甘えた関係

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2004年09月03日(金)
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隣の部屋から、いつものように、ゲームの音が聞こえてくる。
壁一枚隔てていなければ、きっと五月蝿いと思っていただろうな、と思う。
隔てているからこそ、ちょうどいいBGM代わりとして受け入れられるのだろう、と。
『なぁ』
押し戻されたようにくぐもった音が、20分ほど前から指示通りに柔らかに締めてあげていた首から響く。
少しだけ、締めていた手の力を和らげると、あたしの両親指の腹の下で、のどぼとけがごくりと動いた。
『もうちょっとつよく、ほら、こないだと同じくらいでたのむよ』
このあいだは、今日と同じくらいの強さで充分満足をしていたはずだ、そして、その前は、タオルで首を包んだ上で締めていた。
耐性ができているのだ。
男の首から両手をはずし、ため息をつく。
ひたいにはじんわり汗が浮かんできていて、前髪がはりついてきそうで不快でたまらない。
最中にエアコンをつけることを、部屋の主である男は厭う。
プールに入る前にする体操のように両手をかるく振ってから、指を蠢かしほぐす。
締め上げる前にいつもする、そのあたしの姿を見て、男は、ひな鳥のように「はやく、もっと」と首を少し伸ばした。
この男はなんであたしに首を差し出すようになったのだろう。
そしてなんであたしは首を締めるようになったのだろう。
気がついたら、習慣になっていた。
授業が終わったら、帰り道の途中にある男の家に自転車を停めて、ゲームをやらせてもらって、首を締めて、自転車に乗って帰宅する。
表札を出していない男の名前を、あたしは知らない。
男も、あたしの名前なんて知っていないと思う。
首を締めたくて、この男と知り合ったはずじゃなかったのに。
この前来たときに、自己紹介を遅ばせながらしようとしたが、『知られていないやつにやられるのがいいんだ、中身を知ったら楽しくできない』と断られたことを思い出す。
首を締めたくて、この男の部屋に入ったわけじゃなかったのに。
昨日の帰り道、男がコンビニの袋を手から下げて、同世代の女と一緒に楽しげに笑って歩いているのを見かけたことを思い出す。
そんなふうに、男にあたしももたれかかりたかった、甘えたかった、コンビニの袋を持って他愛もない話題で笑いあいたかった。
こんな関係を思いついてさえいなかったのに、何故。
微かな咳とともに、男の両膝を割って入っていたあたしの腰を、ぎゅっと囲うようにして男が締め上げた。
制服のスカートを捲り上げ、そのまま触れてくる男の足の毛が、ざりざりとして気持ちが悪い。
シーツの上にだらりと弛緩して転がっていた男の手が、びくんと何度か痙攣をしたのを確認して、ゆっくりと男の首から両手をはずしたとき、消えているブラウン管にうつっているあたしと目が合った。
咳こみながらしばらくシーツの上で荒く息をし終えたあと、
『今みたいなかんじで今度もしてよ』
鬱血して赤くなった顔のまま、男は言った。
もう二度と、この家に足を踏み入れるなんてヘマはしないと思った。

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