加藤のメモ的日記
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2015年02月10日(火) 70過ぎたら死ぬのが楽しみ ��

現役時代の関係を捨てたから

70歳までの人生で完全燃焼し、その後はあえてそれまでの付き合いを断ち切って、人生をすっきりさせてみた、と語る人もいる。外務省国際情報局長。駐イラン大使などを歴任し、防衛大学教授も務めた外交評論家の孫崎享氏(71歳)は、70歳という年齢を人生を一区切りする転換点と位置付けた。公職を辞して独立してからこそ、本当に自分の足で立って、それまでの常識にとらわれない活動ができると考えたのです。そのため私は、70歳を前にして、65歳までの外務省時代の人間関係をすべて断ち切りました。そうしたら、その後の人生がすごく気楽になった。

考えてもムダと知ったから

そもそも科学の目線で見れば、死はむやみに怖いものではない。放射線物理学者で立命館大学名誉教授の安斉郁郎氏(74歳)は、こんな意外な指摘をする。「私たち自身について考えてみると、60歳で定年になって、70歳にもなるとほとんどの人は収入を伴う労働から離れてしまう。趣味に生きようと思っても限度がある。病気にならないかなどと不安は尽きない。社会と遮断されてしまうのではないかと不安に感じる人も多いでしょう。しかし、こと死んだらどうなるかということについては、そう思い悩むことはないと考えています」それは一体どういうことなのか。

科学的に考えると、地球というのは一つの閉じた袋のようなものです。なかにある物質を構成する原子は、増えもしなければ減りもしない。例えばあなたの体の筋肉や皮膚を形作る分子の炭素は、かってミミズやタヌキや徳川将軍やナポレオンの体の一部だったものが、巡り巡って使いまわされているのです。俺が死んだら草葉の陰から見守るとか、人間はいろいろな言い方をしますが、科学的には人間も輪廻転生し、他の生物や環境の中で息づいている。体重70キログラムの人間が火葬場の排気塔から二酸化炭素になって出ていくと、地球上のどこの空気1㎥とっても約12万個、その人由来の炭素原子が入っている。これを計算してすっかり心が穏やかになった。

死を思い煩うのではなく、死を意識してやり残したことを終わらせる。木田氏の場合、70歳で生前葬を考えたことで背負ってきたにをおろすことができた。「生前葬は『厄落とし』みたいなものだという人もいますが、、70歳で厄を落として『死後のこと』を終えてみると、かえって気兼ねなく長生きできるようになった。友達がたくさんできてくれたのをこの目で見ると、やはり嬉しかったね。一旦死んだと考えたことで、大きなエネルギーをもらいましたよ」

死を見つめた経験、江戸の知恵、科学…。理由は様々だが、先達たちが一様に口にしたのは、「70歳からは死を思い悩まず、恐れず、好きなように生きること」のススメだった。一度きりの人生、最終盤は暗く悩ましいものなどと決めつけられてはつまらない。しがらみや世間への義理立てはもう返上して、明るく楽しくいきたいものだ。


『週刊現代』12.20


加藤  |MAIL