラーや、エヴァ・ブラウン、それにゲッペルス、シュ
ペーア、ヒムラーらの要人やその家族もいて、戦況や崩壊寸
前のナチスドイツの将来に関するいろいろな議論が繰り返さ
れるが…
この地下要塞の内部は、ミュンヘン・ババリアスタジオに天
井も含めて正確に再現されたセットで撮影され、その閉塞感
や、手持ちカメラを用いた映像は臨場感を募らせる。また克
明に再現された人物の動きは、歴史の証人になったような気
分にもさせられるものだ。
一方、見事に造形された破壊されたベルリン市街は、サンク
トペテルブルグで撮影されているが、レニングラード攻防戦
では多数の市民に犠牲者を出したこの町で、ロシア人がドイ
ツ兵に扮して撮影が行われたということでは、歴史の重みも
感じさせる。
正直に言って、上映時間を感じさせない構成と演出で、映画
としての出来は優れた作品だと思う。また、当時の状況から
考えて、映画の中でヒトラーにへつらうような発言が数多く
発せられるのは、歴史的な事実として仕方のないところだろ
う。
しかし、映画の中で、アウシュヴィッツを正当化するヒトラ
ーの発言がことさら描かれたり、ドイツ国民も被害者だった
とするような描き方が強調されるのには、やはり疑問を感じ
る。ヨーロッパで批判が強かったのも頷けるところだ。
また、最後に元秘書の女性の映像も登場するが、その中での
罪を感じていなかったという発言には、正直神経を逆なでさ
れたような感じも持った。戦時の罪には問われなかった彼女
は、後年アウシュヴィッツを訪れて、初めて自分の罪深さに
気付いたということだが、結局そうでもしなければ自分たち
のしたことも判らない、そんな高慢さも感じられた。
国家としてのドイツは、戦後補償のやり方などを通じて、日
本以上に戦争への罪の意識を持っていると思っていたが、民
間レヴェルでは、決して万人がそうではないということのよ
うだ。まあ、それ以下の日本人が言えることではないが。

『逆境ナイン』
島本和彦の原作漫画を、『SMAP×SMAP』等の構成作
家・福田雄一が映画初挑戦で脚色し、昨年監督デビュー作の
『海猿』が話題を呼んだ羽住英一郎が第2作として手掛けた
作品。
部員はぎりぎり9人で、勝知らずの高校野球部が、校長から
勝てないなら廃部の条件を突きつけられ、その逆境の中で甲
子園を目指して進んで行く姿を描いた青春ギャグドラマ。主
人公の不屈闘志を玉山鉄二、マネージャーの月田明子を掘北
真希が演じる。
何しろ1戦でも負ければ廃部という条件の中で、名門校に練
習試合を申し込んだり、部員が赤点で試合日に追試となった
り、と常識では考えられない逆境に次々に見舞われ、それを
また奇想天外な手段で乗り越えて行く。
そして極め付きは、9回裏112対0の大ピンチ、しかも動け
るのは主人公だけという絶体絶命の状況で、主人公はこれを
如何にして克服するのか…
『海猿』は見ていないが、それなりに感動的な正統派のドラ
マだったと聞いている。その監督が次に選んだ作品がギャグ
漫画の映画化というのは…他にも企画は目白押しだったろう
と想像されるところで、これは確かに冒険だろう。
しかし作り手の熱意というのはこういうところに発揮される
もので、本当に作りたかったのはこれだ…というような感じ
が、見事に伝わってくる作品だった。多分『海猿』は、この
作品のための足掛かりだったのだろうな…とも思わせる。
この手のギャグ作品で、VFXの多様は定番になってきてい
るが、クライマックスの試合シーンやモノリスの飛来シーン
以外にも、前景と後景がスローモーションの間で主人公がノ
ーマルスピードでのたうち廻っているような、ちょっとした
描写にセンスを感じた。
漫画原作ということで、演技は大げさだし、出演者にも素人
同然の人もいたようだが、全体のトーンは統一されていて、
見ていて気になることはなかった。その辺の監督の手腕は確
かなように思える。
学園ギャグ作品では、前に『魁!!クロマティ高校』を紹介し
ているが、ちょっとマニアックな『クロ高』とは対極の、真
っ当な線を狙った作品で、こういう作品が正当に評価される
ことを期待したいところだ。

『about love』“関於愛”
東京、台北、上海を舞台に、異邦人と現地の人の交流を描い
た3つの物語からなるオムニバス映画。それぞれの街と恋の
物語を、東京=下山天、台北=易智言、上海=張一白という
3人のそれぞれ現地の監督が演出した。
物語は、相互に少しずつの繋がりはあるが、それぞれは独立
しており、それぞれのシチュエーションに合わせたストーリ
ーが展開する。その共通のテーマはコミュニケーションで、
言語の違いで直接にはつながらない意志を、伝え合って行く
物語だ。
東京では、アニメーションを学ぶ台北からの留学生が、街で
行き交った女性に恋をし、その意志を伝えようと努力する。
台北では、思いの違う男女が漢字で意志を伝えようとする。
上海では、互いに英語で意思の疎通は図れるが、それでも伝
わらない思いもある。
そんな男女の微妙な物語が、全体で102分の上映時間の中に
3つ見事に納められている。
表現の手法としては、時間の緩急を巧みに映像化した東京編
がテクニック的には一番凝っているが、台北編の噛み合わな
い会話がどんどん違う意味になって行く脚本も見事だし、上
海編の変化して行く風景の描写も見事だった。
それぞれが淡い恋の物語で、伝えようとしても伝わらない、
しかし伝えようとしないことが妙な具合に伝わって行く。そ
んなどこにでもありそうな物語が、極々自然に描かれる。 
小難しい話ではないし、心優しく楽しみたい作品だ。


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井口健二