2022年08月13日(土) |
日本軍はなぜ負けたのか? |
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NHKスペシャル『ガダルカナル 悲劇の指揮官』を視聴した。圧倒的な兵力差の中で部隊を突撃させ全滅させた一木清直大佐のことは、日本兵の強さを過信して無謀な攻撃をした愚かな指揮官だという文脈で語られてきた。しかし、必ずしもそうでないということが今回の番組でわかったのである。
海軍と陸軍が仲が悪かったということはよく語られるし、それも日本軍の敗因の一つだろう。補給や兵站を軽視した戦い方もまた指摘される。第一次ソロモン海戦と呼ばれる1942年8月8〜9日に起きた戦いで、三川軍一中将率いる第八艦隊は、当初の目的であったガダルカナルへの物資を運ぶ米輸送船団を壊滅させるという目的を果たさず、軍艦を沈めるという目的を果たしただけで反転帰投する。国内では「大戦果」と報道されたが、大量の物資揚陸中だった米輸送船団には被害が無く、十分な食糧や弾薬、そして戦車までも米軍はガダルカナル島に揚陸させ、その戦車は一木支隊を掃討するために使われたのである。
海軍からみれば。輸送船を沈めてもそれは戦果とは見なされなかったのかも知れない。しかし、大量の兵を維持するためには食糧は不可欠である。もしもそこで輸送船団が壊滅していればガダルカナルでの戦いは全く違った様相を呈しただろう。
三川中将が輸送船攻撃を行わずに戦場を離脱した理由として、米空母からの攻撃を恐れたということもあげられる。ミッドウェーで空母4隻を失った日本海軍にとって、軍艦を損耗する可能性は減らしたい。だから「一撃離脱」で早く戦場から離れたかったのだということも言える。これはレイテ沖海戦で栗田中将がレイテ湾の米輸送船団を攻撃しないで反転北上したことと重なる。
現場での指揮官がその瞬間にどのような考えでいたのかは知るよしも無いが、その時点での日本軍の戦略目標は、ガダルカナルに飛行場を建設して航空兵力の不足を補うことであり、そこに米軍が飛行場を建設して確保してしまえばもはや制空権は完全に奪われてしまうのである。兵員1万人以上を喰わせるための物資を積んだ米輸送船団が壊滅すれば米軍はかなり苦しい戦いをすることになっただろう。
私が読んだことのある架空戦記の中には、ガダルカナルの米軍を孤立させ補給を断ち、その全員を投降させることで和平交渉に持ち込むというものがあった。フィリピンでバターン半島に立てこもる米部隊が降伏したことからもわかるように、補給の無い中で米軍は戦わない。それははっきりしているのである。日本軍は十分に支援のできない状況下で増援部隊をガダルカナルに送り込み、地上戦で飛行場を奪回しようとした。しかし、補給さえ断てばそれだけで戦わずに降伏させることが可能だったのである。兵に喰わずに戦うことを強いるのは日本軍だけだ。そういう状況になれば兵士はあっさり降伏するのだ。今起きているウクライナでの戦いもそれは変わらない。
補給や兵站を軽視した日本軍はインパール作戦でも多くの犠牲を出した。そういう部分は戦国武将たちの方がはるかに優れていたのかも知れない。豊臣秀吉は何度か兵糧攻めという戦い方をしている。鳥取城攻めの時は城内の米を放出させるために風評まで流して大量のゼニを使っている。その戦い方で結果的に味方の損害を減らすことができるのである。
日本軍は真珠湾攻撃で米軍の戦艦を何隻も沈めたが、空母は真珠湾には一隻もいなかった。もしも上陸部隊を派遣してそのままハワイを占領していれば米空母は帰るべき港を失ったわけである。
今起きているロシアのウクライナ攻撃は果たして先の見通しのない戦いなのだろうか。ロシア軍の補給や兵站の問題点は西側メディアによって多く報道された。実際の戦いがどのような形で行われているのか。いずれ起きる中国軍による台湾攻撃のことを考えつつ、オレは戦争について考えるのである。
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