加藤のメモ的日記
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| 2017年03月04日(土) |
金正恩はもう死んでいる �� |
金正日の影武者は60人
実は、北朝鮮のトップのダミーが取り沙汰されるのは、金正恩委員長が初めてではない。今から20年ほど前、かって金日成主席の警護を担当していた脱北者をソウルでインタビューした時のこと。彼は私にこう証言した。「金日成主席に顔や体形、年齢がそっくりの人間を全国から集めて、一か所に住まわせていた。平壌医科大各病院の隣にある白頭山研究所だ。そこでは金日成主席の長寿の研究をしていて。ソックリさんの健康診断をしたり、様々な薬を投与したりしていた」
私はこの証言が気になって仕方なかった。そこで、2002年9月に「小泉首相訪朝」の同行記者として訪朝する機会を得た際に、宿泊先の高麗ホテルをこっそり抜け出して、その脱北者が証言した場所まで行ってみた。すると、たしかに門の前に「白頭山研究所」という看板が出ていた。門の奥には、白い壁が剝がれ落ち、蔦が絡みついた2階建てのコンクリートの建造物が建っていた。建物の屋上には「21世紀の太陽 金正日将軍様万歳!」と書かれた朱色のプラカードが掲げられていた。しばらく門の前に立っていたが、この研究所で何をしているのかは窺い知ることはできなかった。
金日成主席は、長寿の研究も虚しく、82歳を迎えた1994年7月8日、妙香山の別荘で「怪死」した。いまもって長男の金正日総書記による暗殺説が消えない。謎の多い死である。2代目の金正日総書記は、もっと本格的に影武者を使っていた可能性がある。私がそのことを認識したのは、2008年8月に金正日総書記が脳卒中で倒れた後だった。
この時、パリのサント・アンンヌ病院で精神外科医を務めるフランソワ・グザビエ・ルー医師が計3度にわたって平壌へ赴き、金総書記は何とか一命を取りとめた。北朝鮮は当時、まだ友好関係にあった中国にも、救援要請を出していた。私は後に、中国の病院関係者から、次のような話を聞いた。「人民解放軍の病院に勤務する脳外科医で『神の手』と呼ばれる医師を責任者とする医師団が組まれ、平壌に向かった。だが、北朝鮮側から約60人分ものダミーのカルテを見せられたため、医師たちは『北朝鮮にはこんなにダミーがいるのか』とあきれて帰国してしまった。
金正日総書記のダミーに関しては、韓国の韓恩通信も、次のように報じている。〈金正日に「ダミー二人 公式行事に代理出席。金正日は1980年代半ばから、二人のダミーを用意していた。二人は金正日の代役として、公式行事に出席している。屋外での式典など、狙撃の危険がある場所では、ダミーが登場する。1995年10月10日に行われた朝鮮労働党創建50周年の記念式典は金日成広場で行われたので、ダミーが登場した。本物の金正日は、同じ時間帯で行われた記念レセプションに姿を見せた〉
金正日総書記に関しては、声紋が過去のものと異なっているという分析が出されたり、果てはダミーと実際に会ったという人まで現れたりした。金総書記がダミーを使う理由は、暗殺を恐れているからだとされた。
『週刊現代』3.11
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