2007年05月04日(金) |
ハメこまれた人たち11(東光) |
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これで好評のハメこまれた人たちシリーズも11本目になりました。江草の株式投資関連コラムをごらんになった方はぜひ銘柄情報掲示板もごらんになってください。有益な情報が詰まっていますよ!暴言日記セレクションも更新しました。
東光(6801)はコイル大手、半導体事業を中心とする企業で、海外販売比率が7割と非常に高い。1956年に開発した世界初のトランジスタラジオ用小型中間周波トランス(IFT)から高性能リニアIC等に至るまで、電子部品製造元として定評がある企業である。その東光株をひそかに買い集めてる外資があった。ベル・ベンチャーズ・インクが2006年12月25日の時点で、東光株を587万4919株(6.02%)保有していたのである。このベル・ベンチャーズ・インクというのは米ナスダック上場の電子部品メーカー「ベル・フューズ」の関連である。
どの株を買うか・・・投資家たちにとって2007年も話題の中心はM&A一色という感じで、次に狙われる企業はいったいどこなのかと個人投資家は誰もがその対象を探し求めていた。不祥事で上場廃止かと言われた日興コーディアルグループが、シティグループからTOBされるとなったとたんに暴騰したことからわかるように、TOBされる可能性のある企業を先回りして買っておけば確実に稼げると誰もが思っていた。そして海外販売比率の高い東光株を買い集めてる外資が存在するということになればTOBを連想する者が大勢いてもおかしくはない。かくして東光株は2月13日に268円を付けて以降はジリジリと上がり、わずか10日後の2月23日には363円、わずか10日間で100円も上昇したのである。
この急激な値上がり材料は米ナスダック上場の電子部品メーカー「ベル・フューズ」からの三角合併による経営統合の提案だった。多くの投資家がこの話題に飛びつき、それまで一日にせいぜい30万株程度の出来高だった東光株の2月23日の出来高はついに1000万株を超えた。しかし東光はこの統合提案を拒否していた。その場合ベルは敵対的TOBに踏み切る可能性もあり、東光株は暴騰するかも知れない。個人投資家がここにどんどん集まってくるのも当然である。
東光に目を付けたのは外資だけではなかった。3月15日、東光と同業であるアルプス電気は総額5億円の範囲内で東光に出資を行うという内容で提携を結んだと発表した。同時にアルプス電気が東光の発行済み株式の1・4〜1・5%を取得するという方針も発表された。2月末にいったん300円近くまで値下がりしていた東光株はこの発表を受けて再び暴騰し、3月22日には400円を超えて一気に418円まで値上がりしたのである。この頃になると多くの投資顧問がここを推奨していた。それに煽られるように多くの個人投資家がこの東光株に群がり、出来高は連日1000万株を超えるようになったのだ。発行株数わずかに9754万株、そのうち浮動株比率がたったの34.9%の株が連日かなりの出来高で賑わうようになった。3月29日には出来高2000万株を超え、470円という高値を付けた。もはや東光株の取引はかなりの「過熱」状態だった。
しかし4月2日にはなぜか東光株は429円へと急落した。高値から41円の下落だ。ここで相場が終わったと見た多くの投資家たちが空売りを入れた。実はそこが最後の押し目だったのだ。膨らんだ空売りを踏み上げるようにして翌日から再度急上昇し、4月10日には瞬間的に500円を超えた。相場終了と早合点して空売りしてしまった個人投資家の多くがこの高値で返済させられ損切りすることとなったのである。
東光株が500円を超えてどんどん値上がりすると信じて楽観的に買い向かっていた多くの投資家たちは、この時点での重要な情報に気がついていなかった。それは4月6日受付のEDINETで開示された情報である。メリルリンチ日本証券が東光株5.68%を消費貸借契約(いわゆる借り株)で機関投資家などから調達していたのである。借り株する目的はただ一つ、TOBの思惑で分不相応に値上がりしたものを空売りし、安くなったところで買い戻すためである。4月2日の急落の謎、そして500円付近で出た大量の売り物の謎はこれで解ける。そこでもしかしたらメリルリンチが空売りしていたのかも知れない。
メリルリンチの大量保有が発表される直前の4月4日、日経金融新聞にはベル・フューズによる東光への経営統合交渉が膠着しているという記事が掲載された。記事の内容は2月に予定されたトップ会談は延期となったこと、4月の話し合いはベル社の方から「都合が合わない」とキャンセルしてきたこと、東光は事業の相乗効果が見込めないと一貫して拒否の姿勢を貫き続けているということなどだった。経営統合するためにはベル社はさらに株を買い進めないといけない。ここにきてベル社にとって新たな障害が発生していた。それはM&A期待で東光株が値上がりしすぎてしまっていたことだったのだ。さらに東光株を買い集めるためには予定よりも多くの費用がかかることになる。東光株を買収に入った時点での株価は平均300円だったのが、今や1.6倍近くに値上がりしているからだ。すでに60%の値上がり益を手に入れたことになる。また、ベル社には過去に海外の同業他社を買収しようとしたが、株価上昇後に売却したという前科もあった。
4月13日、EDINETでベル・ベンチャーズ・インクが東光株を売却したという情報が開示された。東光株を保有する多くの投資家が危惧していた事態がついに発生したのである。経営統合をあきらめたベル社がついに高値売り抜けをはかってきたのだ。4月11日、12日にそれぞれ約100万株売却していたことが明らかになった。4月10日に瞬間最高風速の501円をつけた株価は一週間後の4月17日には377円まで急落した。その4月17日、ベル社はさらに残りの株の大部分を売却していたことも公表したのである。もしも今回売られた400万株、ベル社の取得平均が300円で売却平均が420円なら120円×400万=4億8000万円の利益を得たことになる。
東光の株価はその後もジリジリと下げ続け、5月1日にはついに300円まで下がった。上昇前の水準である。ヤフーの株式掲示板には高値づかみしてしまった個人の悲鳴のような書き込みが溢れた。中には「ベル社は高値で利益を確定してからもう一度下がったところで買い増ししてくるはず」と幸福な妄想を書き込む人もいた。そこには大損をした個人投資家たちの怨念と怨嗟の声が吹き荒れていたのである。投資顧問が煽り始めた時の株価は350円以上だ。そのときに参戦した個人投資家で今も東光株をホールドし続けてる者は全員負け組なのである。
個人投資家にとって撤退するチャンスはちゃんとあった。それはメリルリンチの大量保有と日経金融新聞の情報だ。この時点で見切って売り抜ければ十分に利益を確定できたのである。ところがその後に起きた、おそらくはベル社が売り抜けるために仕組まれた急騰で売るのが惜しくなったのかほとんどの者がホールドを続け、中にはさらに買い増しした者もかなりいたのだ。
株式投資は常に自己責任である。M&A期待で東光を買った人もちゃんと売り時を見極めれば損をすることはなく短期でかなりの稼ぎになったはずである。しかし、遅れて参戦して暴落に捕まってしまった人はそのままあきらめて損切りするか、数年後にあるかも知れない暴騰を待つしかない。もっとも全く別の材料が出てきて見直しの買いが入らないとも限らないのだが、東光の現時点での経営状況はさほどよいとは言えず、そういう企業だから株価が低位にあり、だからこそM&Aが期待されたのだとも言える。東光株の今回の暴騰・暴落劇は、今流行のM&Aを材料に買うことが持つ危険性を改めて我々に教えてくれたという意味で一つの大きな教訓となったのである。
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