2004年04月12日(月) 今日の感動

吉野弘という作詩家にふとしたことから出会った。
出会ったのは、
ある教授の壁に貼ってあった、
ひとつの詩が書いてあるプリントからだ。
僕はそれを見て、体を何かが走った。

「これは出会いだ」

そう思った僕は、
そのプリントを先生にいただいた。
先生もこころよく、そのプリントをくれた。

そのプリントにはこう書いてあった。



『夕焼け』

いつものことだが

電車は満員だった。

そして

いつものことだが

若者と娘が腰をおろし

としよりが立っていた。

うつむいていた娘が立って

としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりが坐った。

礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

娘は坐った。

別のとしよりが娘の前に

横あいから押されてきた。

娘はうつむいた。

しかし

又立って

席を

そのとしよりにゆずった。

としよりは次の駅で礼を言って降りた。

娘は坐った。

二度あることは と言う通り

別のとしよりが娘の前に

押し出された。

可哀想に

娘はうつむいて

そして今度は席を立たなかった。

次の駅も

次の駅も

下唇をキュッと噛んで

身体をこわばらせて―――。

僕は電車を降りた。

固くなってうつむいて

娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持主は

いつでもどこでも

われにあらず受難者となる。

何故って

やさしい心の持主は

他人のつらさを自分のつらさのように

感じるから。

やさしい心に責められながら

娘はどこまでゆけるだろう。

下唇を噛んで

つらい気持で

美しい夕焼けも見ないで。






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福祉なんてことは学ぶものじゃない
写るものなのですよ。
関わってきた人間やものごとが
その人に移っていると思う。

机の上でどれだけ勉強したとしても、
それを福祉と呼べることはない。

社会福祉士は筆記試験だけで行われる。
筆記だけで人の価値が計られる。
でも、現在この国で一番福祉の分野で認められているものは、
社会福祉士であろう。

テストや面接で人の価値のすべてを測ることはできない。
だけど、それ以外でどうやって測るのかもわからない。

だけど、
人と自分の決定的な違いがわからなければ、

社会福祉は無理でしょう。

自分と相手は違うと、

それを知った上でじゃないと、

相手を理解することなど、不可能であり、

つまり、

自分を知ることなど、もってのほかなのでしょう。

僕がどこまで自分を知れているのかは、

まったくわからないし、

僕がどれだけもえらくない。

だけど、

僕はどこに生きていようが


「俺は俺でありたい」


と思う。


 past    will


sk6 [手紙] [Ai to U]

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