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昨日までの疲れを押して、朝ちゃんと起きたのは「相棒」の映画を観るため。 ということで行って参りました、相棒! 毎回、ドラマ初回とお正月とかには、もう映画並みのクオリティを誇る 2時間SPをやってるシリーズですから、映画がコケることはないだろうな、 と確信しておりました。 で、それは正しかったです。 ところどころ、時間内に収めるために削った部分があるなぁとは感じましたが、 そういうところを全部見せなくてもいいかなと思ったり。 テーマも、映画にふさわしいもので、何かすごいショックを受けましたね。 確かに日本人は、あの時全員で、嫌なものを見ないように顔を背けた。 殺されてしまった人だけでなく、命辛々無事に帰って来た人たちにでさえ 批判の目を向けた。 世界の現実を見たくて行ったのかもしれない。 善意で行ったのかもしれない。 それなのに拘束され、命まで奪われることもある。 そういう理屈の通らない出来事、世の中の理不尽を、多分日本人は見たく なかったのだと思う。 だからすり替える。 美談にか、批判にか。 当時はテロへの戦いというスローガンがアメリカから押し寄せてきていたから 批判に走る方を選んだ。 でも本当に、彼らだけの責任だったのか? この映画は、それをもう1度問いかけている。 まるで映画ではない。 これは、まるで現実。 あの時目を背けた現実を突きつけられているのだ、と思う。 あの時目を背けた現実が、どんな癒えない傷を誰かに残し、 一歩間違えばどれほどに歪み、捻れ、多くの人間の人生を狂わせるか。 狂ったまま、永遠に救いなど差し伸べられないまま、断末魔の叫びの中で 滅びていく様を見せつけられているようだった。 人は忘れる生き物。 杉下右京はそう言いました。 覚えておくことは確かにつらいし、難しい。 しかし多分このあともずっと、私は折に触れ思い出すに違いない。 この映画に出てきた東京の街並みを観るたび、世界に絶えないテロのニュースを聴くたび。 「復讐の対象は、5年前、1人の青年を見殺しにした、この国のすべての人間だったのです。」 復讐の対象。 きっと私も、その中にいるだろう。
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