2006年10月22日(日) |
現在の速度規制は間違ってる! |
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日本の道路では何のために制限速度が定められているのだろうか。現在の一般道60キロ、高速道路100キロという基準が定められたのはなんと1963年だそうだ。あれから50年以上も経過して道路は格段によくなり、クルマの性能も向上したのに速度規制がそのままであるということにオレは納得できない。
今の理不尽なまでの速度規制がもたらす弊害が、警察の「ドライバーいじめ」としか思えない取り締まりである。見通しが利く直線道路で、クルマが安心して速度を上げる場所を狙って警察は取り締まりを行うのである。しかも取り締まりに当たる警官は物陰に隠れ、獲物となる哀れなクルマがひっかかれば旗を持った警官が出現してクルマを停め、ドライバーを連行するのである。速度を出させないことが目的ならば「この先取締中!」と大きく書いておけばいいのである。そんなところで速度を出すのはよほどの命知らずか、ゼニの余ってる大金持ちか、単なる馬鹿のいずれかである。
しかし、その結果誰も取り締まりの餌食にならないということになればどうやら警察は困るみたいだ。取り締まりの網の目に絡め取られる哀れな犠牲者を安定して作り出すために、警察はだまし討ちのような取り締まりをいつまでもやめないのである。本当にスピードを出したら危険な大雨の日や大雪の日に警察が取り締まりをやってるところをオレは見たことがない。そんな日こそ暴走する危険なドライバーを取り締まるべきである。事故を未然に防ぐというのはそういうことなのだ。今の交通取り締まりはドライバーの安全性を向上させるとか遵法精神を高めるなどという効果は全くない。
検挙されたドライバーたちが考えるのは「自分は運が悪かった」ということだけだ。80キロは軽く出せそうな広々として見通しのいい道路の制限速度を40キロにしておくというのはオレにはどうしても納得できない。実際にクルマを運転していて、交通を阻害しないように流れに乗って走ればその時点ですでに制限速度をオーバーしてしまってることが多いのだ。阪神高速の制限速度は60キロだが、オレの目に映る実際のクルマの流れは時速100キロくらいに思える。このようなギャップを目の当たりにすると、間違ってるのは現行の速度規制そのものではないのかと思ってしまうのだ。せめて実態にもう少し近づけて、高速道路は120キロ、一般道路は70キロ(例外を認めれば80キロ)くらいにして欲しいのである。
そんなオレの願いが通じたのか、警察庁は10月20日、車両の規制速度の見直しなどを論議する検討会を27日に発足させることを決め、交通事故の実態や道路事情の変化を踏まえて、規制速度のあり方について今年度から2008年度までの3年かけて調査をすることになった。この検討会は警察庁や国土交通省幹部、学識者で構成されているというが、どうせ自分でハンドルを握ることもやめてしまった老人たちだろう。どうしてこんな連中に議論を任せてしまうのだ。しかもこんな単純なことに3年も掛けてなのか。3年も経てばすっかり状況は変わってしまう。せめてオレをその検討会に入れてくれるとありがたいのだが。
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