ちょろりの役員様日記
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2002年09月01日(日) ちょろダー家法事

昨夜、日記を書いたあと
ちょろダーとあたしの父は、居間でデローーンと寝ていた。

あんなに食べたくせに、もう寝て・・・。
バーベキューも、牛肉もさしの入り具合がすごく
炭と網で焼いて多少脂が落ちてはいたが
けっこうな脂だった。

これで、ちょろダーがデブになったら
思う存分ののしってやるのだが
あたしも、彼と同じくらい食べているのでな・・・。
つーかあたしは食べた分だけ太るし・・・。

実家は、かなりの田舎で、外はまっくら。
網戸をしてなくて開け放し。
虫が・・・すごい。
あたしは平気なのだが、普通女の子とかは
これマジで嫌だろうなー。
ちょろダーの横にこおろぎがいた。
マミーが、スイッチョンと鳴く、巨大な足の長い
緑色の虫をあたしに投げてきた!なにすんねん!

実家はかなり涼しいので、秋の虫満載だ。


今朝、7時に起こしてとマミーに頼んでおいた。
仏間の隣の座敷で寝ていた。
朝マミーは、チーーーンと、仏壇においてある鐘(?)
を鳴らして起こしてくれた。
チーーンって、そんなのあり(?)

ちょろダーに大量の野菜を持たせて
電車で移動。

今日は、ちょろダー家の法事。
おじい様の17回忌だそうだ。

9時半前にちょろダー家近くの駅につく。
お義姉さんが車で迎えに来てくれた。
お義姉さんは、18日が出産予定日なのに
車の運転をしていた。いいのけ?
足がむくんで、靴が一足も入らないと
お義父さんのゾウリを履いていた。

11時に、坊さんが来て
お経を聞く。
ちょろダー父母と、お義姉さんと、義伯父さん夫妻
義叔母さんの旦那さんと、ちょろダーと
あたしだけだった。(8人)
孫たちが来るのかと思っていたがいなかった。
ちょろダー父の従兄弟なんかも来るのかな?と思っていたが
そこまでではなかった。
あたしの実家なんて、意味不明なほどにわけわからん
大変な親戚付き合いなのだが、

「簡単にやることにしたの」とお義母さんは言っていた。

よかった。(いちおう、嫁の立場として)

正座は得意なはずだったのに
1時間もしていたら、足がしびれた。
こういうときは、早々にカミングアウトするのに限る。

お経が終わるとすぐに
「足がしびれて動けません」
と言っておいた。

回復は早かった。

お茶を淹れて飲んでもらったのち
坊さんが帰ったので
食事に出掛ける。

「梅の花」だ。

まさか、ちょろダー地元にも店があるとは思わなかった。
しかも超広い。店の中で迷いそうだ。
豆腐と湯葉という精進料理の店だけあって
隣の個室も、向かいの個室も
全部法事系の、礼服の集団だった。
トイレで会うおばさん達もみんな黒のワンピース。

ちょろダーご親族はみんな酒をそんなに飲まないので
お酌もすることなく、楽であった。
ああーあたしの親族の法事とかの酒の量といったら・・・(汗)
それを思うと、え?という感じだったが。
豆腐のできたてに、餡をかけ
ゆずをその場でおろして食べる。
おいすぃー。

ちょろダーは、「若いから」という理由で
残った豆腐を食べさせられていた。

法事だからであろう。
ちょろダー父たちは、おじい様の思い出話をしていた。
おじい様は、名古屋にある女子大の学長様だった。
あたしの友人たちも何人も通っていた女子大。(お嬢さん大学ね)
ちょろダー地元では、教育者として超有名らしい。

でも、誰も教育者の跡をつがなかった と
伯父様は言っていた。
あたしの周りにも先生の息子や娘はたくさんいるけど
誰も先生になってないなー。
従妹は、母親が看護婦さんなので
こないだ、京大の看護学科行ったけど。

ちょろダーの思い出では、怖いおじい様だったそうだ。
ああ、会ってみたかった。

お家に戻り、また少しお茶を飲んで話していた後
伯父さん達はお帰りになった。
あたしとお義母さんとお義姉さんは
菓子を食べまくった。(お供えのお菓子)
ちょろダーはお家のパソコンをなにやら接続していたので
お義姉さんとダラーとテレビを見ていた。

18時半ごろ、家をでてくる。
お菓子をいっぱいもらってきた。
カステラ1本とか、一人で食べるんだろうなーあたし・・・。
食べちゃうんだろうなー(汗)予想がつく。
のぞみに乗って東京へ。
22時過ぎに家に着いた。

はぐさんをおいて出てきたのだが
(エサを大量において)生きていた。よかったーーー。

お義母さんにお小遣いもらった。うれしい、寿司でも食べよう。



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