++るうの独り言++
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・・・字間違いではない。そういう言葉があるそうな。 成人式は20歳の対象だが、盛人式は50歳が対象。
ふ〜ん。
20歳の成人式御乱交 ヾ(- -;) を憂いた中高年が、 「親世代の自分たちが20歳の若者に人生のお手本を示し、50歳という年令を節目に今までの人生を見つめ直し、これからの人生を考えるきっかけにしたい」 ということなんだそうな。
ふ〜ん。
親の不行届きを、こうやって償うのか、などといぢわるーな感想をもったりもするが、 一部の地域だけでなく、全国的に注目されており、各地で盛り上がってるそうな。式の内容も充実しており参加者もとても楽しく過ごしたとのこと。
ふ〜ん。
でね。 こりゃ、ついに、若者は見捨てられつつあるんじゃないか? などと思ったのであった。 「日本社会に何の貢献もしようとしない」「将来への期待や展望が何も無い」「努力しない」 それでいて、「日本が悪い」などと他に責任転嫁し続けて、権利だけ主張する若者に、 子どもに甘い日本の大人たちも、さすがに我慢の限界に来てるのじゃないか、と思った。 『もう、いい。おれたちはまだ元気で十分動ける。しょうもない若者なんかに期待はしない』 とかね。 少子化時代だもんねー。数が少ないから戦力としてあてにならなくなってくるってことだもんねー。
とはいえ。
若者(子ども)たちに、その勘違いを、じっくりしっかり諭してやるような 片目つぶりつつ、勉強&修行させてやるような そんな社会環境がないのは、問題。 そういうことで、日本に居場所がなくなった若者が、自分の技量能力を勘違いしたまま、海外に出て、結局またあっちこっちに大迷惑かけて戻ってくるという状況がこれからも起こるだろう。(笑)
とはいいつつ。
とくに、過酷な競争社会の現実では、昔のようにのんびりそんなことやってられないのもたしか。一人を0からのんびり育てたりすれば、会社全体が傾く。そもそもそんなことをする義理は組織にはない。 会社や組織が、人材を取捨選択するのは、十分に分かる。ある程度希望にあった人材を求めるのは当然。 最低でも「挨拶ができて、元気でしゃべれて行動できる」若者が必要で(笑)、そうでない人間が弾かれてもしょうがないとも思う。
ふ〜む。
結局この高齢社会日本では、若者を育てる、ということができるのは 「家庭」だけかもしれない。 そりゃ、当然なんだけどさ(^^ゞ これからはことにしっかり見つめ直さねばならないと思う。 今までのんきに、「学校におまかせしまーす、地域におまかせしまーす」と 他人任せにしてきた親の因果が子に酬い、という時代がついに来ちゃったか、と 怖くなったのだ。
・・・いやはや。 ラジオから流れて来た一言に、朝からいろいろ考えちゃったなあ。
◆昔の今日の記事
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