福井に行ってまいりました。
バイクで。
約往復500km
今となっては余裕です。
行ったのは、行きたかったから。 福井はそれだけ僕にとって魅力的で、 そして、聖地なのです。
今回の福井に行って分かった、 福井のダメなところ。
�ヽ硬瑤�ない
…本当にない。 って言うか、怖い。 深夜に中心街走るとよくわかる。 ライトを消すと真っ暗だ(マジで
��道路標識がない
…全くない。 三重にありすぎるのか? とも思うけど、 特に福井はないと思う。 新しく入る人を受け容れる気がないのか? と思うほどだ。
�F始�の氷止めの水が勢いありすぎ
…道路が凍らないように、 一部の道路で、中央線から水が出ています。 その水が勢いありすぎて、 普通に走ってても、僕のヘルメットにあたるほどでした。 それはやりすぎやろ。
��(よくもわるくも)話が長い。
…道を聞くと、すごく丁寧に教えてくれるけど、 何故か少し自信がなさげ。 フレンドリーだけどちょっと疑心もあるみたいな。 おちゃめな特徴あり。
あと、名物を食べた。 ソースかつ丼と福井のヨウカン。 どっちも美味しい。 あまり甘いものが好きやなくても食べれるヨウカンだし、 ソースかつっていう、すげぇ俺にとっては 変わってる食べ物もあって、よかった。
帰りには、俺の心の兄貴、森川さんにも会った。 相変らずな感じだった(笑 今回作った映画は有名俳優が出ているということもあって、 動員数も多かったらしい。よかった。
福井では、みーなさんと遊んだ。 つまりはずーっと昔からのネットの友達。 色んな話をした。 すごく有意義だったね。
彼女は話すことが苦手だというけれど、 そう言う風に僕は思わなかった。 林檎の「本能」はセクシーだった(笑 歌もうまいよね。いやー素晴らしい。
でね、 あの時は言わなかったけど、 ちょっと帰り道にくだらないことを思いついたので紹介。
WBリンクという造語を皆さんは知っていますか? 造語なんですが、「へー」って感じの言葉です。 WとBってのは、それぞれ 「W」hyと「B」ecauseの頭文字。
つまり、「なぜ」と「なぜならば」のリンクなんです。
それは会話の基本でもありますが、 普通に生きていく中で、「なぜ」と思うことは結構あります。 しかし、その答えである「なぜならば」がわかることは少ない。 また、疑問のまま終ることもあるでしょう。
しかし、その「なぜ」という所謂、知識の入り口を 少し抜けると、「なぜならば」という答えがあります。
その答えまで至らないんですね。
現代の学校は、受験の為の勉強と言われています。 僕も実際、高校中学で学んだ事が何に役にたっているのだろう? と、心から思う。 そして、思っていた。
そして、「なぜ?」のすぐ後に、「なぜならば」がなくて、 答えにいたるんです。
理想としては、
なぜ?→調べる・学ぶ・体験する→答え(なぜならば)
だと思うんですが、そうではなくて、
なぜ?→答え(結果のみ)
となっているんです。
どうしてそういう答えが導かれるか? そういった知的好奇心をくすぐることを 受験には必要ないものだと考える傾向にある。
しかし、勉強にとって本当に大切なことは、 覚えるだけではない。 それも大事だとは思うけど、 それだけではない。
なるほど!とか わかった!っていうことも大事で、 それは自身や自己の確立にも大切だと思うんだ。
普段日常的に生きていても、 コレなぜ?って思うことはたくさんある。 それが勉強に比例してもおかしくないはずなのに、 それがリンクしない。
つまり、WBリンクをしていない。
でも、本来、「学ぶ」や「好奇心」は WBリンクが必要だと思う。 もしくわ、Wへの入り口。 もしくわ、WからBを導いたあとの、 もっと詳しいBを。もしくわ、そこに「Mine」という 自分だけのものを探す必要があるのだと思う。 そして、Mが自分の方向性だろう。 Bで、問題が補完することもあるから。
勉強はWを見つけるためにあると思う。 W→Bのあとは、またWが続くはずだ。
そのW→B→W→B→W→B→…にMという自分という オリジナリティが発生するんじゃないだろうか。 それがアイデンティティの確立ともいえるかもしれない。
僕はキミと話してる時に、高校の勉強は 何のためにするのか。 それに対する明確な答えが、キミより年上な僕ができなかった。 それは恥ずべきことだ。 僕はキミより生きているはずなのだから。 そして、同じような道を歩いてきたはずなのだから。
だけどね、基本的な学びってやつは、 WBリンクが絶対的に必要だと思う。
そして、WBリンクの続きの鎖は キミだけの紡ぐリンクとなり、 そのリンクは人との、社会とのリンクになり、 キミは将来を選び、大学や就職といった 方向性を選ぶのだろう。
キミは今、一応でも、興味を持ったものがあるよね? それはBではないはずだ。 答えが先に出る問題なんてないよ。 つまり、その一応の答えにも、 きっと理由である、Wがあったはず。
「学ぶ」という行為は何も卓上だけのものではない。 恋愛からも、心の衝突からも、食事からも、
何もかもからWをキミは選ぶことが、気づくことができる。
そういう目をもとう。
好奇心がある人というのはそう言う人のことをさす。
難しく書いてしまったけれど、 分かってもらえただろうか。
ただ、キミの学校環境が悪いとかそういうことが 言いたいわけじゃない。
ただ、その人間と猿との違いの一つである、 「疑問の答えを探そうとする行為」。 それが学ぶってことであって、 キミが今「勉強って無駄?」って、 そう思うことも無理はない。
しかし、テレビ番組でも「トリビア」が流行るような 世の中だから、それは無駄ではなくて、 もしかしたら、大切なものが無駄かもしれなくて、 そういう価値の安定しない世の中を生きてる中で、 キミが今導き出した答えは間違っていないと 俺は言いたい。
キミはまだまだ考える時間があるよ。 だからね、今はその自分の心に浮かぶ「なぜ?」という Wを。どんどん増やして?
それに答えを自らでつくって。
キミが大好きなものを今は探して欲しいんだ。
人と猿の違いは、「疑問の答えを探そうとする」だけじゃない。
人と猿の違いは、「微笑むことができる」 という違いもある。
キミが本当に興味を持てるものが見つかることを、 僕は願っています。
って難しいこと?書いちゃった。 ごめんなさい。 分からなかったら質問してね(みーなさん以外でもOK) 答えられる範囲で、答えます♪
今日、僕は思った。
キナコのことが好きだなと。
もう一つ。
俺はバイクが大好きだってこと。
それは嘘じゃないと、俺の心が正確に それを掴まえて、離さなかった。
やっと俺にも、 心から大好きなものができた。
嬉しい。
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