++るうの独り言++
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※注意:今日が私の誕生日だと言うわけではありません。
淀川さんが、「自分の誕生日は母親とだけで過ごす。誕生日は母に感謝する日だ」とかいうことをいっていたように思うが、この年になるとそれをなるほどな、と共感する。 子どもの誕生日を盛大に(笑)祝うのは 喜ぶ顔が見たいのと、生まれて来て喜んでる人が必ずいるんだよ、ということを見せてやりたいのと、よくぞ生まれて来て親を喜ばせてくれてありがとう〜、という気持ちがまじりあってる気がする。つまり、子どものためにするってーよりも、親のためにしている感じがするのだ(^^ゞ
だから「わたし、今日誕生日!」「おめでとうー!」 とかいうやり取りは、(他人はどうあれ)私自身はもうなんだかこそばゆくてだめー。はっはっは。
私が生まれて来た証は、子どもたち。 私たちが、私たちの親が、またその親が、そのまたまたまた・・・ 名もなき人々ではあるが、子どもたちがここに存在している以上、彼らはたしかにこの世に存在し一生懸命生きたのである。その確たる証拠なのである。 もっと別の方法で証拠を残す事ももちろんできるけど、私は平凡であるがもっとも確実な方法を選んだ。 そう、名もなき人々の人生を『無』にはしていない、確実に残したという自負も少しある。
子どもを産むってことはそういうことなんだろうな、 誕生日がめでたいのはそういうことなんだろうな、と るう@年より は思う。
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