加藤のメモ的日記
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2023年04月18日(火) |
将棋界を襲う「マスク着用ルール」大紛糾 |
盤面を前に沈思黙考して向き合う、そんな将棋界で、対局中の「マスク着用ルール」が騒動となっている。前代未聞のマスク付着用による”反則負け”が発生。名人経験者が不服申し立てする事態に発展した。藤井聡太5冠(20)というスターの誕生で人気が沸騰する将棋界で、何が起きているのか。
東京世田谷の「将棋・チェスフロンティア」では、11月6日に名人経験者の佐藤天彦9段(34)を講師に招いた自戦解説&指導対局会の予定が組まれていたが、直前に(諸般の事情のため中止)が告知された。主催者に問い合わせると「理由は諸般の事情としか言えないのですが…」としながらも、こう話した。
「”あの対局”の翌日に天彦九段ご本人から連絡があって、『大変申し訳ないですが、こちらの都合でキャンセルさせてほしい』ということでした。その時に『対局以外のすべてのイベントはキャンセルしています』ともおっしゃっていました。”あの対局”とはもちろん佐藤9段が「マスク付着用」で反則負け宣告された10月28日のa級順位戦での永瀬拓哉王座(30)との対局を指す。
「何度かやり取りをしましたが、天彦9段はいつも通りの冷静な受け答えをされていました。ただこれまでは天彦9段がタイトルを失った後でもイベントに出席いただいてきた。今回のように辞退されたのは初めてのこと。天彦9だんにとって、あの対局で特別なことが起きたんでしょうね」
10月26日の対局は深夜に及んだが終盤で佐藤9段は計1時間にわたってマスクを外す場面があった。それを対局相手の永瀬王座が関係者に「反則ではないか」と指摘。対局会場の将棋会館に駆けつけた将棋連盟の常務理事・鈴木大介9段が、連盟会長の佐藤康光9段(53)と連絡を取って協議し、「ノーマスクによる反則負け」の判定が下されただ。
「もともと将棋連盟はコロナ渦でマスク着用を推奨しいていましたが、長い時間つけない棋士が現れるなど不公平感が増していた。そこで(対局中は、一時的な場合を除き、マスクを着用しなければならない)とする臨時対局規定が今年1月26日に制定された。違反した場合は立会人の判定によって反則負けになると定められ、今回が初めての適用となった」(観戦記者)
棋士は1尺2寸(36.4センチ)の将棋盤を挟んで向き合うが、対局中の会話はほぼゼロだ。「とはいえ、コロナに敏感でノーマスクを気にする棋士は意外と多い。ただし長時間の着用は苦しいし、思考力の低下につながる。そうしたなかで、ルールで一時的な場合を除き、とある点を巡り、不着用の合計時間や注意する回数、タイミングなどを定める細則がなかったこともあって騒動が大きくなっている(同前)
対局4日後の11月1日、佐藤9段は将棋連盟に不服申し立てを提出。(着用を促されるともなく、直ちに反則負けとした本件判定は、失うものの大きさと違反行為の内容との間のバランスを著しく欠く)として(反則負け判定の取り消し)(対局のやり直し)などを求める事態となったのだ。
「天彦9段の指摘内容を支持する多いとみられており、事態が紛糾していくことが懸念されています」(同前)
”貴族”と”軍曹”の仲 注目されるのは、佐藤9段が注意を受けることなく、”一発アウト”となった点だ。対局相手の永瀬王座が一言、着用を促せばよかったのではないかとも思えるが連盟委理事を務めた経験もある田丸昇9段はこう話す。「天彦君としては、一度注意してほしかったのでしょうが、永瀬君が指摘するのもなかなか難しかったのではないか。天彦君のほうが先輩ですから、「佐藤さん、マスクを外すのは規則に反していますよ”と対局中に言いにくいのは分かる。永瀬君もしばらく我慢したうえで、このままでは集中できないと対局場を離れて関係者に話したのだと思う。ネットでは永瀬君を批判する声があるが、悪いことをしたわけではありませんよ」
永瀬王座は藤井聡太五段の練習パートナーでもあり、ストイックに勝負にこだわる姿勢から”軍曹”の異名を取る。「天彦九段と特別親しいわけではありませんが、仲が悪いという印象もありません。公式対局がない日には、研究会で練習将棋を指す間柄だったと聞いたことがあります」(将棋連盟関係者)そんな二人が対峙したA級順位戦はトップ棋士10人が総当たりで対戦し、名人位挑戦を競う最高峰の舞台だ。
成績下位2人は翌年度からB級1組に陥落となるが、「A級で活躍すればタイトル戦の賞金を別にして1500万〜2000万円の年収になるが、B級1組になると約3割減で1000万円を切ってくる」(前出・観戦記者)といった大きな違いがある。
田丸9段が言う。「天彦君が不服申し立て書を提出したとはいえ、判定は覆らないでしょう。ただ、A級順位戦での反則負け1敗はショックが大きいと思う。終了時点の将棋内容は天彦君がやや優勢だったしね…」今回の対局は1勝2敗同士で、敗れた側には手痛い黒星となる。佐藤9段は15年度にA級昇格1期目にして挑戦権を獲得し、当時の羽生善治名人を破って28歳で名人に就いている。独特のファッションセンスと優雅な言動から、”貴族”ニックネームを持つ。
「責任感のある棋士で、いつもは買っても負けてもツイッターで自戦解説をしている。ところが今回は対局直後に何も投稿しなかった。それだけ怒りや悲しみが充満していたのではないか」
そう話すのは佐藤9段との交遊のある別の観戦記者だ。対局から4日後、佐藤9段は自身のツィッターで連盟に提出した不服申し立てを公開している。「実は、マスク着用ルールが施行される数週間前にも佐藤9段と永瀬王座の対局があって、その時は終盤に永瀬王座が30分以上もマスクを外していた。もちろんルール施行前だから反則ではないが、同じような状況で自分は一発アウトになり、納得できない思いもあったのではないか。(同前)
不服申し立書では、終盤に集中するあまり着用を失念したことを謝罪しつつも、注意されることもなく規定が適用されたことが相当性・公平性を欠くと主張している。「天彦9段も自分のやったことが正しかったとは思っていないのだろう。将棋界のためにも、規定に様々な欠陥があると主張しておきたかったのではないか」(同前)
弁護士の助言か? 一方の将棋連盟は10月31日に、順位戦における規定について)と題した文書を公開。(一時的な場合)の適用範囲を含めた運用説明や既定の周知に努めてきたと説明した。ただ、本来なら裁定者となる立会人が当日は設定されていなかったことを省みて、今後は長時間の対局では立会人を常駐させるとしている、
将棋連盟の理事・森下卓九段に改めて見解を問うと、「理事会の決定事項として連盟HPで発表している文書の通り」とするのみだったが、同文書だけでは佐藤9段が不服申し立て書で求める(臨時対局規定の適用基準の明確化)など既定の欠陥改善はカバーされない。
興味深いのは申立書の記述が専門的な法律論に及んでおり、「将棋界に精通した優秀な弁護士がサポートしているに違いない」(前出・連盟関係者)とみられていることだ。棋士が代理人辯護士の助力を受けて連盟と対峙するとなれば、16年の「AIカンニング疑惑」以来のことだ。当時、連盟は疑惑が浮上した棋士に出場停止処分を下すも、第三者委員会の調査の結果、「不正の証拠はなかった」と発表され、”冤罪”の責任を取るかたちで谷川浩司会長が辞任した。
「タイトルを争う立場のトップ棋士が連盟の運営中枢を担う体制が冤罪を生む一因となったが、今回も佐藤会長が当事者2人と同じくA級順位戦を戦う”利害関係者”である問題が指摘されており、組織運営のにもつながる。カンニング騒動後に藤井聡太5冠が登場して将棋人気は復活したが、連盟の組織構造がそのままでいいのか、議論は深められないままできた面もある」(同前)
連盟は不服申し立て所を受理したと発表。。佐藤会長、鈴木理事を除く常務会が対応を検討するという。訴えの行方はどうなるか。注視しなくてはならない。
『週刊ポスト』11.18 P48
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