加藤のメモ的日記
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2023年04月12日(水) 北海道の最強ヒグマ「OSO18」を撃て

牛を襲い、内臓を食い散らす-北海道の最強ヒグマ「OSO18」を撃て!

先住民族・アイヌが「カムイ(神)」と崇めたヒグマが、北の大地で暴威を振るっている。この3年間で襲われた放牛は60頭以上。人をあざ笑うかのゆおに立ち回る黒いモンスターと、令和のマタギの最終決戦が始まった。

北海道の東部、ラムサール条約の登録地に指定され、タンチョウが生息する釧路湿原。この4割を町域に収める人口8000人弱の標茶町(しべちゃ)に巨大なヒグマが出没するようになったのは、3年前の夏からだ。

2019年7月16日、標茶町オソツベツの牧場で牛1頭が殺されているのが見つかった。状況からヒグマに襲われたものと判断されたが、集まった人々は現場に残された足跡を見て驚愕した。幅約18�僉�その足跡は、獣類を見お慣れている現地の住民も息を吞む、巨大なヒグマが現れたことを示していた。自事件現場の地名と足跡から、「OSO18」のコードネームが付されたこのヒグマは、その後も牛を襲い続けた。

2019年からこれまで、OSO18によるものと見られる放牛の被害は60件以上。今年も6頭の牛が襲われ、牧畜業者に多大な被害を与えている。だが、これだけ派手に襲われてにもかかわらず、未だOSO18の目撃情報はわずかだ。監視カメラがその姿を捉えたのもわずか2回。映像から身の丈3m、体重300キログラムを超えるオスと見られているが、警戒心が極めて強く、人前に姿を現さないことから地元では「忍者グマ」とも呼ばれている。

標茶町役場農林課の担当者が明かす。「OSO18」と見られる個体は今年7月だけで5回出没が確認されています。この町にクマが出没することは珍しいことではありません。ただ、OSO18は特別に賢く、放牛への被害が出ているため、町をあげて警戒中です。ハンター歴60年を誇る北海道猟友会標茶支部長の後藤氏がOSO18の異質さを指摘する。

「普通の熊は獲物に執着する、ものです。一番のご馳走である内臓を食べて姿を消しても。いずれ残った肉を食べに戻ってくる。クマを駆除するハンターはその瞬間を狙うのが定石ですが、OSO18は張り込んでいても戻って来ません。牛を襲っても内臓を少し食べる程度。まったく食べないこともあり、遊び半分で殺しているとしか思えない。こんな熊は見たことがありません」

箱縄を仕掛けても、周囲を悠然と歩くだ毛で決して中に入らない。人の動きも熟知している。「OSO18は夜間しか動きません。まるで(狩猟法による規制で)猟銃の使用が日の出から日没に限られていることを知っているかのようです」(後藤氏)

返り討ちに遭う危険
OSO18は、行動範囲が広いことも大きな特徴だ。東京23区の1.6倍ほどの面積を持つ標茶町のほか、隣接する厚毛町でもOSO18による被害が相次いでいる。猟友会厚岸支部の昆布谷事務局長は、「オスのヒグマは一晩で40�劼曚桧榮阿垢襪海箸眥舛靴�ない」としたうえで、こう話す。「その中でも、OSO18は特別。とにかく人目につかないところを選んで移動している。藪の中だったり、車道の近くでもうまくドライバーから目が届かないところを選んで歩く。過去に痛い目に遭った経験があるからこその行動ではないか」

OSO18は神出鬼没だ。行動はやかんにかぎられ、どこに現れるか予想しにくい。「遭遇すれば、銃を持ったハンターでも大きな危険が伴う」と前出・後藤氏がいう。「ライフルの射程は4キロメートルあるが、クマを仕留めるとなったら100メートル以内に近寄らねば撃てない。手負いのまま逃がしてしまうと狂暴なクマを野に放つことになるからです」

頭を狙って仕留められるとは限らない。「眉間に当たればいいが、少しでも外れると硬い頭蓋骨に阻まれる。だから、狙うのは心臓。ところが命中しても息絶えるまで100メートルぐらい走ることがある。急いで次の弾を撃たねばならず、ハンターも命がけです」(後藤氏)昆布谷氏もこういう。「特に秋口だとクマは体にたっぷり脂肪を蓄えているから、胸や腹に撃ち込んでもダメージにならない。その下の胸骨もかなり頑丈。仕留めたクマの胸にたくさんの銃弾が食い込んでいたこともあります」

ハンターが返り討ちに遭う危険性も高い。「昔からクマが出たら鉄砲を持っている人が真っ先に襲われるといわれる。おそらく火薬のにおいがわかるからではないか。クマの臭覚は想像以上。立ち止まってキョロキョロしているおは匂いを嗅いでいる時で、4km先に鹿の死骸があることまでわかる」(昆布谷氏)クマの駆除に参加すれば自治体から支払われるが、金額はごく僅かだ。現場に駆け付ける車のガソリン代や弾薬、銃器の維持費などを考えれば「命がけだけど完全にボランティア」と昆布谷氏は笑う。

市街地にも現れる

現代も続くヒグマの駆除だが、北海道開拓の歴史はヒグマとの戦いだった。1915年(大正4)12月、北海道苫前村(現苫前村)で死者7人を出す史上最悪の熊害事件が起きた。開拓集落に体の大きさ2.7メートル、体重340キログラムのヒグマが現れ、数度にわたって民家を襲撃。7人がクマに殺された事件だ。

最初の犠牲者の通夜にクマが乱入して遺体を荒らしたほか、民家で妊婦を襲い胎児を引きずり出すなど、クマの行状は凄惨を極めた。一方、日高山脈のカムイエクウチカウシ山で発生した「福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件」(1970年7月)では、登山中の大学生5人のパーティーがメスのヒグマに襲われ、うち3人が死亡、人間の食料の味をを覚えたクマが、登山者のリュックサックを狙ったことで起きた悲劇とされる。

道内では、統計の残る1962年以降、ヒグマによる人身事故が毎年発生し昨年までの死者数は163人を数える。現在でも、春先に山菜取りに山に入った人がヒグマに襲われるケースが後を絶たないが、最近は市街地でも油断できない。1921年6月早朝、札幌市東区の住宅街に体長1.6メートルほどのオスの熊が出没。町を徘徊し住民に大けがを負わせる事件が起きた。その後、クマは陸所自衛隊丘玉駐屯地の正面から内部に乱入。40代の男性隊員がわき腹を噛まれるなどした。

現在まで、OSO18によると見られる人への加害は確認されていないが、最悪のケースも想定しなければならない。「道東でも牧場が次々と開拓され、クマが住む森へ人が進出した。そこで繁殖し放牧されている牛を、クマが狙うようになったというわけです。『そのうち人間のほうが檻に入るようになる』と冗談を言う人もいるほどです」(後藤氏)

「クマを殺すな」の抗議
かって道内のヒグマは減少を続け、1990年には5200頭を数えるほどだった。ところが同年に春ぐま駆除が廃止されてから増殖し、2020年度は11、700頭ほどになっている。

今後、OSO18のような賢い個体が子孫を残せば、罠にかからない方法を学習し、食料を得るために人里に現れるヒグマが増える可能性も十分にある。クマが人を恐れなくなれば、偶発的な事件も起こり得るだろう。惨事を防ぐためにも猟友会は大きな役割を担っているが、ハンター側には様々な制約がある。

「まず弾が入手困難。主に銅製の銃弾を使うが、多くはアメリカらの輸入である。工場がコロナの影響で作業が止まったほか、銃規制がかかるのを見越して買占めが起きているらしく、日本への供給が滞っている。値段も従来の2倍です。銃弾が入手できなければ自治体から要請を受けてもヒグマやエゾシカの駆除ができなくなってしまう」(根布谷氏)

前述のとおり、夜間は発砲できないほか、ヒグマを撃てるハンターに厳しい目が向けられることもある。道内で害獣駆除にあたる自治体関係者が複雑な表情で打ち明ける。「道外からも『クマを殺すのはかわいそう』という声が寄せられる。ニュースで駆除が報じられると業務に差し障るほどの抗議が殺到し、精神的につらい。

命の重さはもちろんわかっているが、人や牛を襲った区は駆除するしかない。狂暴化したヒグマの恐ろしさを軽視すれば、取り返しのつかないことになる」クマとの戦いはこれからも続く。

『週刊ポスト』9.2


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