★ランキン@JRA馬券道場名人&社長の馬券日記
日記目次|前日へ|翌日へ
★問題
かつて織田信長が約十年居城し、本能寺の変、山崎の合戦の後、織田家の後継者と遺領の配分を決めた織田家臣重役の会議が行われた場所とは…?
■答え
清洲(キヨス)、または清洲城。
ここで信長の三男・織田信孝を擁立した柴田勝家と、信長の嫡孫にあたる信忠の嫡男・三法師を擁立した羽柴秀吉との対立が決定的となり、後の賤ヶ岳の戦いに繋がっていく。
少しでも歴史を知っている人ならすぐに判る問題である。
詳しい解説を出来るほどの知識を持ち合わせていないゆえ、あ〜だこ〜だと言うのは無知をさらけだすだけのでご勘弁を…。
-----------
ちょっと聞いてくださいよ。
私は先日、名古屋北部に行く用事があったので、出向いたんですが、その時に衝撃的なものを目にしてしまったのです。
よくある道路の案内図で
○○まで○km
ってのがあるじゃないですか。そこに
↑ 清須 ○km
って書いてあったんですよ!
最初はすぐに気づかずに
(キヨスまで○kmね♪)
って感じだったんです。
…が、何度か
↑ 清須 ○km
って出てくるたんびに
(…?…?)
(何か変だな…?)
って思うようになったんです。
そして何度目かにようやく気づきました!
「ああ〜〜〜〜〜〜〜!清洲の洲が、大須の須になってる〜〜〜〜〜〜!?」
って愕然としてしまいました…。
よ〜〜〜く案内図を見ると上からシールで貼ってある…。
そういえば、市町村の合併で新しく清洲町と西枇杷島町が一緒になった「清洲市」が誕生したというニュースを聞いたような気がしたが、それは違っていた…。
正確には「清須市」だったのだ…。
アワワワワ…
そんな馬鹿な…。
清洲は清洲だろ…。漢字変えてどうするんだよ…。どっから「須」が出てきたんだよ…。
辺りをぐるっと囲むように清らかな河が何本もある地域の中州のような場所に存在するから「清洲」って言うんだろ?
正確には違っているかもしれないけど、清洲の洲という漢字は地理的に見ればとても意味があり、自然と「清洲」…と頭に入ってくる。
清洲と清州を間違えるかもしれないけど、これはまだ許せる。
でも、「須」って字は絶対変だよ。
…!
あ〜、なるほど♪蜂須賀小六の須ですか?
…
…
んなわけね〜だろ(怒)!
信じられない…(涙)。
日本の歴史上、大きな分岐点となった出来事があった地名の漢字を変えるとは……。
それでなくとも昔から代々受け継がれた美しい漢字を捨ててしまうとは…。
※須がダメって言ってるわけではない。ただ、清洲は清洲でしかないハズ。あ〜上手く説明出来ない。何て説明したいいんだ?
「清須」市民は、何も行動を起こさなかったのか…?
はああ、ショックだ。すげえ脱力感…。
皆さんどう思います〜〜〜〜?
〜〜〜〜〜
※大須とは
名古屋一の商店街。徳川家康の命により建立された大須観音を中心に発展した門前町。一時、全国の商店街衰退と同様にとても寂れて存続の危機に直面したが、東京でいう浅草と秋葉原をごっちゃにしたような町造りで鮮やかに復活をとげ、現在では老若男女で溢れて活気に溢れている。名古屋へお越しの際はお立ち寄り下さい♪名古屋駅から地下鉄で10分ほどです。
〜〜〜〜〜
日記目次|前日へ|翌日へ
「JRA馬券道場名人への道」はこちら
M単★ランキン@社長&馬券道場名人の日記の更新通知は…
http://www.enpitu.ne.jp/tool/rdf.cgi?id=44060
↑
このURLをお使いのRSSリーダーにご登録下さい。
|