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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2001年12月28日(金) ■
野球ファンを語るシリーズ�ぁ 船侫.鵑了訐�〜


 2,3日前に日記で、私はスポーツライターになりたいと思っていたと書きましたが、そのころの話をしたいと思います。


 9月ごろだったでしょうか。ネットを通じて知り合った方と、お話しする機会がありました。その方の器の大きさなのでしょうか、とても話やすくて、ついつい「自分はスポーツライターになりたいのだけど、具体的にどういう行動を起こしたらいのかわからない」ということを相談しました。まくしたてるように話す私の話をきちんと聞いていただき、具体論やご自分に意見も話していただきました。

 私がライターになりたいと思った理由の一つは、「取材が出来る」ということにあります。最近は情報が多様化しており、欲しい情報どころか欲しくない情報まで入ってくるのですが、私はマイナー志向の傾向があるため、そのような機関で取り上げられていない分野や団体・人物に対する情報も欲しいなと思っていました。

 そうなると取材という形が有効だし、自分の聞きたいことを聞けるメリットもあります。でも、素人が取材するなんて到底無理な話。そしたら、ライターになるしかない。とまあ、私の思考回路はそんな感じでした。

 しかし、その方はこうおっしゃったのです。

 「でも、そうなるとファンの視線じゃなくなるね」

 言葉だけ取ると、当たり前のことなのですが、私はすごい衝撃を覚えました。私は何か誤解していないか?、ふとそう思ったのです。

 ただのファン。
 そういう今の立場になんで負い目を感じたりしなければいけないのだろう。野球との距離が近いことがすべてなのだろうか。いや、そうじゃないだろう。関係者にしか見えないことがあるのなら、関係者でない人にしか見えないこともある。

 こんな私でも、与えられた立場で人に伝えられることは充分あるのかもしれない。外野席に座り、のんびり「野球」を眺める。選手の表情やバットスイングの音、ボールが風を切って走り抜ける音は聞こえない。でも、周りの景色はよく見える。隣のおっちゃんや前でいちゃついてるカップルの会話が聞こえる。選手の上に広がる空の色がわかる(ドームじゃ無理だけど)。

 たった一言の言葉で、いろんなことが脳裏を駆けめぐった。

 「取材したい」という思いは今でもある。でも、この一言のおかげで、ファンとしての誇りを持てるようになった。いつか取材をする機会があったら、カバンに中に忘れずに詰め込んでおこう。