| 2026年10月09日(金) |
高齢者こそ自動運転を! |
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免許返納しない高齢者が暴走事故を起こして若い命が奪われるという悲劇が頻繁に起きる。どうすればそのような悲劇を防げるのか。簡単なことである。ゼニで解決すればいいのである。たとえば75歳以上のドライバーはテスラのような自動運転車しか運転できないということにすればいい。そのゼニがない人は車を諦めるということにしたらいいのである。
オレは日々クルマを運転していて、挙動不審のクルマに遭遇すると横に並んでどんなやつが運転してるのか確かめることが多い。たとえば時々朝の通勤時に遭遇する時速30キロくらいでオレの前を走って進行を妨害する軽トラは、超高齢のジジイがハンドルにしがみつくような運転ポジションをとっている。こういう老人は目の前に子どもが飛び出してきたらパニックでブレーキの代わりにアクセルを踏んでしまうのかも知れない。
スーパーの駐車場で枠内にちゃんと駐められずに何度も何度も切り返しをしている高齢者にも「自動駐車機能」が有効なのは言うまでもない。実はオレは今乗ってるクルマを試乗したときに、駐車サポートしてくれるそのオプションを体験したのだが断った。そんなものなくてもちゃんと枠のど真ん中に一発で駐められるからである。しかし、下手くそにはこれは確かに有効である。
クルマはどんどん進歩している。アクティブクルーズコントロールとか、プロパイロットとかの運転支援機能はこれからも発達するだろうし、オレは駐車時にアラウンドビューモニターに助けられている。バックするときにミラーではなくクルマを上方から見た画面で確認するのが普通なんだが、もちろんミラーを見て後方確認することも忘れていない。そして思うのは「こんなに便利なものがいっぱい付いてるから今のドライバーは運転が楽ちんだろう」ということである。それでもぶつけてしまうような人は運転に向いていないのだと思うのである。
オレはあと何回車を買い換えるだろうか。どのクルマがおれにとっての「終のクルマ」になるのだろうか。そんなことを考えるのはまだまだ早いのだろう。逆にオレが思うのは「欲しいクルマがない」ということである。なんでこんなにクルマは大きく重くなってしまったのか。なんでモデルチェンジのために不細工なデザインになるのか。どうしてみんな同じ顔をしているのか。昔のクルマみたいにカッコいいデザインはもう作れないのか。そんなことを思うのだ。
2015年まで三菱FTOに乗っていたオレは、BRZに買い換えようかなと思ってスバルのディーラーに行き、来客用駐車場に駐められていたBRZの隣に並べてFTOを駐めた。2台並べてみていて、どう考えてもFTOの方がカッコいいデザインじゃないかと思って結局BRZを買うことはなかった。後にオレが後継車として選んだのはホンダS660であった。
若者にクルマが売れなくなったのは竹中平蔵のせいで日本が貧しくなったことが一番の原因だが、もうひとつの原因としては安価で手に入れやすいカッコいいクルマがなくなったということが上げられる。
オレはいつまでもクルマに乗っていたい。そうなると自動運転のアシストは欠かせない。そういうわけでオレはクルマの未来には興味があるが、大きく馬鹿でかいクルマはいらないという点は自動車メーカーに理解して欲しいのである。なんでマツダはマツダ2やCX−3の生産から撤退するのだろうか。
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