メル子的日々思想

2009年04月10日(金) 物事の考え方

*エコ家事
ももせいづみ
http://www.izoomi-m.com/index.htm
↑考え方がすげー。究極のエコは家事を減らすこと。

色々生活ブログを読んでると参考にしたいことは多い。
例えば三角コーナー・水切りネットをなくして、
ゴミは毎回きちんと包んで捨てる。
すると、不衛生なぬめりの元がなくなり、掃除が楽になる。

台所のマットをなくし、濡れた都度、洗濯前のタオルで拭く、
どうしても汚いものは使い古しのボロ布で拭いて捨てる。
そうすると台所マットを洗う手間もなくなるし、
そもそも台所マットの方が不衛生じゃね?となる。

家事も、掃除・片付けと同じか。
出した都度片付ければ、部屋のきれいさは維持される。
入りきらない都度捨てれば、物は増えすぎなくて済む。

ダイエットだってそうなんだよなぁ、
食べすぎた都度、翌日の食べる量を減らす。
食べすぎた都度、運動する…。

結局物事というのは、日々の積み重ね以外の何者でもなくて、
日々明るく楽しく生きていることが、一生の楽しみになるわけか。
日々の健康への積み重ねが、一生の健康に繋がるわけか!

不摂生が病気に繋がることは当然理解してたけど、
もちろん逆も然りなんだよなぁ。
いやぁ、わかっちゃいたけど。
ちょっとびっくりした。


*共働きの家事
http://allabout.co.jp/family/hw4di/closeup/CU20081014A/
http://allabout.co.jp/family/hw4di/closeup/CU20071009A/
↑いつかこういうことも起こりえるわけで、
某氏には御一読いただかないと(笑

上で紹介したももせいづみさんの記事なんだけど、
ちょっとおもしろかったのでご紹介。
ここでは共働きの家事について書いてあるけど、
家事云々は別にして人間関係全般において大事だなと思いました。

以前からよく書いていると思うのだけど、
何も言わずに期待するのは究極のわがまま!だと思ってます。

○○してくれたらいいのに、○○してほしい、
その欲求を言わずに仕舞っている人は一番わがままです。

もちろん言わずに、おくびにも出さずに振舞える人は別です。
でも、全く人に当たってない人なんていない!
○○してくれてないんだし…いいでしょ。と思ってることがあるハズ。

そして、少なくとも自分には八つ当たりしてるはずです!
○○ぐらいしてくれたらいいのに…イライラ→食べる、等。

素直に言えば単純に済むことが多いよ、ってのがよく書いてる話。


↑コラムにはその続きが書かれてるんだよね。
私なりに書き直してみると…

○○してくれたら、と言うのがどうしても言えない人には、
その理由があると思うわけです。

言うのが癪だとか悔しいとか、それぐらい気づけよとか。
言われなくてもするのが当然とかね。

問題はここ。
家事コラムだから家事で例えると、
ご飯の後の食器を下げて欲しいとする。

毎日ご飯を作るのも私、洗い物も私、せめて食器ぐらい下げてよ、
言われなくてもそれぐらい気づけよ!なぜ毎回言わなきゃいけないの!

これを掘り下げて(簡単にして?)いくと、
「毎日苦労してる私に気づけ、食器ぐらい下げろ」となる。
で、大事なのはもちろん「毎日苦労してる私に気づけ」なわけ。

この、気づいて欲しいって気持ちをまず自分で認めよう。
食器を下げてくれない人にイライラするんではなく、
私はこの苦労を認めて欲しいだけなんだなぁと一度自分で認識する。

あーそれだけなんだーと思うとスッとすることもあるよね。
その上で、やはり伝えたいということなら伝える。
「気づいて欲しいんだけど」ってことをね。

グチグチ言うのはやはりかっこ悪いじゃない。
たまにはいいけど、いつもグチグチはね。
食事を作ることが具体的にどれほど大変かを話し合って、対策を講じる。
多分その対策って言うのが食器を下げることになるだろうね、この場合。


あ、そこまで言わなくても私が我慢すれば済むことだし…
って人は我慢してください。但し、いきなり爆発させないように。
理解しあおうという努力もなしに理解し合えるわけがない。

そして、努力をしまくったのに理解に至らなかった人…は、
残念だけど割り切るしかないでしょう…悲しい…
実際にはこういうことが多いのかもしれないねぇ。


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あぁ家事の話題を書くと、人間関係について書きたかったのを
勘違いされそうだと思っていたのに、気づいたら家事で例えてた。
意味なしだ!と気づいたけど面倒なのでそのままUPします(笑


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