2009年12月24日(木) |
タダより安いものはない |
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もしも公立高校と私立高校の学費が全く同じだったとしたら、私立高校に進学する人の方が多くなるだろう。授業料が高いというハンデを背負ってる私立高校は、その分を「より高度な教育」を提供することで付加価値を与えてくれるのである。このたび民主党のマニフェストにあったとおり、公立高校の学費が無料化され、私学に通う場合はその相当額が補助されることとなった。タダだから公立に入るかというと、その分安くなった私学も同じ条件である。これまでの公立と私学の関係に決定的な差は生まれないだろう。12万は国が出してくれるから安くなる・・・という理由で積極的に私立高校を選ぶ人もいるはずだ。
高校授業料、公立高生徒からは徴収せず…文科相
政府は23日、来年度から公立高の生徒から授業料を徴収しないことを決めた。
財務、文部科学両省が同日行った高校授業料実質無償化をめぐる折衝で合意されたものだ。私立高については、年収250万円未満の世帯に、公立高の授業料相当額の2倍の額を支給することも決まった。両省協議の決着後、川端文科相が記者会見して明らかにした。
公立高については、所得制限を設けず、生徒1人当たりの授業料相当額(年11万8800円)を基準に地方自治体に授業料収入の相当額を支給し、生徒からの授業料徴収は行わないことになった。世帯が支給申請書を出す手続きを省いて事務費を減らす狙いがある。
私立高の生徒には公立高の授業料相当額を支給するが、同額の2倍となる年23万7600円を支給する世帯の年収を、当初予定していた500万円未満から250万円未満に引き下げ、250万〜350万円未満の世帯への支給額を同1・5倍の17万8200円とした。
概算要求の4501億円は、568億円減って3933億円となった。文科相は「厳しい財政で、私学の上乗せ分を圧縮せざるを得なかった」と説明した。(2009年12月23日21時03分 読売新聞)
ここでオレが危惧するのは、生徒が退学した場合には授業料相当分は高校から国庫に返納されるのかという疑問である。入学試験の偏差値の低い一部の公立高校では、入学して一年のうちに2割くらいが退学してしまうところもあるという。その場合、国にちゃんとゼニは返還されるのだろうか。中途退学者が多いという状況は一部の私学にもあるだろう。経営難の学校の中にはそのゼニを着服してしまうありえないような事例が出るかも知れない。そんなことをオレは想像してしまうのである。
学習意欲のある成績上位層の生徒にとっては今回導入される無償化は無条件に歓迎だろう。しかし、世間にはそういう生徒ばかりがいるとは限らない。全く勉強などする気がなく、それどころか引きこもってゲーム三昧で暮らしてるような者に対しても一律に国から授業料相当額が補助されるのだ。そうでないと著しく不公平だからである。「きみはやる気ないからナシね」とは言えないのである。やる気のある立派な生徒もやる気の全くないヘタレ野郎も平等に扱うのが民主主義の理念である。
今ここに1000万円の資金があって、これを100人の生徒で分ければ一人10万円だ。しかし、生徒の取り分を一人9万円にすると100万円の余剰資金ができる。その100万を50万×2として、成績も良く学習意欲も十分な生徒の奨学金にしてやる方が意味があるとオレは思うのである。
高校を「無償化」という方向から義務教育化を進めようとした場合、本当にやる気がなくて勉強したくない生徒はどうしたらいいのか。そういう生徒たちのために公金を支出することの意味はあるのだろうか。高校で受ける教育というのは価値あるものだ。その価値に対して対価を支払わないといけない。だから私学の授業料は高いわけだし、公立高校の授業料も決して安いとは言えないのである。人は高価なものだから大切にする。安いものやタダのものは粗末にするのである。街を走るベンツがピカピカで、古い国産車はろくに洗車もされずにほこりまみれなのはそういう理由である。タダで行ける公立高校が粗末にされそうなことをオレは危惧してしまうのだ。
授業料を無料にした結果。ますます公立高校をやる気のない生徒が埋め尽くしそうな気がするのである。今、ちゃんと授業が成立してるのは一部の入学試験の偏差値の高い高校だけと言われているが「無料だからとりあえず」入学してきた学力の低い層が日本中の高校を埋め尽くすようになった時、高校はどうなってしまうのだろうかとオレは心配しているのだ。
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