甘えた関係

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2003年02月02日(日)
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夜中の3時、パン屋に入った。
別におなかもすいていないし、たいしておいしそうでもないパン屋だったんだけれど、ピザを3枚、サンドウィッチを1つ、デザート用のイチゴのあまいのを1つ。
帰り道、マンション内の公園を歩いていたら、ジェイソンにあった。
映画のとウり、ぷちぷち穴のあいた白いマスク。
死体もないのに、血塗れた斧。
シューシュー言いながら近寄ってきたから、「これ、ちょーおいしいんだよ」って言って、買ったばかりのパンを投げつけてみたら、ハグハグ食べてた。
食べてる姿確認したら、歩道橋を駆け上がって、グラウンドをつっきって。
その間も、何か忘れてる、何か忘れてる、ずっとそう思っていた。
着いたところは、あるはずのマンションではなく、色は確かに白いけれどアパートだった。
なんでだろう。
いつの間にか、あたしの姿は、27歳くらいの髪の長いオーストリア顔のスタイルはまぁまぁの女の人。
さっきまでジーンズだったハズなのに、纏っているのは、赤ワイン色のヒザ上ワンピ。
でもなんでジーンズなんて履いていたんだっけ?
ジェイソンに遭っていたのはこのあたしで、あのあたしではなかったような気が。
そもそも、あのあたしって、なんだっけ。
拡散して、1人分の記憶のみ集約。
自分の家に入る。
あたしには夫がいる。
今日はまだ帰っていないけれど、とても優しい目をした夫が。
窓のある方向から、ガタンという音がする。
振り向くと、窓の隙間から顔をのぞかせている、ジェイソン。
何も考えずに、あたしは、銃をとりだし、撃つ。何度も。
やがて、白いマスクは剥がれ、出てきたのは、あたしの夫、とてもやさしい目をしている人。
傷ひとつないカオで、あたしの方をやさしい顔をして見ている夫。
指のこもっている力は止まらない。
撃つ。何度も。
おかしい、撃っているハズなのに、音が聞こえない。まったく。
夫から血は流れない。なんで。なんで死んでくれないの。
撃つ。何度も。
背後から悲鳴。
振り返ると、あたしよりも丈の長い黒のワンピースを着ている女。
夫の愛人。
黒くて長い髪をして、あたしと同じくアクセサリィは何もつけていない、あたしと同じくらいの年齢の女。
ドアの隙間から顔を出して、叫んでいる。
夫を撃つのをやめて、追いかける。
彼女は非常階段へ。あたしも非常階段へ。
ドアが閉まる音を背に聞きながら、彼女は階段を駆け下り、あたしも階段を駆け下りた。
ねぇ、なにかあたしは勘違いをしている。
こんなこと現実に起こるはずのないこと。
これは映画の世界。
夫の愛人とその妻が閉じ込められた10Fから1Fまでの非常階段のハナシをただただ綴った、映画の世界。
その証拠に、彼女が両手で懸命に開けた唯一のドアの向こうには、掃除道具が置いてあるだけ。
入ってきたはずのドアは消えた。もちろん、各階にあったドアも。
悲鳴もあげずに、その事実を受け入れる、あたしと彼女。
少し待ってみましょうか。
待ったら何が起こるのでしょうか。
彼女が語る。
『彼とはバーで出会ったの』
やめて、そんな三文小説みたいな出だし。
空中に浮かんだその情景は、やがてあたしと彼女を飲み込む。
隣にいたはずの彼女は、黒いロングワンピースのまま、ピアノの前へ。
夫はピアノを弾いている。そう、それが彼の職業。
クラッシック。
箱型のピアノ2台が向かい合っていて、夫と向かい合ったピアノには彼女がいる。
彼女の指、あんなに綺麗だったのだろうか。
二人真剣な顔をして、でも、口元は笑っている。
指が二人軽やかに動いている。彼女の指はとても長くて。
彼女のことしか目にはいっていない。
情景がまたかわる。
白い空間。
朝靄のなかの、部屋。白い壁に、天井まである長方形の窓がほとんどで時々細い長方形の白い壁がある、部屋。
窓も白く曇っている。
ベッドの上に、彼女がいる。夫もいる。
夫はスーツを着たままで、彼女は白いワンピースを着ている。
けれど、そのワンピース、なんだか彼女にはぶかぶかしているみたい。
彼女の肌はとても白い。さっきまで黄色かったのに、今はただ白い。
『腕を切り落とすなんて、絶対イヤなの』
『でも切り落とさないと、君の病気は進行してるんだよ?』
『だって、弾けなくなるなんて、意味がない』
左の肘のところから、彼女の手は急激の細くなっていく。
骨もはいっていない、くにゃくにゃっとした腕に。
その手首からは、黒い血が。
夫はそれに気づいていない。
彼女はあたしが見ていることに気づいている。
夫は、夫はもうそんなに重要ではない。
彼女のただの背景。
彼女の肌の色がとても白くて、とても綺麗で、ずるいな、なんて思っていたら、あたしは愛人の存在を受け入れてしまっていた。

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