加藤のメモ的日記
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2012年09月05日(水) もう一つのアナンプルナがある

昭和28年の夏、サッカーの全国優勝と大学受験を志しながら読んだのは、『処女峰アナンプルナ人類最初の8000�段�登頂』(モーリス・エルゾーク著、白水社)だった。アンナプルナとは、ヒマラヤ中部に連なるアンナプルナ山群の中の標高8091�辰離▲鵐淵廛襯�I峰のこと。地球上に14座ある標高8000�丹幣紊了海�10番目に位置している。

1950(昭和25)年6月3日、フランス登山隊9人のエルゾークとルイ・ラシュナルの二人が登頂に成功した。8000�段�の山頂に人類が到達した最初の瞬間だった。最高峰エベレスト登山は3年後、エリザベス女王戴冠の年だった。歴史的な登頂のあとは、壮絶過酷な下山だった。疲れ果てた二人にすさまじい嵐が襲いかかる。積もった雪の下は蒼白の氷だ。夜が迫る。思考力が弱まってゆく。靴も手袋も凍ってしまう。手足の指が凍って感覚を失う。手袋が滑り落ちて消えてしまう。凍傷だ。

完全に方向を見失った。第5キャンプで待っていた仲間のレビュッファたちは、雪にやられて視力を失う。危険なクレバス(氷の割れ目)に逃げ込んで夜明けを待つ。雪崩で埋まる。手足は何の反応も起こさない。死ぬことがもう苦にならない。喜んで死を迎えよう……。

死線をさまよい、最後はシェルパーたちに助けられながら、奇跡的に死者を出さずに下山する。登頂した二人の両手足の指を、腐ってゆくのと競うように、次々に切り落とす。こうして、理想の達成と引き換えに、手足の指のほとんどを失ったエルゾークは最後に託す。「新しい生活が始まる。人間の生活には、他のアナンプルナがある……」

この言葉は、2000年版、山と渓谷社の前掲書によるのだが、何故かしら僕の記憶は「人生にはもう一つのアナンプルナがある」なのだ。まちがいかもしれないけれど。栄光の人も失意の人も、誰だって新しい生活の中で、「もう一つのアナンプルナ」を生きなければならないのだ。



『週刊現代』9/8



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