甘えた関係

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2002年12月19日(木)
ブルーベリーマシュマロ
彼が殺されているとき、何も感じなかった。
彼が殺されたあとも、何も考えなかった。
ただ、あぁ、こういう人間でも殺されるんだ、そう思った。
趣味の悪い点線のように縦にずぶずぶと何箇所も刺した犯人は、ワンシーズンくらい経ってから逮捕された。
その連絡を聞いたときに、初めて、何かが解凍されたような、そんな気分になった。
彼はどういう人間だったのか、あたしはどう思っていたのか、事件はどういうものだったのか。
趣味が悪い点線のように縦にずぶずぶと何箇所も刺した気分はいかがでしたか?
そう犯人に聞きたかった。
頬をつらぬき、首をかすめ、肩に、胸に、腹に、太股に、ふくらはぎに、刺した気分は、いかがでしたか?
彼が抵抗をして、あなたの腕を深く引っ掻いても、静まることなく刺し続けた、そのときの気分はいかがでしたか?
心配をしなくてもいいのです。
だって、彼はあたしにとってそんな重要な人物でもなくて、ただの知り合い、たまたまフルネームを交換しあっていただけ、それだけですから。
図書館で時々見かけては互いに気をゆるめていた、それだけなのですから。
外見がではなくて、第一印象が、彼の持っている空気が、ちっとも怖い人じゃなくて、白旗をあげるには丁度いい人間。
彼が言うには、あたしの持っている空気は、とても閉鎖されていて緊張をさせるものらしくて、あまりにそうだから、少しちょっかいをかけてみたくなるものらしいけれど、だからいきなり名乗ったらしいのだけれど、それは別にどうでもいいの。
重要なのは、彼が、あたしにとってはちっとも怖くなくて、白旗を他人にいとも簡単にあげさせてしまう人間っていうことで、その彼が趣味の悪い点線のように縦にずぶずぶと何箇所も刺されて死んだということ。
先月、ゼミで行った刑務所には、その犯人が収監されていたらしい。
バスのなかでゼミの先生が、「どんな悪人がいるか」という例えで出した話のひとつはその年月からも内容からも、明らかにその人のことだった。
復讐とかそういうのじゃなくて、ただ、テレビ画面に映し出された犯人のカオを、あたしは覚えていて、感じは少し変わっているだろうけれど、犯人を見ることができるかな、そんなことを考えていた。
みんな、スタンプみたいに一様に先生が話したその事件のことを信じられないというカオをして聞いていたけれど(それは演技だったら大根で、素だったら数の意味しかない)、あたしは少し微笑んでいた。
知っているのよ、あたし。
そのこと、知っているのよ。
だって、殺された人はあたしの知り合いだったのだから。
警察の人が何か事情を聞きにくる、そんな何かを得られるような近い知り合いでも、ひっかかるようなおおっぴらの知り合いでも、なかったけれど、でも知り合いだったのだから。
誰にも一人にも言わなかったけれど。
なんで言わなかったのかというと、彼を、その時のことを、道化にしたくはなかったから、それと、なによりもったいないから。
彼のことを、あたし、フルネームしか知らなくて、話した内容はほとんど例え話で、でも、彼のその雰囲気を知っているだけで、なんだか全部知っているような気になって満足をしていた。
殺されてから気づいた。
それとも、殺されてから欠けた。
ぜんぜん満足してないこと、していないこと、できていないことに。
ときどき、ホントときどき、一年に10日あるかないかくらい、頭のなかで彼とのことを再現をしては、時計を見て、経った時間を数えて、思う。
でも、もうぜんぜん遅いから、プロファイルなんてもうぜんぜん遅いから、犯人に聞いてせめてもの情報を知りたかった。
どういうふうだったのか。
彼を殺したとき。
どういうふうに彼が死んでいったのか。
それをみて、どう思ったのか。
彼を殺した理由より方法を知りたい、なんて、最初は思っていたくせに、もう、そんなの、ぜんぜん嘘。
知りたくてたまらない。
どうやって、どうして、なんで、どんなふうに、なぜ、
彼を?
知りたくてたまらない。
唯一、まだ残っているもののうち、彼の家族を訪ねて聞くなんてとっぴなことじゃないから、あたしにも手が届きそうな情報だから。
それに、あたし、知って泣きあいたいんじゃないの。
欲しくてたまらないの。
こーいうときに人を殺すかもしれないんだわ。
そう思えるほどに、欲しくてたまらないの。
その時のことを、忘れようとなんてしないで、悪夢だっただなんて思って消し去ろうなんてしないで。
無くさないでよ。
もし無くしたのなら、それこそ、もっと、こーいうときに人を殺すかもしれないのだわ、なの。
一年に10日あるかないかくらいの、そのうちの何秒かを、その為に時間を使うかもしれないわ、なの。

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