みのるの「野球日記」
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2004年07月30日(金) 果たした約束 〜修徳高校・小田川雅彦先生〜

◆7月30日 東東京決勝 神宮球場
修徳高校 100001010|3
二松学舎 101000000|2

「うわ、嬉しいなぁ。みんな来てくれたの? 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ。ありがとう、ありがとう」
 試合後、ロッカールームから出てきた小田川雅彦先生を待ち受けていたのは、東京都の中学野球部の先生方の祝福だった。「小田川先生、おめでとう!」。小田川先生は次々に求められる握手に、満面の笑みで応えた。
 その中のひとり、小松川三中・西尾弘幸先生(この夏、東京都2位で関東大会に出場!)は「もう最高に嬉しい」と自分が優勝したかのような喜びよう。西尾先生は春夏に開催される下町杯の実行委員長を務め、都大会では小田川先生率いる修徳学園中と何度も鎬を削ってきた。

 小田川先生は3年前の秋に修徳高校の監督に就任。高校に移ってからも、下町杯の飲み会には必ずといっていいほど参加し、西尾先生ら旧知の間柄である多くの先生と杯を交わした。
 毎年8月下旬に行なわれているフレンドリー大会(埼玉県東部の中学を中心に、栃木、千葉、東京などから中学が集まる交流試合)にも、中学野球部を指導していた頃と同じように足を運ぶ。中学の先生方とお酒を飲みながら、毎年のように熱い熱い野球談義に花を咲かせている。

 小田川先生は決勝戦の試合後、こう話していた。
「選手を送って下さった中学校の先生に恩返しができました」
 小田川先生は16年間、修徳学園中を指導。その間に知り合った中学校の指導者は数え切れないほど。小田川先生の人柄・指導力に魅かれ、「小田川先生が高校に行くなら、うちの選手を修徳高校に」と、力のある中学生を何人も送り出してくれた。

 大会で5割近い打率を残した4番長島一成は栃木の益子中出身。中学時代は栃木県大会優勝、関東大会ではベスト8に入った。もちろん、それだけの選手であれば、地元栃木からの誘いも多数あった。それでも、修徳学園中を率いていた頃、何度も栃木のチームと練習試合を行い、栃木の先生方と築いた信頼関係は強かった。地元の私学に決まりかけていた進学先を、「小田川先生のもとで」と修徳高校へ進むことを決めた。
 そのほか、5番ショートの佐藤寛巳も栃木の芳賀中出身。また、本来であれば主軸を打つ予定だった昨秋のレギュラー松本も栃木の物部中出身だ。松本は春の大会直前に交通事故に遭い、夏の大会に間に合わなかった。

「今年のセンバツ発表のあと、栃木から来た選手の前で謝ったんです。選手の中には(センバツに出た)作新学院に行くのがほぼ決まっていたのに、わざわざ修徳に来てくれた子もいる。入部前、選手には『絶対、甲子園に行くから』と約束しました。だから、その約束が果たせなくて悪かったと。そのまま作新に進めば、甲子園に出られたんですからね」
 その約束がこの夏実現した。


 3番ファーストの磯部泰(1年)はじめ、スタメンには修徳学園中出身の選手が5人、名を連ねていた。小田川先生が高校の監督に就任する前は、修徳学園中の主力選手が付属高校に上がらずにほかの高校に入学していたが、3年前から状況が変わってきた。小田川先生が高校に移ったことで、付属高校へ進むケースが増えた。
 磯部は修徳学園中の2年から主軸を打ち、02年全中3位、03年全中準優勝と中学野球の大舞台を経験してきた。磯部と小田川先生の出会いは小学6年の頃までさかのぼる。「中学ではポニーリーグに入ろう」と考えていた磯部だが、少年野球のグラウンドを訪れた小田川先生と話をしていくうちに「修徳中で野球をやりたい」と心変わり。実家から自転車で10分の修徳学園中に入学することにした。
 2年生の正捕手・長野祐斗も少年野球をやっていたときに、小田川先生から誘われた。「修徳中は厳しいから絶対やりたくない! と言っていたのに、小学校6年のときに小田川先生と話をしてから、『おれ、修徳中でやる』とコロっと変わったんですよ」とは長野のお父さんの言葉だ。

 小田川先生とは取材で何度もお話を伺っているが、社会科の先生らしく(?)話が非常にうまい! ときには目に涙を浮かべたり、ときには何だか難しい格言を持ち出してきたり、話の引き出しが多い。監督というよりは先生という言葉がピタリと似合う。上辺ではなく、琴線に触れるような話ぶり。熱い熱い先生だ。
 そんな人柄に子供が魅かれ、中学校の先生が魅かれ、そして保護者が魅かれ、修徳高校野球部の甲子園出場が実現した。

 決勝戦のあと、胴上げを終えた小田川先生にスタンドからこんな声が掛けられた。高卒1年目か2年目の若者だろうか。目に感激の涙を浮かべていた。
「マサヒコ、ありがとう! 約束実現してくれてありがとう! 次はもっとでっかいこと言っちゃっていいからな! マサヒコ、ありがとう〜!」


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