前潟都窪の日記

2007年02月28日(水) 宗教対立が民族浄化として残した不幸な禍根

 クロアチアのオパチアからプリトヴィッツエ国立公園目指して長駆バスドライブしていたのは2005.4.17のことであった。まもなくプリトヴィッツエ国立公園に到着しようという頃合いに、小さな村を通りかかった。車窓から打ち捨てられた一戸建ての独立家屋が半ば壊れかけたまま放置されている光景を幾つか目撃した。ガイドに聞くとこれはユーゴー戦争の時にイスラム教徒達が追い払われてそのまま放置された住居だという。 多民族、多宗教、多人種の混在した旧ユーゴースラビアは今は幾つかの独立国に分裂しているが、紛争当時の疵痕はまだ無惨な姿を晒しているのであった。



 クロアチアの城砦都市ドブロクニクは飛び地になっていてスプリットから南下してきて入城するためには、ボスニア・ヘルツェゴビナの領地を通過しなければならない。ただ通過するだけだが、入国、出国の手続きが必要になる。入国手続きをしている僅かな待機時間にボスニア・ヘルツェゴビナの境界の町を暫く徘徊したがここは物価が安くて近隣のクロアチアの住民はここへガソリン補給や日常生活物資買い出しの為に頻繁に訪れるという説明を受けた。この時、国の経済力や威信というものが国民の生活に影響を及ぼすものだということを実感した。



 ドブロクニクに入城した時も城郭都市内に空爆の爪痕や壁に残る弾痕を見て民族間、宗派間で争う人間の愚かさを感じたものである。



 こんな思いが2007.2.27付けの産経新聞の記事を見たとき蘇ってきた。




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