2004年03月01日(月) 人の話を聞くコト。

僕は「話す側」が多いと思われているかもしれない。

話す側とは、=よく喋る奴

という意味でである。

しかし、、、
実際そういうわけでもない。
ヒトの話を聞く方が多い。
と、自分としては思ってる。

なぜなら、自分の周りの人が僕より喋りたがりで、
ああだこうだと論じているからだ。
またはお喋りをしているからだ。

実際考えてみた。

自分の付き合いは
先輩(人生としてのって意味で)・同輩(同い年)・後輩(年下)
の比率はどんなもんだろうって。
別に理由はないのだが、、、、(実際あるのだが)

多分僕の予想では、

5・2・3

ってとこだろうと思う。
それは僕が線引きをしているからだと思う。
学校の知人。
地元の知人。
彼女。
バイト先の人
ボラ先の人・・・

と、たくさんの線というか、
僕の輪があるのだろうと思うのだ。

話はちょっとかわって、

最近、よく人の話を聞く。
そうしていると思うのだが、、、
何故人が話しているのに、遮ってまで自分の意見が言いたいのだろう。
それが元でこの前彼女とケンカをしかけたが(笑
でも、やっぱり自分がしっかりと相手の意見を聞いた上でしか、
人はそれに対する意見は言えないと思うのだ。

「朝まで生テレビ」なんかを見ていると、
こんなもんじゃ世の中変わらないとすごく思う。

相手を認めようとしていない。
相手の気持ちを汲もうともしない。

「マネーの虎」という番組では、
日本の大企業の社長が出てくるのだが、
投資家である社長の態度は、非常に聞き方がうまいと思う。
まぁ口を挟むことは当然あるのだが、
あれは上下の関係が完全にできているので、
またそれは別問題ともいえる。
だが、上下でも上はなかなか下の意見は聞けないわけで。
でも、それでなければ人はいけないと思う。

人の話を聞くということは、
「人の考えを知る」というわけで、
人の話を聞けない人は、
知ることができないから、誰も認められなくて、
人を認められないということは、
自分の意見を認められるのだろうかと、
とても疑問に思う。

しかも、遮る人に限って、
自分の話は聞いてほしいのだ。
よく分からない。
原点的なところで、人の気持ちを理解しようとはしていないのだろうか。
ってこれは理想論?

いや、少なくとも小学校の先生とか保育園の保育士さんはできてるで。
特別な資格なんていらんやろ。
普通の人間ってだけやないんかな。


あ、
勿論普通のシャレまじりの会話なら話は別ですよ?
ツッコミボケは大事やしね。
ただ、何かについて論する時や、
相手の話を真剣に聞きたい時、
相手に話を聞いて欲しいときとか、
そういうことを言うてるのね。



つまり、何が言いたいかというと、
やっぱりタイミングと愛嬌ねってこと。


 past    will


sk6 [手紙] [Ai to U]

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