2014年11月16日(日) |
この外道をなぜ死刑にできないのか |
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オレは朝日新聞のこの記事を読んで激しい怒りを覚えた。
エイズ感染知りながら強姦、懲役23年 横浜地裁判決
朝日新聞デジタル 11月15日(土)16時11分配信
エイズウイルス(HIV)に感染したことを知りながら女性5人に乱暴したとして、強姦(ごうかん)致傷や強姦などの罪に問われた住所不定無職、三木英夫被告(49)の裁判員裁判で、横浜地裁(鬼沢友直裁判長)は14日、懲役23年(求刑懲役30年)の実刑判決を言い渡した。
判決によると、三木被告は2012年7月、横浜市内の住宅に侵入、女性(当時21)を脅して強姦し、1週間のけがを負わせるなど、計5人に乱暴したとされる。
判決は「犯人がHIVに感染していたことを知り、被害者らがどれほどの恐怖と不安を感じたか。HIV感染で自暴自棄になり、鬱憤(うっぷん)晴らしとともに性欲を満たそうと犯行に及んだことは、動機にくむべきものはない」と指摘した。
なぜこの外道が死刑にならないのか。なんの落ち度もない被害者の女性をHIV感染させればそれによって彼女は幸福な人生を奪われるのだ。これからの結婚や出産で大きなリスクを背負うのである。これはある意味、殺されるよりもはるかにつらいことかも知れないのだ。それなのに懲役23年という刑はあまりにも軽すぎないか。オレは鬼沢友直裁判長に重ねて聞きたい。検察の求刑30年がなんで23年に短縮されてるのか。この外道を何か減刑する理由があるのか。もしもあんたが「はいはい、求刑の8掛けね」などと考えて判決を出してるのなら、裁判官失格だ。さっさと職を辞してくれ。こんなクソ野郎には求刑を超えて死刑判決を下すのがそれが正義というものではないのか。
明治維新の時に日本では「仇討ち」が禁止された。つまり、被害者は自分の手で加害者に報復することが不可能になったのである。その復讐をかわりに司法の手で行ってくれるのが裁判という仕組みじゃないのか。強姦という形でその尊厳を踏みにじられた女性が加害者の男性を「殺してやりたい」と思うほどに憎むならば、それを叶えるのが司法の役目であるとオレは考えるのだ。
それでも死刑が重いと判断されるのならば、この外道にはもっと別の苦しみを一生背負わせるべきだとオレは思うのである。たとえばこの男が性欲を感じて勃起したときに耐えがたい激痛がこの男の全身を襲うようにできないのか。去勢なんていう甘い罰ではなく、生涯にわたって耐えがたい苦痛をもたらすようなそんな罰が与えられないかとオレは思うのである。エロ本を読んだりしただけで全身に激しい電気ショックが加えられてのたうちまわって苦しむような罰を与えることができれば、死刑でなくても十分に重い刑罰であるとオレは思うのだ。
日本は犯罪者に甘い国である。一人殺しただけではなかなか死刑にならない。しかし、殺人というのは必ず自分の生命を差し出してお詫びしないといけないほどの重罪とオレは思うのだ。強盗殺人や強姦殺人など、自分の欲望を満たすためだけに人を殺すような外道は問答無用で死刑だとオレは思うのである。そしてこの三木英夫を死刑にできないような司法制度に正義はない。こんな軽い罰しか下せないのなら、被害に遭った女性たちはどこに自分の怒りをぶつければいいのか。
23年後に出所してくるこの外道が再度性犯罪を起こさないという保証は全くない。むしろこの外道が出所してきた時にまともな人間になってるとはとうてい思えないのだ。オレは更生なんて全く期待していない。まっとうな市民の一人として、こんなヤツは永久に刑務所の外に出さないでくれと思うのだ。オレの主張は間違ってるだろうか。こいつが刑務所を出てきたらまた性犯罪を起こすに決まってるとオレは思うのだ。だから死刑しかないとオレはこの世のすべての女性のために思うのである。
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