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2006年09月16日(土) 日本は永遠に謝罪しる!

中日新聞9月16日付コラム 夕歩道

殴った方は忘れても、殴られた方は忘れないという。例えば、原…

殴った方は忘れても、殴られた方は忘れないという。
例えば、原爆で灰にされた広島や長崎は、何年たっても忘れないが
落とした方は「戦争を終わらせるための選択だった」と、
もはや忘却のかなたのようだ。

 “歴史認識”のズレはそこから生ずる。
自民党の安倍総裁候補は、日中戦争が日本の侵略だったとは言わない。
また朝鮮を植民地にしたことにも触れない。
が、向こうは忘れない。豊臣秀吉の侵略だって今も。

 過ぎ去ったことは水に流して恨みっこなしとはやられた方は、そうはいかん。
自らの命を捨ててでもテロをやめない側にも、長い恨み骨髄の
“歴史認識”がある。そこを解きほぐさねば、手打ちには至るまい。


-----------------------------(引用終了)----------------------------

最近、中日新聞を含めた一部の新聞が安倍さんの歴史認識について、

毎日のようにイチャモンをつけているけれど、

歴史認識の共通化なんてハッキリ言って不可能。

歴史認識を共通化しろと迫る新聞社だって歴史観が微妙に違うし、

日本の保守同士、左巻き同士でも歴史認識なんて各々の考え方が違っているのに、

それが国家間の歴史認識になれば、歴史観に思惑や国益やらも加わって、

多少、歩み寄ることがあったとしても、完璧に合致しないのは当然。

戦争というのは、闘いあったお互いの国が、

加害者にもなり被害者にもなる残酷なもので、

善と悪・功と罪もヘッタクレもありません。

都合のいい部分“ばかり”にだけ光を当て、

しかも必要以上に美化して都合の悪い部分を

まったく無視するのは確かに問題ですが、

日本が起こした戦争は、侵略でもあったし、

アジア諸国の列強からの解放・独立を促す契機であったことも真実です。

東南アジアはタイ以外全部白人の植民地でしたから、

日帝は東南アジアでは基本的に歓迎されましたが、

マックダフィ法があったフィリピンでは反感を買ったように、

このように東南アジアでの解釈は様々で、

都合の悪いこともいいことも、すべて含めて「歴史」となり、

「侵略」だったと簡単に結論付けることは出来ません。


>例えば、原爆で灰にされた広島や長崎は、何年たっても忘れないが

広島長崎は「恨み」を忘れてないのではなく、

原爆の「残酷さや悲惨さ」を忘れないのであり、

日本は米国に原爆を落とされ、敗戦後は占領されていましたが、

日本の一部の超反米の人はともかくとしても、

いつまでも、その怨みをネチネチと言わないし、

アフリカやアジアの元植民地の国も事あるごとに

植民地にした側を悪者にして謝罪や賠償を新たに要求しません。

どこの国も、そういった歴史の事実を踏まえ

戦争とは「お互いに悲惨なものだ」ということを教えているのですが、

悲惨より恨みばかりに重きを置いて教えている国の教育が異常なんですよ。

また、「村山談話」を無効化するのかともイチャモンをつけているけど、

西日本新聞:戦争評価は歴史家に 安倍長官

安倍氏は「植民地支配と侵略による損害と苦痛」へ「反省とおわび」を表明した
1995年の村山富市首相談話に関して、「戦後50年を機に出された政府、
首相の談話であり、歴史的な談話と理解している」と強調。


このように村山談話を否定しないということは容認しているということで、

つまり、安倍さんは「反省とおわび」を認めています。

村山首相がいくら問題のあった首相だったからといって、

まっとうな法治国家ならば、国家の公式発言をそう簡単に翻すことはできません。

逆に中国や韓国は、かつてあったことを都合よく無かったことにしたり、

無効だと言い張るから、日本はいつまでたっても彼らとの溝を埋められません。

だからといって日本も同じスタンスで立ち向かえば、

法治国家を名乗る資格がなくなってしまいます。

そういうわけで村山談話を踏まえた上で、問題点を修正していくのが、

正しい国家運営のありかたではないでしょうか。

日本のメディアは、毎度毎度、新しい首相候補が出揃うたびに、

歴史観を語れと、こういう踏み絵を置きつづけるわけですが、

「あの戦争は侵略戦争ではない」

「侵略と自衛の両方の側面がある」

「自衛の戦争だった」

これらの趣旨で自己の歴史観を語ったら、

しつこく迫る朝日新聞などは、納得するのかい?するわけないでしょ。

現在進行形で植民地をもっている国があるというのに、

そういう国は批判せず、敗戦国である日本だけを極悪にして、

過去の事を根掘り葉掘り穿り返し、

過ちを認めもっと謝罪しろ〜と責め続ける、

この態度は結局強いものや勝ったものが正義と言っているに

等しいのではないのでしょうか。





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