年末年始になると帰省客のために新幹線や高速道路が混雑する。少なくとも「帰省」するという文化が存在するということは、帰るべき故郷があり、そこに両親や一族が存在するということなのだが、このような文化はいつまで継続するのだろうか。
オレはもう帰るべき田舎を持たない。父の実家はクルマで30分くらいのところにあるが、その当主である従兄弟に別に会いに行く予定もないし、母の実家のあった鹿児島県の坊津なんてもう家もなくなって荒れ果てている。中学生の頃は夏休みに帰省して海で遊んだりして過ごしたものだが、最後に坊津に行ったのは高校生の頃だろうか。
むしろ我が家が家を出た息子たちが帰ってくる場所となっている。1月1日から4日まで、今働いている埼玉から帰ってきた次男が滞在していたのである。
民族大移動とでも言うべき大渋滞が東名や名神で発生し、新幹線の自由席の乗車率が150%くらいになるというのは利用者にとってはかなりの苦しみをもたらすわけだが、上手に混雑を避けて移動すればいいわけで、昔よりもそうした混雑はかなり緩和されてるのかも知れない。それよりもオレが関心を持つのは「帰る」というその行動の意味なのである。人はなぜ田舎に帰る必要があるのだろうか。帰りたいと思うのだろうか。
今、田舎には働く場所がない。若者がほとんどいなくなって、大きな家に老人だげが住んでいるというのが普通で、それは田舎には若者の働けるような場所がないからなんだが、その老人も死んでしまうとあとは空き家になる。そうなると廃墟になるだけである。
田舎に帰るべき場所が存在するということは、昔はセフティネットの一つだった。失業したり、離婚したりして生活が困窮した場合は田舎に帰ればよかったのである。公的扶助に頼らない血族間の相互扶助のような仕組みが存在したし、田舎には小さな子の面倒をみてくれる親がいたわけで、出戻り娘を受け入れてくれる環境が存在した。今、離婚して養育費をもらえずに苦しむ親が多数存在し、それを生活保護などの仕組みでカバーすることが昔に比べてよいことなのかどうかオレにはわからない。
我々の生活が失ってしまったものを、公的な制度が完全にカバーすることは無理だ。しかし生活はどんどん変化していく。帰るべき田舎の家はどんどんなくなっていくし、血族間のつながりも薄れていく。昔は葬式といえばかなり遠い親戚まで集まったものだが、今は家族葬が主流となってしまった。そうしてどんどんつながりは失われ、自分の親族にどういう人がいるのかわからなくなっていく。そうした親族間のつながりを拒否したり面倒だと感じている人も多い。
我々がいつのまにか失ってしまったものは、後から手に入れようとしてももはや不可能なことが多い。この年末年始の民族大移動という習慣ももしかしたら50年後にはなくなってるのかも知れないし、あるいは日本人の構成が劇的に変わってそのルーツが海外居住者になってしまった時、新たな帰省文化が生まれるのかも知れない。
孫たちが次々と実家に帰ってきて、おじいちゃんおばあちゃんがニコニコしてお年玉を渡すという幸福な状況はいつまで見られるのだろうか。お正月を田舎で過ごすという日本の習慣はいつまで存続するのだろうか。
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