加藤のメモ的日記
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2013年07月13日(土) なぜ医者は信用できないか��

よりによって最悪のガン

一方で幾度となくガンの再発に苦しめられながら、末期ガンと死に対して自分なりの折り合いを付けようと、道を探り続けた医者もいる。姫路市・聖マリア病院で整形外科部長を務めていた鍋島氏は、2006年、45歳の若さですい臓ガンの手術を受けた。

「発見当時でステージ3でしたから、見つかりにくいといわれるすい臓ガンの中では比較的早期でした。2月に発覚してすぐに手術を受けたのですが、それからちょうど1年後、肝臓への転移が見つかったのです。なるべく明るく過ごそうと決めていたのに、あの時は夫婦で相当落ち込みましたね」こう語るのは、鍋島氏の妻である幸子さんだ。鍋島氏もまた、自身の闘病を手記として書き残している。その中から当時のこと書いた部分を見てみよう。

〈放射線科医による僕のCT結果のレポートがコンピューター画面上に現れている。―肝転移―全身に戦慄が走った。あらゆる手段をこうして、自分自身の精神安定を保ちながら、その日の患者診療にあたった。もは「患者の気持ちがわかる医師」という段階を超えて「一人の悩める患者」そのものの姿がそこにある〉彼は医者であるがゆえに、検査結果が何を示すか即座に理解した。非常に予後が悪く、ただでさえ「ガンの王様」とも呼ばれるすい臓ガン。それが肝臓へ転移したということは、死を意味する。案の定、担当医からは余命半年と宣告された。

彼は闘病記の中でこのようにも書いている。〈ガンになったおかげで、僕はたくさんのことを学んだ。残された時間が長くないことで、一日一日を大切に生きていく姿勢を学んだ。ガンになったことを僕は心から感謝する〉最初のすい臓ガン発病から、ほぼ5年がたった2011年2月。二人目の孫の誕生を見届けたのち、50歳の誕生日を目前に鍋島氏は亡くなった。両肺への転移があり、最後の数カ月はかっての勤め先だった聖マリア病院のホスピスで過ごした。家族と親戚に囲まれた、穏やかな最期だった。

すい臓ガンの5年生存率は、手術を受けてもわずか10〜20%であり、胃ガンの約70%、大腸ガンの約73%などと比べればいかに難しいかがわかる。だからこそ、家族をはじめ精神的な支えを得られるかどうかが明暗を分けるのだろう。

これが医者の限界

篠田氏もまた、鍋島氏と同様に医者であるからこそ、自分の病状がどれほど悪いか担当医に言われずともピンときてしまった。そして日頃から多くの人の死に接している医者でさえ、治癒の見込みが薄いと知った時には、取り乱し、絶望し、そして涙を流す。「迫りくる死にどう向き合うか」ということは、医学における大きな未解決問題なのである。

手術する前に『うまくいくはずだ』と考える患者さんや、生き生きしている患者さんはやはり予後もいいものです。ただガン患者の中にはどうしても治らないという方もいます。そういう人を、現在の医療は見放してしまっているのではないかと思います。医師も人間ですから、努力して治療すれば治る人には目をかけたいし、どうしても治らない人はおろそかになる、という気持ちがあることは否定できません。しかし、本当は治癒の難しい患者さんほど、しっかりと診なければいけない。『もう打つ手はない』と見放されてしまうのが一番辛いですからね。


私の場合、次にガンを再発すればもう放射線治療を受けられません。外科的治療も非常に難しいでしょう。手術も放射線も抗ガン剤も結局は限界があるのだということです」(篠田氏)人生のタイムリミットがいよいよ目前に迫ったという時、医者にすがったとしても、もはや助けにはならない。


『週刊現代』7.6


加藤  |MAIL