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■ なんでだろ
もう4月となりました。
いろいろ、いろいろありました。
自分が自分の人生を決めなくてはいけないっていうのは、 今に始まったことではなく、上京してきた時点からそうなのだけれど。 甘かった、んだろうなぁ。 と思う。
自分なりに決めてたつもりだったけど、私はいつも 人の意見とか状況とか、勝ち目はあるかとかで 色々自分の形を変えてた気がする。 それなりに取り繕うのが器用だから平気だったけど、 根っこの部分は、不器用だと最近思う。
初めて、逃げるのやめてちゃんと向き合おうって思ったのかも。 ていうか、むしろ・・・ 向き合っていいんだって思えたのかも。
大学に入って、家族から離れて、でも多分そのときは その意味に気づいていなかった。
だから宙ぶらりんになって気持ちがふさいだりしてたんだろうね。
とりあえず夢中になれることに注いでみたけど、 夢中になる意味は考えてなかったのかもしれない。 もしくは、気づけないまま流されていたのかも。
n社のシートが落ちて、なんかはたと思った。 私いったい何したいんだろう?って。
別にジャーナリストに憧れていたわけではなかった そんな職業は知りもしなかった 新聞は偏った記事を伝えるものだと思ってた 報道は人を傷つけると思ってた
自分は勝手に能力をかわれる職について お金困らないくらいにかせいで好きなことして生きてこう。 って思ってた。
なのに。
なのに。
多摩を歩いて、いろんな人の話を聞いて、自分で見つけたネタをもとに 実際に現地に行って交流して、ルポ書いてそれが形になって。
世の中にはいろんな問題があって、実際に行かなきゃわからないし 感動はできない。
人の話を聞くのが好きになってた。 話を聞いて何が背景にあるのか、 もしかしたらそれが社会的に問題があることなんじゃないのか、 世の中似たような問題が山積してるんじゃないかって、 ていうか、前々から思ってた気がする。
平和って守ろうって作文かくだけじゃなんら実行力は薄いんじゃないかとか 映画を見ていて、これは人生にも投影できる話なんじゃないかとか 色々変換して考える癖があったかもしれない。
世の中問題だらけだ。 それを見て考えることは、許されているんだ。 そう思った瞬間から、人生が長く広いものに見えた。
一生かけても終わらないものを追いかけてられたら、 幸せだと思う。
それに、うそはない。
それだけだ。
あと、いろんな人に会ううちに、自分が成長したんじゃないかと思った。 自分をちゃんと受け入れられたら。
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彼が言っておりました。 自分の考えをぶつけて話を聞いてもらう場なんだから、 楽しんでいきゃいいじゃない。 そういう機会あんまりないでしょ。
人間として成長してるわけだから。 その不安はいつになってもなくなんないから。 ただずっと不安でもつらいから、期待を持ったりいろんな感情持ったりするわけで うまく不安とつきあえばいいじゃん。 不安は成長してるってことだから。
そして、どうせやるなら勝っていこう。 負けて学ぶより、勝って学ぶほうが多い。
もー。
なんでそんなかっこいいかな。
人として好きです。まじで。
くそう、でも言わせてしまったことが、なんか悔しい。
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自分の中で思う考え方を、否定されるんじゃないかって どこかで自信がない。 それが、私の欠陥だ。
彼の言葉は、いつも、その私の「これでいいのか?」ていう不安を 肯定してくれる。 別に意識的にしてるわけじゃないだろうけど、 彼の考え方が驚くほど明確に通っているからだと思う。
くそう。 負けてらんないな。 かっこいいな。
私も成長したいな。
ありがとう。
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2009年04月01日(水)
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