加藤のメモ的日記
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北朝鮮より壮絶な陰謀と裏切りの中国史
薄熈来の次は習近平!? 暴走する胡主席 「政敵謀殺計画」
繰り返される謀殺、死刑、追放
国家権力に狙われればいかなる実力者であっても全てを奪われる。日本の小沢裁判にもそんな雰囲気はあるが、中国の壮絶さはケタ外れだ。重慶市”汚職スキャンダル”はとうとう”殺人事件”にまで発展し、次世代の中国を担うといわれた男は。政治的どころか、社会的、生物的にも抹殺されようとしている。
一時は権力の絶頂にいた人物が全てを剥ぎとられ、命をも危険にさらされるという謀略劇は中国政治のお家芸だ。今回のような事件は歴史的に何度も繰り返されてきた。
文化大革命の時代、毛沢東主席に次ぐナンバー2として後継者に指名された林彪副主席の例がもっとも有名だ。毛主席から裏切りを疑われ、「極右」と批判されされるなど失脚の危機に直面した。これは林副主席の”反逆的行動”を誘い出そうとする毛主席の謀略だったとされる。病弱で神経質な林氏は自身が殺されるかもしれないと不安を抱き、息子らにクーデターを実行させたが失敗。林氏は妻や息子、腹心の部下ら総勢9人で逃走し、ソ連に向かった。しかし途中で飛行機が墜落し、全員が死亡したのである。墜落原因は不明だが、中国軍が撃墜もしくは爆殺したとの疑惑が根強い。
毛沢東の妻・江青氏も謀略の罠にはめられた。文革中には権力の頂点にいた江青氏ら4人組だが、1976年9月、毛主席が逝去すると、一ヶ月もたたないうちに4人組は逮捕される。その後、毛主席や4人組に迫害され失脚した��小平が復活。そのもとで4人組裁判が行なわれたが、江青氏らの極刑は最初から決まっていた。判決は執行猶予付き死刑。無念のためか、江青氏は獄中で首をつって自ら命を絶った。
謀略の政治史は、その後も脈々と続く。中国共産党総書記を務めた趙紫陽氏の死に様も哀れだった。‘89年の天安門事件で民主化学生を指示したとの理由で総書記を更迭され、すべての役職を解任された。犯罪ではないので裁判沙汰にはならなかったが、24時間365日の厳重監視体制による自宅軟禁が一生続き、行動の自由は完全に奪われ、05年1月m85歳で衰弱死した。
趙紫陽氏の後任として総書記に就任した江沢民主席も謀略好きだ。上海が政治基盤の江氏に敵対した陳希同・北京市党委員書記を失脚に追い込むために、陳氏の腹心である王宝林・副市長を汚職で拘束し、拳銃自殺に追い込む。さらに、江氏は陳氏にも「監督責任あり」と難癖をつけて職務を解任。さらに汚職で逮捕し、党籍を剥奪。裁判では懲役16年の実刑判決が下された。陳氏はがんの治療で06年7月つ保釈され、今も入院しているとされる。
逆に江氏が謀略にはめられたのが、06年9月の陳良宇事件だ。仕掛けたのは胡錦涛主席だ。上海閥のホープ的存在だった陳良宇上海市党委書記が汚職の容疑で身柄を拘束され。08年4月、裁判で懲役18年の実刑判決を受けた。汚職事件というが、主な容疑は上海市の公的事業に社会保険基金を流用するというもの。中国ではどこの地方自治体も多かれ少なかれ流用しており、胡主席が難癖をつけて逮捕容疑に仕立て上げた謀略の性格が強い。
中国では共産党が司法、立法、行政の三権の上位に位置することから、裁判とは名ばかりで、始まる前から判決が決まっている「人民裁判」といえる。中国では権力を握っていれば、法律だろが、裁判だろうがすべてが意のままだ。まさに北朝鮮顔負けの独裁体制なのだ。
『週刊ポスト』5/18
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